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雌犬の仕返し、略奪女の復讐  作者: 江本マシメサ
第二章 暴く者、食らう者
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別れ話

 突然の別れ話に、ナイトの野郎は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。

 ワイングラスを二つ手に持ったまま、硬直している。

 その一つを奪うように手に取って、一気に飲み干した。

 強いワインだったからか、熱に近い刺激を感じる。

 グラスをたん! と勢いよくサイドテーブルに叩きつけるように置くと、たったそれだけでヒビが入った。

 それを見て、わたし達の関係に似ていると思う。

 見た目は美しいワイングラスだが、衝撃に弱い。

 力を込めると、あっさり壊れてしまうのだ。


「いや、ヴィオラ、どうして突然そんなことを言うんだ! 俺達、これまで上手くやってきていただろうが!」

「そろそろ潮時だと思って」

「潮時? そんなのない。この関係は永遠だろうが」


 そうやっていつも彼は言葉を濁し、明言を避けた。

 ここで結婚して一生一緒にいよう! なんて言ってくれたら、少しは印象がよくなるというのに。


「何が不満なんだ? 改善するから言ってくれ!」


 思いのほか、食い下がってくる。

 これからヒルディスと結婚するというのに、わたしとの関係も続けるつもりだったのか。

 呆れた話である。


「お前は自慢の女なんだ! お前ほど美しい女はいない! 気付いていないのか? 道行く男共がお前に夢中になっていることに!」

「そうだったの」


 わたしはずっと、この男しか見えていなかった。

 他の男性に見向きもしていなかったのに……。


 彼にとって私はコレクションの一つなのかもしれない。

 女性達が美しいネックレスやイヤリングを宝石箱にしまって管理するように、わたしも彼という存在を彩るアクセサリーのような存在だったのだ。


「お前のことはこれまで以上に大事にする。だから――」

「だったら、その婚約指輪をちょうだい」

「え!?」

「わたしのことが大事だったら、できるでしょう?」


 一回目の人生のさい、ヒルディスがわたしの婚約指輪が大聖堂から持ち出された品だと気付いたとき、この男は挙動不審な態度を見せていた。

 おそらくあのときになって、持ち出し許可証が不完全だったことに気付いたのかもしれない。それを弁解するわけもなく、あの場で罪をわたしに押しつけたのだ。

 そんな彼が、わたしを引き留めるためにあの婚約指輪を渡すわけがなかった。


「ヴィオラ、それだけはできない」

「だったら、わたし達の関係はこれで終わりね」

「ヴィオラ!!」


 みっともなくわたしにすがってきたので、とどめを刺しておく。


「今後、わたしにつきまとうようだったら、あなたとの関係をヒルディスに暴露するわ」

「へ?」

「わたし、知っているの。あなた、本当はヒルディスの婚約者なんでしょう?」

「どこで、それを知ったんだ?」

「風の噂よ」


 ヒルディスとの関係がバレない自信でもあったのか。

 まるで彼自身が被害者のような、ショックを受けた表情でいる。


「もう二度と、こうして会うこともないと思うの」

「いやだ」

「子どもみたいに駄々をこねないで。恥ずかしいから」


 ナイトの野郎の手を払う。

 彼はその場にくずおれ、俯いたまま顔をあげない。


「さようなら」


 そう宣言し、外套を着込んでから部屋をあとにする。

 彼はあとを追いかけてこなかった。


 廊下で待機していた護衛は、ギョッとした顔でわたしを見つめる。


「あの人を振ってやったの。励ましてあげて」


 そんな言葉を伝え、わたしは魔導昇降機で一階まで下りたのだった。

 高級宿から一歩外に出て、大きく背伸びをする。


「ん~~~~~!」


 なんだか解放された気持ちになり、のびのびしたくなったのだ。

 そんなわたしに続いて、大精霊ボルゾイも体をぐーっと伸ばしていた。


『よく耐えましたね』

「耐えたというか、話しているうちに馬鹿らしくなって」


 と言葉を返すと、道行く人達が不審な目を向ける。

 そうだった。

 彼女の姿や声は周囲の人は認識できないので、わたしが独り言を言っているように見えるのだ。


 ひとまず自宅に戻ろう。

 宿の前には第二王子専用の馬車が二台停まっていた。

 帰りはいつも別で、わたしの自宅まで送る馬車を用意してくれていたのである。

 わたしに気付いた御者がステップを出してくれた。

 けれども二度と、彼の馬車になんか乗らない。


「ごめんなさい、もう別れてきたの。だから今日は歩いて帰るわ」

「しかし、夜の道は危険です」


 そんなことを言う御者に、手のひらに握った〝地獄の炎インフェルノ〟を見せてあげる。


「もしも暴漢でも現れたら、この手で焼き尽くすから大丈夫よ」


 御者は「ヒッ!!」と悲鳴を上げて下がっていく。

 少し驚かせすぎてしまったかもしれない。


 その後、夜道を大精霊ボルゾイと並んで歩いて行く。

 普段であれば、夜道を独り歩きするなんて恐ろしくてできなかった。

 こうして守護獣が傍にいるだけで頼もしい。

 ふと気になったことがあったので、人通りがない道で大精霊ボルゾイに訊ねる。


「そういえばあなた、何か戦闘能力的なものはあるの?」

『ございません』


 大精霊ボルゾイは清々しいほどきっぱり言ってくれる。


「守護獣なのに、戦えないの?」

『わたくしはあなた様の人生の案内人、と思っていただけたら幸いです』

「案内じゃなくて、案内ね」 


 そんな会話をしているうちに、自宅に到着した。

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