出発!
レンが中庭に竜を召喚する。立派な巨躯を持つ暗黒竜だ。
前回は車体を運ぶ竜車として乗ったのだが、今日は背中に騎乗して移動する。
暗黒竜の背には鞍が装着されていた。
マルティナ夫人は竜を初めて目にしたようで、まじまじと観察している。
「これが竜か。見た目は獰猛そうだが、大人しいな」
「触ってみますか?」
「いいや、遠慮しておこう」
すぐに出発できる状態だという。
そういえば、大精霊ボルゾイとガウラの姿がない。いったいどこに行ったのか。
「ボルゾイ、どこにいるのよ!」
『こちらに』
草木が並ぶ茂みから這い出てくる。ガウラも一緒だった。
「どこに行っていたのよ。出発するわよ」
『いいえ、わたくしはここでお帰りを待っております』
「どうしてよ」
『一緒に行ってもお役に立てませんので。それに……わたくしがいたら』
「いたらなんなのよ」
「おい、ヴィオラ、何をもたもたしている! 早く出発しろ!」
ここでマルティナ夫人の秘書官が現れ、聖教会の者がやってきたと告げる。
「くそ! もう見つかったのか!」
一刻も早く出発したほうがよさそうだ。
『ガウラは連れていってくださいませ!』
大精霊ボルゾイがそう言うと、ガウラはわたしの胸に飛び込んでくる。
「ヴィオラさん、出発しましょう」
「え、ええ」
レンの手を借り、暗黒竜の背中に乗る。
地上に残った大精霊ボルゾイが叫んだ。
『なぜ、わたくしが世界樹から生まれた存在でないのか、世界樹の大精霊様がご存じだと思いますので』
どうやら彼女の口から言えない事情というのがあるらしい。
「わかったわ! あなたは、マルティナ夫人の話し相手にでもなってあげて!」
『承知いたしました!』
大精霊ボルゾイとマルティナ夫人の見送りを受け、わたし達は王都を発つ。
竜は翼を動かすと、ゆっくりゆっくり上昇していった。
「いたぞ!!」
「アイスコレッタ卿!!」
聖教会から派遣された聖騎士達が、庭を駆けてくる様子が見えた。
ここでぐん! と一気に上昇する。
風圧を受けるかと思って覚悟していたのに、何も感じない。
揺れや振動などもなく。気圧差による影響もなかった。
なんでもレンが結界を展開しているので、竜車に乗っているときと感覚は変わらないという。
「あなたも竜もすごいわ」
「お褒めにあずかり光栄です」
ガウラは怖がる様子はなく、興味津々とばかりに周囲の景色を見渡していた。
「少し、急ぎましょう」
「ええ」
竜は野を越え山を越え、ぐんぐん進んで行った。
二時間ほど進んだあと、少し休憩を取る。
湖の畔に着地し、マルティナ夫人が持たせてくれた昼食をいただいた。
「ヴィオラさん、疲れていませんか?」
「わたしは平気よ。あなたのほうこそ、疲れているんじゃないの?」
「いいえ、ぜんぜん疲れていません」
「そう、よかった」
一時間ほど休憩したのちに、再度出発する。
「あと三時間ほど飛んだ先に、世界樹はあるそうです」
「思っていたよりも近くにあるのね」
「ええ」
ただ下りてすぐの場所にあるわけではないという。
「世界樹は〝大森林〟と呼ばれる、巨大な森の中にあるようで」
それは世界樹を守る結界でもあるようだ。
「大森林が世界樹を守っているので、直接下り立つことができないみたいで」
「そうなの」
大森林に下りたってからは、歩いて世界樹のもとまで向かわないといけないようだ。
「大森林には凶悪な魔物もいまして――」
レンとガウラが同時に反応し、背後をじっと見つめる。
「どうしたの?」
「魔獣の気配――いいえ、それだけではありませんね」
ガウラも低く唸っている。
レンは立ち上がり、剣を抜きながら信じがたいことを口にする。
「ワイバーンに跨がった聖騎士達が、こちらを猛追しているようです」
「なんですって!?」
レンを連れ戻すために、とんでもない部隊を派遣してきたようだ。




