マルティナ夫人と
マルティナ夫人は仕事が一段落し、これから酒でも飲もうか、というところだったらしい。
そこにわたし達が突然やってきたものだから、驚かせてしまったようだ。
まず、レンは兜をしたまま話すことに対し、謝罪していた。
マルティナ夫人も理解を示す。
「それはそうとどうしたんだ、いきなり揃って現れてから。まさか私に隠れて、この屋敷で逢瀬でも重ねていたのか?」
「いいえ、違うの。今日、彼と会ったのは八年ぶりで」
「どういうことなんだ?」
わたしとレンは可能な限りの事情をマルティナ夫人に打ち明ける。
これまでレンはわたしの居所を知らなかったこと。わたしを探すために神学校に入学し、聖騎士になったこと。それからヒルディスの護衛として満足な働きをしたら、わたしの居所を教えてもらえたということ――それらの事情を話した。
「この娘の所在を調べるためだけに、神学校に入学し、聖騎士にまでなったなんて……。探偵を使えば、一発で見つかったというのに」
「当時、十二歳だった私には、これしか方法が思い浮かばなかったのです」
「そうだったのか」
そうなのだ。わたしは別に逃げも隠れもしていなかった。
探偵を使っていたらすぐに発見できていただろう。
「それはそうと、大聖女ヒルディスも人が悪いな。情報を握って、お前を馬車馬のように働かせるだなんて」
「おそらく彼女一人の考えではなく、ツォーン猊下などの意向もあったのでしょう」
「ああ、あの古ギツネか……。たしかに、あの男が考えそうなことだ」
いいように利用されているのは、レンだけではない。ヒルディスもまた、聖教会の都合がいいように使われているのだろう。
「して、ヴィオラの居所はどうやって知ったのか?」
それについては考えていなかった。
ギクッとしてしまったのだが、レンはこの質問を想定していたようで、ペラペラと答えた。
「街にあるブティックの看板に、ヴィオラさんが描かれているのを発見したんです。そのお店はマルティナ夫人が経営している店だと知って――」
「我慢できずに屋敷へ押しかけてきた、と。しかも先触れもなく、深夜に、さらに使用人達の静けさから推測するに、窓かどこかから訪問したな?」
「本当に申し訳ありません」
「まあ、八年間もヴィオラを探していたのだ。感極まっていたのだろう?」
「はい」
こうして責められているレンを見ていると、マルティナ夫人が敵じゃなくてよかった、と改めて思ってしまう。
「それはそうと、このような時間によくやってこられたな。聖騎士は地方の修道院送りにされた修道女よりも厳しい戒律の中で生きていると聞いたことがあるのだが」
「このような身なりをしていて恐縮なのですが、実は聖騎士の立場は返上しまして」
「なんだと!? なぜ、そのようなことを?」
「もともと聖騎士になったのは、ヴィオラさんを探すためでしたので」
「見つかったから、聖騎士という立場には未練などないと?」
「はい」
マルティナ夫人は眉間の皺を解しつつ「はーーーー」と盛大なため息を吐く。
そのような反応になってしまう気持ちはおおいに理解できた。
「聖騎士を辞めてこれからどうするというのだ」
「よろしければ、マルティナ夫人と何か商売でも、と考えているのですが」
ここで初めて、マルティナ夫人の表情が和らぐ。
「アイスコレッタ公爵家の力を貸してくれるというのか?」
「はい!」
マルティナ夫人はレンを厄介者、という目で見ていたのに、商売の話が始まった途端、瞳をキラキラと輝かせる。
レンはマルティナ夫人が魅力的に思う商談をいくつか持ちかけていた。
「なるほど、すばらしいな! ぜひとも前向きに考えたい!」
「ぜひ、お願いいたします」
話はこれで終わりではなかった。
レンにとってはむしろここから先が本題である。
「実はもう一点、お願いがありまして」
「なんでも叶えよう」
ああ、軽々しくそんなことを言って……。
呆れつつ、事の成り行きを見守る。
「ヴィオラさんとの結婚をお許しいただきたいのですが」
「なん……だと?」
「どうかお願いいたします」
レンは頭を深々と下げた。わたしもそれに続く。
「八年も一途に想い、大聖女ヒルディスを前にしても気持ちが揺らがなかったアイスコレッタ卿以上に、ヴィオラに相応しい男なんぞいないだろう」
「では――!?」
「ああ、結婚を許す!」
「ありがとうございます!!」
なんとか許可をもらえるようで、ホッと胸をなで下ろす。
まあ、貴族との繋がりが欲しかったマルティナ夫人にとって、私とレンが結婚することは願ってもないことだったのだろうが。
「もう、酒を飲んでもいいか?」
「ごめんなさい。もう一件あって」
「まだ何かあるのか?」
「ええ」
ブラッティ・ナイフのことについて、マルティナ夫人に打ち明ける。
「なっ――!? 八年も前に、そのような呪いを受けていたのか!?」
「黙っていてごめんなさい」
「どうして言わなかった!?」
「言ったら、わたしのことを受け入れてくれなかったでしょう?」
「それは、たしかに八年前の当時ならばそう判断したかもしれないが……」
今はわたしを見放すことはしないという。
「それで、世界樹の大精霊がこの呪いを解呪できるかもしれないの。それで、明日にも世界樹のもとへ行ってみたくて」
「わかった。明日の夜会は参加しなくていい」
「マルティナ夫人、ありがとう」
ここで、マルティナ夫人が明日の夜会にヒルディスが参加することを告げた。
「先日、枢機卿ゲラルト・ツォーンに寄付を強要されて、その礼に大聖女ヒルディスを夜会に寄越してくるなどと言い出してな」
「そうだったの」
「呪いについて知らなかったら、顔を合わせてしまうところだった」
六度目の人生のさいにヒルディスと再会したときは、幸いにもブラッティ・ナイフは発動しなかった。
だからと言って安心はできない。
「それにしても、誰がそのような呪いを仕込んだのか」
「わからないの」
ヒルディスに恨みを持つ人物なんてまったく思い当たらない。
考えるのも無駄だろう。
「そういえば、ゲラルト・ツォーンが、大聖女ヒルディスについて、幼少期から小賢しい娘だった、なんて言っていたな」
「そんなことを言っていたの?」
「ああ。だからあの男が大聖女ヒルディスに見切りを付け、都合がいい次なる大聖女を望んでいたとしたら――?」
大聖女は死んだら、新しい大聖女が生まれるようになっているらしい。
ヒルディスが聖教会にとって利用しにくい聖女という認識があれば、立派な殺害動機にもなりうるのかもしれない。
「ゲラルト・ツォーンについて、少し探っておこう」
「ええ、お願い」
話がそれてしまったが、マルティナ夫人は世界樹の捜索も許してくれた。




