悪夢のような
「あの魔獣は――!?」
どうやらレンが取り逃がした魔獣はガルムのことだったようだ。
もしやワイバーンの群れに襲撃された件もラルフ・ガイツが関わっているのだろうか。
なんて、思考を巡らせる時間はなかった。
『グルルルルル!!』
ガルムが唸り、襲いかかってくる。
レンはわたしを抱き上げ、大きく後方に飛んだ。
回転しながら跳び上がったガルムは、座席をなぎ倒しながら着地する。
あの攻撃に巻き込まれていたら、とんでもないことになっていただろう。
すぐさまわたしは、〝忠犬〟を使い、支配下にある純白のガルムを召喚する。
『がうがう!!』
血塗れのガウルの猛追を、純白のガウルが食い止める。
「あれは――!?」
「わたしと契約している子なの」
礼拝堂から脱出したわたし達だったが、外の状況を見て呆然とした。
空にはワイバーンの群れが旋回し、地上には聖騎士達が駆けつける。
彼らを率いていたのは、ヒルディスとラルフ・ガイツだった。
「ヴィオラ……まさか聖教会の地下から逃げだすなんて」
「ケレン・フォン・アイスコレッタ卿、大勢の聖騎士を手にかけた罪は重たいですよ!!」
そんな彼らの傍に、神父様と修道女がいた。
どうやらわたし達がここにいるということを、密告されていたようだ。
結婚式も足止めをするためのものだったのかもしれない。
『きゃいん!!』
純白のガウルの悲鳴が聞こえた。
背後の扉が吹き飛び、血塗れのガウルが飛び出てくる。
同時に、ヒルディスが叫んだ。
「彼らを拘束するように!!」
終わった、すべて終わったのだ。
大勢の聖騎士にワイバーンの群れ、それから血塗れのガウルを前になすすべもなく、わたし達は拘束されてしまう。
決死の逃走劇はあっけなく、失敗に終わった。
◇◇◇
地下牢に囚われたわたしは、裁判をすることなく、死刑が決定したらしい。
今日の午後、中央広場で公開処刑が執り行われるという。
守衛の聖騎士にレンはどうなったのかと尋ねても、教えてくれるわけもなく。
レンはたくさんの聖騎士を手にかけた。無罪というわけにはいかないだろう。
もはやなんの希望も抱けない。
膝を抱え、処刑時間が迫るのをただただ待った。
「おい、時間だ」
聖騎士と修道女がやってくる。
修道女が何やらぶつぶつと唱えたあと、手に白い鎖が巻き付いた。
どうやら聖術を用いて、わたしを拘束したようだ。
もう、逃げようだなんて思っていないのに。
「もたもたするな! 行くぞ!」
白い鎖を乱暴に引かれ、半ば引きずられるようにして進んで行った。
裸足の足が、じくじく痛む。
つい数時間前に、修道女が優しく洗ってくれたのに。
神父様と修道女に裏切られた。
けれども彼らも聖教会に身を置く以上、仕方がなかったのかもしれない。
平和な夫婦のもとに転がりこんだのは、わたし達なのだから。
馬車に揺られ、中央広場にたどり着く。
そこには大勢の人達がいて、すでに盛り上がっていた。
わたしは広場の中心に打たれた杭に体をぐるぐる巻きにされ、死刑執行を待つ。
死刑執行人である暗黒騎士が登場し、わたしの処刑法が告げられた。
「ヴィオラ・ドライスは〝石撃ち刑〟とする!!」
わっ!! と歓声が上がる。
石撃ち刑というのは、観衆が罪人に石を投げて命を奪うという、残虐極まりない処刑方法だ。
「死刑を執行する前に、ゲストを紹介しよう」
いったい誰なのか。
荷車で大型の獣を拘束する檻みたいな物が運ばれてきた。
そこに閉じ込められていたのは、わたしと同じ白い鎖にぐるぐる巻きにされたレンだった。
「なっ――!?」
レンは拘束されたときに着ていた聖騎士隊の正装姿のまま、目元に布が巻かれた上に、猿ぐつわを噛まされていた。
魔力を押さえる板金鎧を着ていないと、生命活動に支障をきたすというのに……。
レンの目元に巻かれた布が外される。
すぐにわたしを発見し、何か叫ぼうとするも、猿ぐつわがそれを許さない。
「処刑はお前の夫が見守ってくれる。よかったな」
何がよかっただ。
レンは優しい男性だから、他人が苦しい思いをするほうが辛くなってしまうのに。
きっとレンの気質をわかっていて、連れてきたに違いない。
「安心しろ。処刑するのはお前だけだ。あの男は利用価値があるからな。しばらくは生かされるだろう」
きっと六度目の人生のときのように、レンの魔力を悪用したいのだろう。
酷いことを考えつくものだ、と呆れてしまった。
「死刑執行!!」
目の前に、大量の石が迫る。
ぎゅっと目を閉じた瞬間、ばん!! と何かが破裂するような音と聞こえ、同時に強風も巻き起こる。
強風が迫りくる石からわたしを守ってくれたらしい。一つも当たらなかった。
音がしたほうを見ると、レンを拘束していた檻がバラバラになっていた。
粉塵が舞い上がり、視界が不鮮明な中でレンを発見する。
魔力の暴走でも起こしてしまったのか、全身が血まみれだった。
返り血ではなく、全部自らの血なのだろう。
レンを捕まえるため、暗黒騎士と聖騎士がレンに詰め寄る。
そんな状況でも、観衆達は気にも留めず、石を投げることを再開させた。
「――!!」
今度こそ、最期だろう。
そう思って目を閉じ奥歯を食いしばったが、衝撃はない。
代わりにぎゅっと抱きしめられる。
瞼を開くと、そこにはレンがいた。
「なっ――!?」
「ヴィオラさんのことは、私が守りますので」
次の瞬間、雨霰のように石が降り注ぐ。
それらはすべてレンが受け止めてしまい――。
「やめてーーーーーーーー!!」
レンの命をあっけなく奪った。
力なくその場に倒れたレンに、縋ることも許されない。
皆、人の死を娯楽にし、愉快だとばかりに盛り上がっていた。
赦さない。
赦さない。
絶対に赦さない。
憎悪が渦巻き、炎と化す。
「――〝地獄の炎〟!!!!」
どこからともなく炎が生まれ、人々を呑み込む。
「ぎゃあ!!」
「あ、熱い!!」
「なんだ、これは!!」
皆、処刑を対岸の火事のように見ていたのだろう。
死はいつでも傍に在る。
人はいつ、どこで死ぬかわからないのだ。
中央広場はあっという間に火の海となった。
観衆も、暗黒騎士も、みんな、みんな炎に抱かれるのだ。
高みの見物をしていた聖騎士や修道士達は、我先にと走って逃げている。
彼らがもっと石を投げるよう、囃し立てる声も聞こえていた。
逃すわけがなかった。
「〝違背神聖罰刑〟!!」
悪しき聖職者を葬る雷撃が、聖騎士や修道士を襲う。
炎が波打ち、雷が踊る、この世のものとは思えない光景が広がっている。
こんな愉快なことなどないだろう。
思わず嗤いが溢れる。
「あはは! あはははは!! あははははは!!!!」
「この、悪しき魔女め!!」
誰かがそう叫び、わたしに石を投げつけてきた。
頭に命中し、ゴッ!! と鈍い音を鳴らす。
当たり所が悪かったようで、目の前が真っ暗になっていく。
よかった、死ぬことができる。
レンがいない世界で、生き延びても意味なんてないから。
地獄のような光景を目の当たりにしながら、わたしは意識を手放したのだった。




