守護獣
「なっ、ボルゾイ!!」
「ヴィオラ・ドライス、近づかないでくださいませ。この人工守護獣は聖教会の魔法で創りだしたまがい物。契約主の魔力を使って創りだした存在とはいえ、生きるも死ぬも、こちら次第。消すことは至極簡単なことなんです」
「そんな、酷い……」
まさか大精霊ボルゾイを利用するなんて。
「何をしたら、ボルゾイを解放してくれるの?」
そう問いかけたら、ヒルディスは極上の笑みを浮かべた。
「ヴィオラさん、相手の言いなりになるのはよくないかと」
レンの言いたいことはわかる。
けれども大精霊ボルゾイを喪いたくない。
彼女はわたしが辛いとき、ずっと傍にいて励ましてくれた。
人工守護獣であるため、はじめは監視を目的だったかもしれない。
けれども大精霊ボルゾイは、いつもわたしの心に寄り添ってくれたのだ。
「一応、聞くだけよ」
「しかし――」
「でしたら、あなたにわたくし専属の修道女にでもなっていただきましょうか」
どうせこの状況はどうにかできないのだ。
このまま彼らを解放したら、わたし達は謂われのない罪で捕まってしまうかもしれない。
修道女になることで回避できるのならば、それでいいのではないか。
大精霊ボルゾイの命も助かるわけだし。
「ヒルディス、たったそれだけでいいの?」
「ええ。あとは、アイスコレッタ卿をわたくしに返してください」
「それは――」
いったい何を言っているのか。そもそもレンはヒルディスの所有ではない。
「ねえ、それは無理よ」
「いいえ、無理ではないかと。彼はきっと、あなたが命令したらわたくしのもとへ戻ってくるはず。そうでしょう、ケレン・フォン・アイスコレッタ?」
かつての暗黒騎士は、大魔女に対して特別な忠誠心を抱いていたという。
大魔女が命令したら、聞き入れたのだろう。
「いいえ、たとえヴィオラさんが望んでも、私はあなたの元には行きません」
「だったら、ヴィオラが大事にしている守護獣がどうなってもいいの!?」
ヒルディスは耳を塞ぎたくなるような、ヒステリックなキンキン声で叫ぶ。
レンと大精霊ボルゾイ、どちらも望むなんてことはできないのだろう。
『あなた様――ヴィオラ・ドライス様!! わたくしは、わたくしはどうなってもよいのです!! どうか、ご自身が信じる道を、歩んでくださいませ!!』
「ボルゾイ……」
わたしはレンも、大精霊ボルゾイも大好きで、大切な存在だ。
選ぶなんてできないのに。
「こんなことになるんだったら、この人生をやり直したほうがマシだわ」
『お止めください!!』
レンを見ると、こくりと頷いてくれる。わたしの決定に従ってくれるようだ。
わたしはどうやったら死ぬことができるのだろうか?
なんて考えていたら、大精霊ボルゾイが叫んだ。
『世界樹の大精霊メルヴ・メルヴェイユ様!! どうかこの世界にはびこる聖教会の不条理で不公平な魔法を、すべてなくしていただけますか!?』
聖教会の不条理で不公平な魔法――それは人々の与えられた祝福と、それから守護獣。
そのすべてをまとめて消し去るよう、大精霊ボルゾイは自ら望んだ。
『ウン、デキルヨ!』
『お願いいたします』
『ワカッタ!』
メルヴ・メルヴェイユは枝にしか見えない魔法の杖を取りだし、くるくる回して呪文を唱える。
『元通リニ、ナ~レ!』
待って。とわたしが制止する間に、魔法が展開されてしまう。
辺りは光に包まれ、視界が奪われる。
レンがわたしを守るように、抱きしめてくれたことだけはわかった。
光が治まり、そっと瞼を閉じる。
ヒルディスの姿どころか、ゲラルト・ツォーンや聖騎士の姿がなくなっていた。
大精霊ボルゾイも……。
「お別れの言葉も、言わせてくれなかったの?」
『ゴメンネ』
「メルヴ・メルヴェイユ、あなたは悪くないわ……」
心の中にぽっかりと穴が空いてしまったようで、胸が締め付けられる。
レンやメルヴ・メルヴェイユと抱き合いながら、幼い子どもみたいにわんわん泣いてしまった。




