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雌犬の仕返し、略奪女の復讐  作者: 江本マシメサ
第六章 憤怒の牙、罪深き者共に噛みつく

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悪夢のような

「あの魔獣は――!?」


 どうやらレンが取り逃がした魔獣はガルムのことだったようだ。

 もしやワイバーンの群れに襲撃された件もラルフ・ガイツが関わっているのだろうか。

 なんて、思考を巡らせる時間はなかった。


『グルルルルル!!』


 ガルムが唸り、襲いかかってくる。

 レンはわたしを抱き上げ、大きく後方に飛んだ。

 回転しながら跳び上がったガルムは、座席をなぎ倒しながら着地する。

 あの攻撃に巻き込まれていたら、とんでもないことになっていただろう。

 すぐさまわたしは、〝忠犬ロイヤル・ハウンド〟を使い、支配下にある純白のガルムを召喚する。


『がうがう!!』


 血塗れのガウルの猛追を、純白のガウルが食い止める。


「あれは――!?」

「わたしと契約している子なの」


 礼拝堂から脱出したわたし達だったが、外の状況を見て呆然とした。

 空にはワイバーンの群れが旋回し、地上には聖騎士達が駆けつける。

 彼らを率いていたのは、ヒルディスとラルフ・ガイツだった。


「ヴィオラ……まさか聖教会の地下から逃げだすなんて」

「ケレン・フォン・アイスコレッタ卿、大勢の聖騎士を手にかけた罪は重たいですよ!!」


 そんな彼らの傍に、神父様と修道女がいた。

 どうやらわたし達がここにいるということを、密告されていたようだ。

 結婚式も足止めをするためのものだったのかもしれない。


『きゃいん!!』


 純白のガウルの悲鳴が聞こえた。

 背後の扉が吹き飛び、血塗れのガウルが飛び出てくる。

 同時に、ヒルディスが叫んだ。


「彼らを拘束するように!!」


 終わった、すべて終わったのだ。

 大勢の聖騎士にワイバーンの群れ、それから血塗れのガウルを前になすすべもなく、わたし達は拘束されてしまう。

 決死の逃走劇はあっけなく、失敗に終わった。


 ◇◇◇


 地下牢に囚われたわたしは、裁判をすることなく、死刑が決定したらしい。

 今日の午後、中央広場で公開処刑が執り行われるという。

 守衛の聖騎士にレンはどうなったのかと尋ねても、教えてくれるわけもなく。

 レンはたくさんの聖騎士を手にかけた。無罪というわけにはいかないだろう。

 もはやなんの希望も抱けない。

 膝を抱え、処刑時間が迫るのをただただ待った。


「おい、時間だ」


 聖騎士と修道女がやってくる。

 修道女が何やらぶつぶつと唱えたあと、手に白い鎖が巻き付いた。

 どうやら聖術を用いて、わたしを拘束したようだ。

 もう、逃げようだなんて思っていないのに。


「もたもたするな! 行くぞ!」


 白い鎖を乱暴に引かれ、半ば引きずられるようにして進んで行った。

 裸足の足が、じくじく痛む。

 つい数時間前に、修道女が優しく洗ってくれたのに。

 神父様と修道女に裏切られた。

 けれども彼らも聖教会に身を置く以上、仕方がなかったのかもしれない。

 平和な夫婦のもとに転がりこんだのは、わたし達なのだから。


 馬車に揺られ、中央広場にたどり着く。

 そこには大勢の人達がいて、すでに盛り上がっていた。

 わたしは広場の中心に打たれた杭に体をぐるぐる巻きにされ、死刑執行を待つ。

 死刑執行人である暗黒騎士が登場し、わたしの処刑法が告げられた。


「ヴィオラ・ドライスは〝石撃ち刑〟とする!!」


 わっ!! と歓声が上がる。

 石撃ち刑というのは、観衆が罪人に石を投げて命を奪うという、残虐極まりない処刑方法だ。


「死刑を執行する前に、ゲストを紹介しよう」


 いったい誰なのか。

 荷車で大型の獣を拘束する檻みたいな物が運ばれてきた。

