誓い
一時間ほど飛んで、下り立った先は小さな修道院だった。
ここはレンが神学校時代、お世話になった場所らしい。
「ここの神父様はとてもいいお方で、一晩お世話になりましょう」
夜も更けるような時間だったが、やってきたわたし達を神父様は優しく迎えてくれた。
血まみれのレンを前にしても理由を聞かず、湯浴みをしてくるといいと勧めてくれた。
わたしにも、お湯を用意してくれるという。
六十代くらいの修道女がやってきて、たらいにある湯を床に置くと、わたしの足をきれいに洗ってくれた。
「まあまあ、若いお嬢さんがこんなに汚れて、可哀想に……」
靴はいつの間にか脱がされ、引きずられるように地下牢へ収納されたのである。
いろいろな事態に襲われていたので、足下のことなんてまったく気にしていなかったのだ。
「あの、どうして理由も聞かずにわたし達を受け入れてくれたの?」
「それは、かつての私達も同じだったからだよ」
なんでもここの神父様と修道女は駆け落ちした関係だったらしい。
結婚式の前日に、一緒に逃げてきたようだ。
「ひと目見た瞬間、私達と同じだとわかったんだよ」
大丈夫だから、安心して過ごしてほしい。
修道女は優しく言ってくれた。
湯を浴びたあと、薄汚れたドレスを着ようとしたが見つからない。
代わりに、修道女が純白のドレスを持ってきてくれた。
「これは?」
「私が四十年前に着ていた婚礼衣装だよ」
どうしてこれを? と聞く暇もなく、どんどん着せられる。
さらに化粧を施され、髪を結い上げてくれる。
「さすがにベールはなくてね。レースのカーテンで我慢してくれよ」
そう言って、なぜかレースのカーテンを頭の上から被せられた。
連れて行かれたのは、礼拝堂。
「ここは?」
その疑問に答えたのはレンだった。
いつもの板金鎧姿ではなく、聖騎士の白い正装姿での登場である。
「ヴィオラさん、神父様が結婚式を挙げてくださるそうです」
「今から、ここで?」
「はい」
板金鎧は装着しなくて大丈夫なのかと問いかけると、少しであれば問題ないという。
「ヴィオラさん、とてもきれいです」
「ありがとう。あなたも素敵よ」
それにしても、結婚式を挙げることになるなんて。
逃げるにしても、赤の他人よりは夫婦のほうが都合がいいようだ。
レンはそう言ってわたしの手を握る。
「ヴィオラさん、私の妻になってくれますか?」
「わたしで、いいの?」
「あなたしか、考えられません」
レンの求婚に、胸がいっぱいになる。
彼はわたしのために、聖騎士を手にかけた。
輝くはずだった将来も、潰してしまったのだ。
それなのに、レンは変わらずわたしを妻に迎えてくれるという。
この先も、彼と生きよう。
他人の人生を踏み台にしてでも、幸せになりたい。
わたしも覚悟を決めた。
礼拝堂には蝋燭が灯され、夜の神聖な雰囲気の中、結婚式が執り行われる。
レースのカーテンで代用したベールは、修道女がそっと摘まんであとに続く。
祭壇では神父様が待っていた。
参列者は誰もいない。
静かな結婚式だった。
祭壇の前に立つと、修道女は参列席に座り、わたし達の結婚式を見守ってくれるようだ。
神父様が開式を宣言する。
聖書にある夫婦としての在り方を説き、祝福を捧げてくれた。
最後に、誓約を行う。
「神に愛されし新郎、新婦よ。汝らに問いかける」
まずはレンのほうを見て、語りかけた。
「新郎、汝は家庭に愛と平和をもたらし、忍耐と和合、尊敬を持って妻となる者を支え、困難のさいは共に耐え、喜びのときは共に感謝し、永遠の愛を誓えるだろうか?」
「はい、誓います」
神父様はわたしにも、同じ問いかけをしてくる。
「新婦、汝は家庭に愛と平和をもたらし、忍耐と和合、尊敬を持って夫となる者を支え、困難のさいは共に耐え、喜びのときは共に感謝し、永遠の愛を誓えるだろうか?」
「はい、誓います」
誓いの口づけをするように促される。
レンはレースのカーテンで代用したベールを取り、まっすぐな瞳で見つめてきた。
顔を上げ、瞼を閉じる。
すると、そっと優しく触れるような口づけが落とされた。
それと同時に何かチカッと光った気がしたが、なんだったのか?
瞼を開くと、幸せそうに微笑むレンと目が合った。
「これにて、彼らは神に夫婦として認められた――!」
無事、レンと夫婦になれた。
と、安堵したのもつかの間のこと。
神父様と修道女が退室していった礼拝堂に、突如として魔法陣が浮かび上がる。
そこから這い出てきたのは、血まみれの狼。
「なっ――!?」
それはラルフ・ガイツが使役する魔獣、ガルムだった。




