第3話:公爵様、あなた……嫉妬してませんか?
舞踏会からの帰路、馬車の中。
私は、静かに隣の公爵様――クレイグの横顔を見つめていた。
(いつも通り、無表情。だけど……)
ほんの少しだけ、彼の機嫌が悪い気がする。
それは舞踏会の最中、ある貴族の青年――侯爵家の御曹司に声をかけられたあたりからだった。
「公爵夫人、お美しいですね。ぜひまたお話の機会をいただければ」
彼は社交辞令だったと思うけれど……
その直後、公爵様が明らかに眉をひそめていたのを、私は見逃さなかった。
「……公爵様?」
「……なんだ」
「ご機嫌、斜めですよね」
「そんなことはない」
「じゃあ、侯爵令息が私に話しかけたとき、あんなに露骨に睨んでたのは……?」
「……警戒しただけだ」
「ふふっ」
私は、つい吹き出してしまった。
「……何がおかしい」
「いえ。公爵様が、私のことをそんなふうに思ってくださってるのが、ちょっと嬉しかっただけです」
クレイグがわずかに視線をそらす。
「……誤解するな。君は“私の妻”だから、無用な接触は好ましくない。それだけだ」
「なるほど。形式上の、ですね?」
「……」
返す言葉が詰まったようで、公爵様は口を閉ざす。
だけど、その沈黙は、なぜだか私の胸を温かくした。
(この人は、きっと言葉にするのが苦手なんだ)
「でも、私は構いませんよ」
「何がだ」
「“嫉妬してくれる”って、少しだけ思ったんです」
クレイグは目を見開いた。
そして、ゆっくりと、視線を私に向ける。
「……君は、本当にずるい女だな」
「え?」
「……何でもない」
そう言って彼はそっぽを向いた。
でも、ほんのわずかに、耳が赤く染まっていた。
屋敷に戻ったあと、私はドレスを脱いで部屋着に着替え、深く息をついた。
「ふぅ……舞踏会、無事に終わったわね」
窓辺に立ち、星空を見上げる。
遠い日の痛みも、今日でようやく一区切り。
あのリサも、第二王子も、もう私を侮れはしない。
(それも、全部……クレイグ様のおかげ)
そう思っていると、ノックの音がした。
「入ってください」
扉を開けて入ってきたのは、公爵様だった。
「どうかされました?」
「……これを、届けに来ただけだ」
彼が差し出したのは、きらびやかな金の髪飾りだった。
「……これって、舞踏会で見かけたものですよね?」
「君が視線を向けていた。だから、買っておいた」
「……!」
私は思わず目を見開く。
「……嫉妬したわけではない。ただ、夫として当然の義務だ」
「……そうですか」
私は静かに受け取り、両手で大切に包むように抱えた。
「でも、公爵様のその“不器用な優しさ”が、私はとても好きですよ」
彼はまた、何か言いかけて、結局何も言わなかった。
ただ、わずかに表情が柔らいだ気がした。
──形式上の関係だと思っていたのに。
気づけば私は、“その人の隣にいたい”と願っている。
嫉妬も、照れ隠しも、全部まるごと。
公爵様という人に、私は惹かれてしまっているのかもしれない。
そんな夜だった。