すべてのはじまり
この世界は誰もが神から授けられし祝福を持ち、さらに守護獣を従えて生きる。
けれどもわたしみたいに神から見放されて祝福もなければ、守護獣さえいない者もいるのだ。
子どものときは傷ついて、立ち直れない日もあった。
腹違いの姉ヒルディスが大聖女の祝福を持ち、水晶聖獣という美しい守護獣を従えていたから余計に悔しい気持ちに苛まれていたのだ。
しかしながら二十歳を迎えた今、その気持ちはきれいさっぱり消えている。
なぜかと言えば、わたしは誰もが羨むほどの美貌の持ち主だから。
波打った金色の髪は絹糸みたいにつやつやで、深紅の瞳はルビーみたいに真っ赤。肌は透けるように白くて、手足も長い。
少し目配せをするだけで、男達は言いなりだった。
いつしか私は、自らの美貌こそ神からの祝福なのではないか、なんて考えるようになる。
そんな私には婚約者を探してくれる父がいなかったが、結婚を前提にお付き合いしている恋人がいる。
ナイト・フォン・ホッファート・ジーヴントゥン殿下――。
この国の第二王子で、夜会の晩にバルコニーで運命的な出会いをしたお方。
絶対に忘れもしない。
十日も前、ステラ・ライト歴百五年、火食鳥の月四週目に、彼は私にダイヤモンドが鏤められた白銀の婚約指輪を贈ってくれた。
――ヴィオラ、これからも永遠に、同じ時間を過ごしてくれ。
そんな求婚の言葉がどれだけ嬉しかったか。
これまで何度も、祝福がないことや、守護獣の不在を馬鹿にされてきた。
父であるシュヴァーベン公爵の愛人だった母のように、みすぼらしい人生を送るに違いない、と影で囁かれていた私が、王族と結婚できるなんて夢のよう。
絶対に幸せになる。
いいや、なってみせるのだ。
このあともナイト様と会う予定だ。
いつもの高級宿で落ち合って、そのあと一緒に泊まるのがお決まりのデートである。
今日は結婚式について話してみようか。
王族だから、大聖堂で挙式を行えるだろう。
聖女である姉ヒルディスとは、母と一緒にシュヴァーベン公爵邸を追いだされてから音信不通だった。
腹違いの姉妹である私達は、決して仲のいい関係ではなかったのである。
けれども結婚を機に、仲よくしてもいい。
これからは人と人の繋がりも大事に生きなければ。
だって私は、結婚したら〝妃殿下〟と呼ばれるような尊い立場になるのだから。
今晩はやけに聖騎士が多い。
聖教会の要人が夜の街を視察しているのだろうか?
なんて思っていたら、聖騎士達が周囲を警戒するように歩く一団を発見する。
いったい誰なのか、と興味本位で覗いてしまった。
そこにいたのはヒルディス。
長年顔を合わせていなかったものの、彼女の顔が描かれた記念品は聖降祭の出店にたくさん並んでいた。それにヒルディスは母親であるシュヴァーベン公爵夫人の若い頃にそっくりだった。
そのため、すぐにわかってしまったのである。
大聖女の祝福を持つ彼女は、聖教会の重要人物である。
ヒルディスがいるから、こんなにも聖騎士がいたのだ。
納得した次の瞬間、ヒルディスが腕を組んで歩く男性の姿にギョッとした。
なぜならば、私の婚約者であるナイト様だったから。
彼らは親しそうな様子で寄り添い、微笑み合っていた。
あんな笑顔なんて、私には一度も見せなかったのに。
どうして?
そう思ったのと同時に、わたしは彼らのもとへ接近していった。
「お前、何者だ!」
「下がれ! 大聖女様の御前だぞ!」
聖騎士の制止なんて聞くわけがない。
私はヒルディスに向かって叫んだ。
「あなた、わたしのナイト様に何をしているの!?」
「え……?」
誰? と言わんばかりの目でヒルディスはわたしを見つめる。
一方、ナイト様の顔は明らかに引きつっていた。
「ナイト殿下、彼女は?」
「あーーーー」
ナイト様が答える様子がないので、はっきり宣言させてもらった。
「わたしはナイト様の婚約者よ!!」
「え?」
「わからないの? わたしとナイト様は特別な関係なの!」
ヒルディスは瞳を大きくし、理解しがたい、という目でわたしを見る。
ナイト様は口をぱくぱく動かして何か訴えているようだが、まったくわからない。
それよりも、ナイト様に近づくヒルディスに、わたし達の関係をきちんと訴えなくては。
「話がわからないようね。だったらこれを見せてあげる。ナイト様がわたしのために作って、贈ってくださった婚約指輪よ!」
「そっ、それは――!?」
やっとわかってくれたか、と思っていた次の瞬間、ヒルディスは思いがけないことを叫んだ。
「どこのどなたか存じませんがあなたが今、所持しているのは、十日前に大聖堂から盗まれたという、〝聖なる婚約指輪〟です!」
「は!?」
思わずナイト様を見るも、目が泳いでいた。
いったいどういうことなのか?
「それに、ナイト殿下の婚約者は私です」
「婚約者って、何を言っているの? この、略奪女が!」
聖騎士達が音もなく動き、わたしを拘束する。
「ちょっと、何をするのよ!」
「黙れ!」
「この略奪女が!」
ヒルディスは怖い存在を見る目で私を見つめていた。
そんな彼女を、ナイト様は守るように抱きしめる。
どうして? と問いかける間に、私は乱暴に連行されていった。
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