大聖女の望み
まっすぐ、わたしめがけてブラッティ・ナイフが飛んでくる。
レンがわたしの前に躍り出て剣で弾き返した。
けれどもブラッティ・ナイフは空中で角度を変え、再度わたしに向かって矢のように飛んでくる。
「――石撃ち刑!!」
ブラッティ・ナイフに無数の石つぶてが降り注ぐ。
その勢いでブラッティ・ナイフは地面に落ち、その上を石つぶてが覆う。
けれどもすぐにブラッティ・ナイフは動き出し、わたしに迫る。
その後、何度もレンが剣で叩き落としたり、わたしの能力を使って妨害しようとしたりするも、まったく意味を成さない。
ヒルディスは余裕綽々の態度でいた。きっとわたし達の魔力と体力が切れるのを待っているのだろう。
レンはまだ大丈夫そうだ。
でもわたしは――。
「はあ、はあ、はあ、はあ――!」
少し、魔力を使い過ぎたかもしれない。
視界が霞んでいる上に、息切れも起こしている。
本当にわたしは大魔女の生まれ変わりなのか。
人違いではないかと言いたくなった。
「ヴィオラ、もう少し、スリルを味わいたいですよね?」
「ねえ、何を言って――」
ヒルディスがスカートの端を摘まんで少し揺らすと、中からブラッティ・ナイフがいくつも落ちてきた。
「なっ――!?」
二十本以上ものブラッティ・ナイフが空中に浮かんで、一斉にわたしめがけて飛んでくる。
「ヴィオラさん!!」
「レン、だめ、来ないで!!」
あれだけの数を剣一本で叩き落とせるわけがない。
レンはあろうことか剣を投げ捨て、迫り来るブラッティ・ナイフに背を向けてわたしを抱きしめる。
「ねえ、お願い、そんなことしないで――!!」
振り払おうとしても、びくともしない。
「失敗したら、またやり直しましょう」
「いやよ!! もういや!! これ以上、あなたを喪いたくないわ!!」
ぎゅっと目を閉じ、最悪の事態に備える。
だが、衝撃は襲ってこない。
『大丈夫ダヨ~』
脱力するような声が聞こえる。
そっと瞼を開くと、ブラッティ・ナイフは世界樹から垂れた蔓でぐるぐる巻きになっていた。
『助ケルノ、遅クナッテ、ゴメンネエ』
なんでもメルヴ・メルヴェイユにはブラッティ・ナイフが一本ではないとわかっていたらしい。すべて出し切ってから、蔓を使って動きを止めようと思っていたようだ。
世界樹の蔓が捕らえたのは、ブラッティ・ナイフだけではなかった。
ヒルディスもまた、蔓でぐるぐる巻きにされている。
「あなた、大聖女であるわたくしにこんなことをして、ただで済むとは思っていますの!?」
『ウーン、ゴメン、ワカンナイ』
思っていた返答でなかったからか、ヒルディスは不快だとばかりに眉間に皺を寄せていた。
どうやらメルヴ・メルヴェイユのおかげでわたし達は助かったらしい。
わたしはレンを抱きしめ、「ありがとう」と囁く。
本当はこんなことしてほしくない。
けれどもわたしを守ろうとしたレンの気持ちを無駄にしたくなかった。
これからどうすればいいのか。
ヒルディスの悪行を証明できるものは何もない。
「というかヒルディス、あなたはどうやってここの空間にやってきたのよ」
「かつて大聖女を親友だと思い込んでいた大魔女が、自由に行き来できる転移陣を提供してくださったのです」
「そうだったのね」
大魔女も大聖女にまんまと騙されていたようだ。
蔓でぐるぐる巻きにされたヒルディスをはじめとする、聖教会の人々を前にため息を吐いてしまう。
「これから、いったいどうすればいいのよ」
国王陛下に被害を訴えても、聞き入れてくれるどころか、逆に悪者にされる可能性がある。それくらい、大聖女であるヒルディスの存在は絶対的なのだ。
「ヒルディス、あなたは何を望んでいるの?」
「アイスコレッタ公爵との結婚と、それからあなたが惨めったらしく生きることですわ!」
「あなたね……」
ここまで追い詰められた状況でも、諦めるという言葉を知らないようだ。
「どうしてそんなわたし達に執着でき」
言いかけた瞬間、ヒルディスの背後に女の人達の姿が見えた。
「あれは――」
その姿はすぐに消えた。
彼女らはきっと、歴代の大聖女達なのだろう。
ヒルディスは大聖女達の怨念を背負い、取り憑かれているような状態なのかもしれない。
だとしたら、わたし達は永遠にわかり合えない。
その事実に気付いてしまった。
「わたし達はこの国から出て行く。あなたの前には絶対に現れない。これじゃだめ?」
「いいわけないでしょう! そんなことよりも、この蔓を解いてくださいませ!」
解放したらきっとまた悪さをするだろう。
どうしたものか、なんて考えていたら、ヒルディスはまさかの行動に出る。
「あなたの守護獣が、どうなってもいいのですか!?」
突然、魔法陣が浮かび上がり、その中から聖騎士に剣を突きつけられた大精霊ボルゾイが登場する。
「なっ――!!」
大精霊ボルゾイは大きな瞳に大粒の涙を浮かべ、『ごめんなさい』と謝ってきた。




