第1話:舞踏会への招待状と、動揺する私
かつて、無実の罪で婚約を破棄され、社交界から追放された伯爵令嬢アリシア。
形式だけの契約で始まった公爵との結婚は、やがて“本物の関係”へとゆっくり歩み始めていた。
──だがその矢先、王宮から届いた一通の招待状が、再び嵐を呼び込む。
社交界復帰? 舞踏会? 過去の因縁との再会……!?
そして、公爵様の溺愛はまさかの加速モード突入!?
「君は、私の妻だ。形式など、とうに捨てた」
波乱万丈の“本当の夫婦”物語が、今――再び幕を開ける!
「……っ、こ、これは……!」
机の上に置かれた、一通の金縁の封筒。
それを開いた私は、文字通り硬直した。
「どうされましたか、アリシア様」
執事長が不思議そうに尋ねる。
私は手元の文面を震える手で指し示した。
「王宮から……“正規の公爵夫妻として、春季宮廷舞踏会への出席を求む”って……!」
「なんと。ついにお呼びがかかりましたか……」
その言い方、まるで以前から予定されていたみたいじゃないの。
私は慌てて席を立つ。
「クレイグ様は、これをご存じで?」
「……ああ、知っている」
後ろから聞こえた低い声。
振り返れば、執務服姿の彼――クレイグ・シュトラウス公爵が立っていた。
「まさか、これを承諾したんですか……?」
「当然だ。断る理由がない」
「でも、私……社交界から追放された身です。出席すれば、噂が――」
「噂は消せない。だが、覆すことはできる」
そう言って、クレイグは私の前に歩み寄った。
「君は、“公爵夫人”だ。正式に、法的にも、俺の隣に立つ者だ。
王宮がそれを認めた以上、堂々と出席することに、何の問題がある?」
その言葉は、理屈として正しい。けれど――
(私の心が、まだ追いついていないだけ……)
数年前の舞踏会。
一方的な断罪、嘲笑、冷たい視線。
あの記憶が、いまだ胸の奥に棘のように残っている。
「……クレイグ様は、怖くないのですか」
「怖いとは?」
「私と出席して、非難されたり……変な噂が立ったり……」
「俺が誰といても、帝国貴族は文句を言う。
ならば、俺が選んだ者を堂々と連れて行くほうが理に適っている」
あまりに迷いのない言葉に、私は言葉を失った。
(……やっぱり、この人はずるい)
そんなふうに言われたら、もう逃げ道なんて残ってない。
「アリシア」
呼ばれて、顔を上げた。
「君は、俺の誇りだ。誰にどう言われようと、それだけは変わらない」
その一言に、胸の奥の痛みが少しだけ和らいだ気がした。
──王宮舞踏会。
それは、私が過去と向き合うための“試練”であり、
そしてきっと、“変わり始めた関係”を証明する舞台。
……逃げてばかりじゃ、いけない。
「……わかりました。出席いたします」
私の答えに、クレイグは静かにうなずいた。
「準備は万全に。君には、最高の装いを」
「え……?」
「そして、必要以上の護衛をつける」
「また護衛ですか……っ!」
思わず吹き出す私を見て、彼は珍しく口元をわずかに緩めた――
こうして、“形式上の関係”は、確かに一歩前へ進み始めたのだった。