朝を迎え……
翌朝――カーテンから差し込む太陽の光で目を覚ます。
「うーーーん」
寒かったからか、大精霊ボルゾイを抱きしめて眠っていたらしい。
長くてフワフワな尻尾はブランケットのようにわたしの体にかかっている。
心優しい彼女は一晩、寝具兼暖房として頑張ってくれたようだ。
起き上がると、体のあちこちが痛いことに気付いた。大理石の床で眠るからこうなるのである。
「いたたたた……」
むくりと起き上がると、大精霊ボルゾイも目覚めたようだ。
『おはようございます』
「おはよう」
『よく眠れましたか?』
「おかげさまで。ありがとう」
『お役に立てて幸いですわ』
犬に表情なんてないだろうに、微笑んでくれたような気がして、思わず大精霊ボルゾイを抱きしめる。
『あらあら、まだお寒いですか?』
「違うの。昨日、あなたがいてくれて、よかったと思って」
振り返ってきたら、感情の赴くまま、間違った行動を起こしそうになっていた。
〝地獄の炎〟でナイトの野郎を殺そうと思った瞬間がそう。
あのとき、彼女が注意を促していなければ、わたしは第二王子殺害の罪で拘束されていただろう。
火刑の炎は効果がないとはいえ、処刑方法はたくさんある。
これ以上、死んでたまるものか、という思いでいた。
「これからも、何か間違ったことをしそうになったら、注意をしてくれる?」
『承知いたしました』
わたしは大丈夫、独りじゃない。守護獣である大精霊ボルゾイがいるのだ。
一回目のように、選択を誤ったりしないだろう。
「よし! 頑張らなくちゃ!」
まずは着替えて食事だ。
衣装ルームに行くも、空っぽである。
そういえばドレスはすべてナイトの野郎から贈られた品だったので、売るつもりだったことを思い出した。
ただ、この派手なドレスで昼間の街をうろつくわけにはいかない。
けれども彼が買ったドレスを着たくないという葛藤……。
「うーーーーん」
ひとまず服については後回しにしよう。
洗面所で鏡を覗き込むと、化粧を落としていなかったことに気付く。
肌が悲鳴をあげているように思えた。
「最悪……」
昨日はいろいろあったので、化粧を落とすことを完全に失念していた。
切ない気持ちになりながら、鹿革で化粧を落とす。
顔を洗うと、サッパリした。
髪を丁寧に梳ったあとポニーテールに結ぶ。
ドレスはどうしようか。
なんて考えていたら、お腹がぐーっと鳴って空腹を訴えてくる。
残念ながらここにはまともな食材がない。
美しさを保つために、昼間しか食事を取っていなかったから。
たいてい、近くのカフェに行って紅茶とサブレを一枚食べるばかりだった。
まともな食事は、ナイトの野郎と一緒にディナーを食べるときだけである。
ナイトの野郎が細くてきれいなわたしが好きだと言っていたので、徹底的に体型管理をしていたのだ。
我ながら、よくそんな無茶な暮らしを二年間も続けていたな、と思う。
もう体型なんて気にしなくていい。
ならば、思う存分食べよう。
そう思い立ち、朝市に出かけて露店で朝食を食べることにした。
昨日みたいに、外套を上に着ておけばナイトドレスのままでも、そこまで悪目立ちをしないだろう。たぶん。
「朝市に行くわ。食べる物が何もないの」
『承知いたしました、ご同行します』
今度こそ街中で彼女と話さないようにしないと。
そんな誓いと共に出かける。
『そういえば、お金は持っていますの?』
「そうだったわ」
いつも支払いはナイトの野郎に請求書がいくようにしていた。けれども今は彼になんか頼りたくない。
どうすればいいのか、なんて考えていたら、ここに引っ越してきたときの私物について思い出す。
鞄を持ってやってきていたのだが、開くことなく二年も経っていた。
たしか中に財布があったはず。
寝台の下に入れっぱなしだった鞄を引き出して確認する。
中には控えめなデザインのデイ・ドレスが三着、化粧品に下着類、手鏡にリボン――と必要最低限の品々が入っていた。
財布も入っており、お金も少しだけある。
「よかった! これで朝食を食べられるわ」
ドレスもこれを着ていこう。
さっそく着替えたのだが、ぶかぶかで少し不格好だった。
ここにきてからかなり痩せたのだろう。これからはしっかり食べて、体重を増やしていかないと。働かなければいけないのに、体力が保たないだろうから。
私物の化粧品を使って薄く化粧を施した。二年前の化粧品で正直いい品物でもないものの、しないよりはマシだと思っておく。
準備が整ったので、さあ出発だ。
魔導昇降機を使って下り、一階の管理室にいる管理人に、宝石商を呼んでおくようにお願いしておく。
朝市から帰ってきた頃くらいにやってくるだろうとのこと。
外に出ると、冷え込んでいる空気が流れているものの、天気がよくて悪くない朝だ。
なんだかいいことが起こりそうな予感もする。
この辺りのお店は昼辺りに開店するので、人通りはほぼない。
朝市はここから少し外れた商店街で開かれている。
商店街の通りに近づくにつれて、人が増えてきた。
朝市は朝帰りしていたときに、馬車の窓からよく見かけていたのだ。
活気に溢れていて、皆、何かおいしそうなものを食べている。
そんな印象である。
どんな食べ物が売っているのか、とても楽しみだ。
なんて考えていたら、前を歩いていた人達が端に避けていくのに気付く。
前方から誰かやってきたのか、と目を凝らしてみたら、黒い塊が見えた。
「あれは――!」
漆黒の鎧に身を包んだ暗黒騎士。
不思議とわかる。彼はわたしを処刑場に誘った青年ケレン・アイスコレッタ卿だろう。