 そこに閉じ込められていたのは、わたしと同じ白い鎖にぐるぐる巻きにされたレンだった。


「なっ――!?」


 レンは拘束されたときに着ていた聖騎士隊の正装姿のまま、目元に布が巻かれた上に、猿ぐつわを噛まされていた。

 魔力を押さえる板金鎧を着ていないと、生命活動に支障をきたすというのに……。

 レンの目元に巻かれた布が外される。

 すぐにわたしを発見し、何か叫ぼうとするも、猿ぐつわがそれを許さない。


「処刑はお前の夫が見守ってくれる。よかったな」


 何がよかっただ。

 レンは優しい男性ひとだから、他人が苦しい思いをするほうが辛くなってしまうのに。

 きっとレンの気質をわかっていて、連れてきたに違いない。


「安心しろ。処刑するのはお前だけだ。あの男は利用価値があるからな。しばらくは生かされるだろう」


 きっと六度目の人生のときのように、レンの魔力を悪用したいのだろう。

 酷いことを考えつくものだ、と呆れてしまった。


「死刑執行!!」


 目の前に、大量の石が迫る。

 ぎゅっと目を閉じた瞬間、ばん!! と何かが破裂するような音と聞こえ、同時に強風も巻き起こる。

 強風が迫りくる石からわたしを守ってくれたらしい。一つも当たらなかった。

 音がしたほうを見ると、レンを拘束していた檻がバラバラになっていた。

 粉塵が舞い上がり、視界が不鮮明な中でレンを発見する。

 魔力の暴走でも起こしてしまったのか、全身が血まみれだった。

 返り血ではなく、全部自らの血なのだろう。

 レンを捕まえるため、暗黒騎士と聖騎士がレンに詰め寄る。

 そんな状況でも、観衆達は気にも留めず、石を投げることを再開させた。


「――!!」


 今度こそ、最期だろう。

 そう思って目を閉じ奥歯を食いしばったが、衝撃はない。

 代わりにぎゅっと抱きしめられる。

 瞼を開くと、そこにはレンがいた。


「なっ――!?」

「ヴィオラさんのことは、私が守りますので」


 次の瞬間、雨霰あめあられのように石が降り注ぐ。

 それらはすべてレンが受け止めてしまい――。


「やめてーーーーーーーー!!」


 レンの命をあっけなく奪った。

 力なくその場に倒れたレンに、すがることも許されない。

 皆、人の死を娯楽にし、愉快だとばかりに盛り上がっていた。

 赦さない。

 赦さない。

 絶対に赦さない。


 憎悪が渦巻き、炎と化す。


「――〝地獄の炎インフェルノ〟!!!!」


 どこからともなく炎が生まれ、人々を呑み込む。


「ぎゃあ!!」

「あ、熱い!!」

「なんだ、これは!!」


 皆、処刑を対岸の火事のように見ていたのだろう。

 死はいつでも傍に在る。

 人はいつ、どこで死ぬかわからないのだ。


 中央広場はあっという間に火の海となった。

 観衆も、暗黒騎士も、みんな、みんな炎に抱かれるのだ。

 高みの見物をしていた聖騎士や修道士達は、我先にと走って逃げている。

 彼らがもっと石を投げるよう、囃し立てる声も聞こえていた。

 逃すわけがなかった。


「〝違背神聖罰刑アンチ・ディヴァインジャッチメント〟!!」 


 悪しき聖職者を葬る雷撃が、聖騎士や修道士を襲う。


 炎が波打ち、雷が踊る、この世のものとは思えない光景が広がっている。

 こんな愉快なことなどないだろう。

 思わず嗤いが溢れる。


「あはは! あはははは!! あははははは!!!!」

「この、悪しき魔女め!!」


 誰かがそう叫び、わたしに石を投げつけてきた。

 頭に命中し、ゴッ!! と鈍い音を鳴らす。

 当たり所が悪かったようで、目の前が真っ暗になっていく。


 よかった、死ぬことができる。

 レンがいない世界で、生き延びても意味なんてないから。

 地獄のような光景を目の当たりにしながら、わたしは意識を手放したのだった。

 

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