大聖女と大魔女の歴史
「ねえ、ヒルディス、どうして? どうしてあなたがそれを受け取ったの?」
ヒルディスは手に握られているブラッティ・ナイフに気付くと、「ああ」となんでもないかのような反応を取る。
「仕込んでいたのを、すっかり忘れていました」
「あなた、それがどんな効果をもたらすものか、知っているの!?」
ヒルディスはにっこり微笑みながら答えた。
「ええ、もちろん!」
ヒルディスの返答を聞いた瞬間、全身にゾッと悪寒が走った。
震える声で問いかける。
「お母様を呪うつもりだったの?」
「いいえ、ターゲットは最初からあなたでした」
「なっ!?」
母の手伝いをするという情報を聞きつけ、ブラッティ・ナイフの呪いを仕込んだ手紙を混ぜたのだという。
「どうして!? どうしてそんなことをするのよ!!」
「あなた、邪魔なんですもの」
「邪魔?」
「今回の人生だけではありませんわ。大魔女だったあなたは、いつもいつでも、大聖女であるわたくしの人生の邪魔をしてきた――」
そうだ。ヒルディスには過去の大聖女の記憶を持っているのだ。
「わたしがあなたに何をしたというの?」
「大魔女だったあなたは、大聖女達の手柄をぜんぶ独り占めにしていましたの」
かつて、大聖女と大魔女が同時に存在していた時代――双方の存在は協力し、国をいい方向へ導いてきた。
「大聖女が戦争を鎮める方法を助言し、大魔女が実行に移す。それで解決できたら、大魔女だけが褒め称えられ、皆からの尊敬を集めていました」
「それは……」
実際に大魔女が成し遂げたのだから、そうなるのも無理はない。
けれども大聖女達は納得できなかったようだ。
「何度も何度も、大魔女だけが英雄視され、大聖女の存在は蔑ろにされていたんです。ずっとずっと我慢をしていたようなのですが、あるきっかけで耐えきれなくなり――」
それは、大聖女の〝恋〟だった。
「大聖女は大魔女に仕える暗黒騎士に、恋をしたんです」
告白したものの、暗黒騎士はこの世でもっとも大切なのは大魔女で、大聖女の気持ちには応えられない。
すげなく振られてしまったという。
「それが引き金となり、大聖女は大魔女から、何もかもいただいてしまおうと画策しました」
人々からの尊敬も、活躍も、暗黒騎士も、守護獣も、大魔女自身の命すら、手中に収めよう。
大聖女はそう決意し、行動に移したという。
「大聖女は手を尽くし、大魔女が手にするすべての物を手にしようと努力を続けていましたが、なかなか上手くできず……」
大魔女は死んでも、時間を巻き戻して生き返ってしまう。
寝る間を惜しんで大聖女は大魔女の命を奪う方法を探した。
その結果、見つけたのが〝ブラッティ・ナイフ〟だった。
ブラッティ・ナイフだけが、大魔女を殺すことができる唯一の方法だったのだ。
「大聖女は暗黒騎士にブラッティ・ナイフを仕込み、大魔女の命を奪いました」
ブラッティ・ナイフは大魔女の祝福をも封じる、最強の武器だったのである。
つまり、ブラッティ・ナイフが大魔女に刺さっている限り、生まれ変わることもない。
上手くいった。
大聖女はそう思っていたようだが、想定外の事態となる。
暗黒騎士が大魔女の遺体の前で自害してしまったのだ。
もっとも欲していた存在を、喪ってしまった。
大聖女は悲しみに暮れる。
けれども暗黒騎士の死を悼んでいる場合ではなかった。
人々は大魔女の不在に気付き、不安を訴えていたから。
「彼らの不安を払拭するために、大聖女は人々に対し、大魔女と暗黒騎士は役割を放棄して、駆け落ちをしたと告げました」
すると、人々は大魔女と暗黒騎士の行動に憤り、これまで抱いていた尊敬や信頼はきれいさっぱり消え去る。
大聖女が人々の怒りと悲しみに寄り添い、励ますと、いつしか信仰をし始めた。
それが聖教会の始まりだったという。
「悪しき大魔女はいなくなり、人々は大聖女を信仰し、心の安寧を手にしたようです」
暗黒騎士はいつか生まれ変わる。
そう信じて大聖女達は待っていたが、いつまで経っても暗黒騎士は現れない。
「何年も何代も暗黒騎士が生まれ変わるのを待っていましたが、ある日、その原因について気づいたようです」
大魔女が生まれ変わらなければ、暗黒騎士も生まれてこないと。
「大聖女は意を決し、大魔女のブラッティ・ナイフを引き抜き――」
こうしてわたしが生まれたようだ。




