ヴィオラの秘密
「ごめんなさい、疲れているのに」
「いいえ、まったく疲れていません!」
ワイバーンの群れと戦ったのに、疲れていないわけがないのだが。
ずっと話そうと思っていたのに、巡回に出かけてしまったので機会を逃していたのだ。
「婚約パーティーをする前ならば、その、取り返しがつくと思って」
「どういう意味でしょう?」
「秘密を知ったあなたが、わたしとの婚約を破棄できるってこと」
もしも結婚したくないと思ったら、わたしが婚約パーティーをすっぽかしたことにすればいいのだ。
「そんなこと、あなたにさせるつもりはありません」
「でも、わたしの秘密を知ってしまったら、そうも言っていられなくなるわ」
レンは首を横に振り、頑なな様子で否定する。
「話していただけますか?」
「ええ……」
彼には負担になるから言えないと思っていたのに、こうして話すことになるなんて。
人生とは何が起こるかわからないものである。
「八年前に、あなたがヒルディスの殺害予告を見てしまったことについて、覚えているわよね?」
「もちろん」
この八年間、レンは誰にも言わずに秘密を守ってくれていたようだ。
「あれは、手紙だけではなかったの」
呪いのような魔法が同封されていたのだ。
「魔法陣のカードが入っていて、突然そこからナイフが突き出てわたしの胸めがけて消えていったの。そのあと、それはヒルディスを前にしたときに、無作為で現れて命を脅かすものだって表示されて……」
「それは、呪いでしょうか?」
「わたしもそう思っていたわ」
「だから以前夜会でヒルディス様を前にしたとき、姿を消したのですね」
「まあ……そうね」
本当はレンを見て逃げたのだが、今回はそういうことにしておく。
レンはわたしの手を握り、「お辛かったでしょう」と声をかけてくれた。
「別に、これまでヒルディスと会うこともなかったし、少し忘れていたくらいで……」
でもこの先の人生で、いつヒルディスに会って魔法が発動するかもわからない。
「もしもヒルディスを殺してしまったら、わたしは犯罪者になるの。そうなったら、夫になるあなたの立場も悪くなるはず」
「それは違います。夫婦というのは苦楽を分け合う存在です。私ばかりが苦しい状況になるわけではありません」
そうならないように、ヒルディスとの接触を避ければいい。レンはそんなふうに言ってくれる。
「拠点をアイスコレッタ公爵家の領地に移すのはいかがでしょう?」
「聖騎士の職務はどうするのよ?」
「還俗します」
「いいの?」
「ええ。もともと聖騎士になったのは、ヴィオラさんを探すためでしたので」
王都に用事があれば、レンの守護獣である竜が送り迎えしてくれるという。
「苦労はさせませんので」
「本当にいいの?」
レンは力強く頷く。
わたしはそんな彼に抱きつき、感謝の言葉を伝えた。
「ありがとう……!」
どうやらレンはわたしの秘密を知っても尚、結婚してくれるというのだ。
こんなありがたい話はないだろう。
「それはそうと、いったい誰がそのような魔法を送り込んだのでしょう?」
「わからないの」
ヒルディスに恨みを抱く人物なんて、八年経った今も思いつかない。
母が仕込んだと言えば納得できるが――。
「魔法の心得なんて母にはないわ」
母以外の誰かが犯人なのである。
「しかし、また厄介そうな魔法ですね」
他人に影響を及ぼす魔法はほぼほぼ呪術で間違いないという。
「呪術は基本的に、解除できません。ただ、大聖女様や、枢機卿レベルの聖職者であれば、聖術で効果を浄化することもできるでしょうけれど……」
ターゲットであるヒルディスにお願いできるわけがなかった。
すると、残りは枢機卿であるゲラルト・フォーンに頼むしかない。
「枢機卿に伝手なんかないし」
「少し、他に方法について探ってみますね」
「ええ、お願い」
その後、レンと別れてしばし待つこととなる。
戻ってきた彼は、ピカピカの板金鎧姿で登場した。
「その真新しい板金鎧はどうしたの?」
「王都の中央金庫に預けられていたそうで、わたしの元に届いたんです」
アイスコレッタ公爵家の財宝などは火事で焼けてしまったようだが、一部は王都にある中央金庫に預けられていたらしい。
その中に、純白の板金鎧があったようだ。
「今日のために、取っておいたんです」
「そ、そう。よく似合っているわ」
「ありがとうございます」
婚約パーティーのドレスを着たわたしも、レンは褒めちぎってくれた。
そうこう過ごすうちに、ビアンカがやってきて婚約パーティーの開始を知らせに来てくれた。
レンと腕を組み、皆が待つ会場へ向かう。
たくさんの拍手を浴びていると、涙が出そうになる。
こんなにたくさんの人達から祝福されるなんて。
マルティナ夫人もわたし達を見て微笑んでいたが、側近の一人が慌てた様子でやってきて、何か耳打ちしている。
マルティナ夫人はこれまで見たこともないくらい驚いた顔をしていた。
いったい何を聞かされたのだろうか。
拍手が鳴り止み、静かになったタイミングで、扉が勢いよく開かれる。
誰かが遅れてやってきたのか。皆の注目が集まる。
最悪のタイミングで現れたものだ。
なんて考えていたら、そこから登場した人物を見てギョッとする。
「なっ、ヒルディス!?」
やってきたのは、喪服に身を包み、一輪の白百合を持ったヒルディスだった。




