第9話 その司書、捕まる
海を越え、本州と呼ばれる島の最南の地に降り立てば、いつも以上にピリピリとした空気と痛い視線が刺さる。誰かが、ではなく、全員がどこか警戒した空気を醸し出していた。きっと図書館が期限をギリギリにしたのはこれが関係しているのだろう。
まぁ、俺には関係ない事だ。俺の仕事は本の収集。果ての図書館から指示された場所に行って指定の本を受け取るだけ。期限も短いし、気にしている暇はない。そもそも俺とはあまり関係のない国だ。さっさと本を集めて帰ろう。
一番近い指定の本屋に行き、予定通り本を買う。周りを見渡せば前に来た時より少し本が偏っていた。新しい本が少ない。ここ数年でかなり本が出ていたと思ったが、古い本が大半を占めている。
「なあ、新しい本少なくないか?」
「なんだあんちゃん知らねぇのか。将軍様方が戦おっ始めようとしてんのさ。最近多くてなぁ……あっちこっちの将軍様方が領土の取り合いで大忙しだ。いつまた戦が起こるか分からねぇ……みんなピリピリしてるよ」
「そうか……ありがとう、気をつけるよ」
俺はさっさと店を出て次の本屋に向かうことにした。将軍様方の戦に巻き込まれているのか。あの言い方じゃあ、平民も参加しないといけないようだ。誰が連れて行かれるか分からない、行けば帰って来られるか分からない。そりゃみんなピリピリするわな。
にしてもやっぱり不思議だな。確か和の国では王のような人がいたはずだ。神の子孫だとか、人の姿をした神だとか言われていたはずだ。けれど今聞いたのは将軍様……ひとつの国の中で貴族達が王を差し置いて領土を奪い合っているようなものだろうか。俺の感覚と和の国の感覚がかなり違うから分からない。
帰ったら和の国についての本でも読んでみようと思いながら、次の場所に向かう。和の国の中で、確か都と呼ばれる中心地。貴族も多く人の往来も多い場所だったはずだ。再び魔術で空を飛び、都と呼ばれる場所の本屋に向かった。
「通れない?」
「あぁ。今はどこからも京へは行けないんだ。しばらくしてから来な」
「またなんで……」
「知らねぇよ。お偉いさんから言われてんだ。とにかく、京に行くのは諦めな」
関所と呼ばれる検問所のような場所に行くと、言い渡されたのは都への通行止め。何を言っても通してはもらえず、理由も分からない。仕舞いには諦めろと言われる始末。
ここが通れないなら都に行くのは難しい。……いや、確か都にも図書館があったはず。でもここから一番近い図書館は……俺が和の国に来た時に使ったあの図書館。
「もしかして……また海を渡って戻んなきゃ行けねぇの……?」
初日に来た道戻るとかあるか?
〜
俺は人目も気にせず全速力で戻る。リストにある本は後四箇所。まだ半分も終わっていない上に比較的量の少ない場所から来たから実質九割終わっていない。だというのに明日には果ての図書館に全ての本を納めろだなんて無茶言うな。
だが仕事は仕事。割り切ってどうにか終わらせるしかない。もし万が一都の図書館から本屋に行けなければ先に他の本屋を済ませるまで。とにかく早く飛べば案外早く図書館には戻れた。周りに人がいないことを確認して鏡を通り、果ての図書館から再び和の国の図書館に繋げた。都の図書館には繋がったから少なくとも行くことはできる。
鏡を潜って辿り着いたのは真っ暗な図書館。まだ昼間のはずだが、何故か明かりが消えていた。嫌な予感がしながらも図書館から出ようとすると鍵が掛かっている。
仕方なしに俺は壁をすり抜ける。大丈夫、余程の事がない限り誰にも見られない。認識阻害の魔術を同時に使えば見つからない。俺より魔力が多くて魔術に精通しているか、余程勘が良くなければ……
「にいちゃん、何してんの?」
「嘘だろオイ……」
認識阻害は透明化と違い、姿は誰でも見られる。あくまで認識されないように逸らしているに過ぎない。つまりどういう事かと言うと……一度認識されてしまうと効果がない。
「おいお前、何している!」
「終わった……」
「なあなぁにいちゃん、こんなとこで何してんの?」
「呑気だな……」
そんなこんなで、捕まりました。誰でも良いから助けて欲しい。
〜
とりあえず牢に入れられたが、衛兵? 警備兵? 達もよく分からなそうにしながら連れて行かれた。まさか子供に気付かれるとは思わなかった。タイミングが悪すぎる。子供は時に勘が鋭くなる時がある。今回はそれだろう。
普通なら気付くはずがない。魔術は確かに発動していたし、あの子供は俺より魔力が少なかった。つまりただただ勘で気付かれたということだ。
(これ、仕事もう間に合わないんじゃないか……?)
今はとりあえず拘束するらしいから、嫌疑さえ晴れれば出してもらえるはずだ。一体何の嫌疑がかけられているのかは分からないが、不法侵入とかであれば間違いなく俺が不利になる。罰金とかで許してくれないかなぁ。
「……ぃ、……い…………おい!」
ボーと薄暗い牢の天井を見上げていれば、何処からか声が聞こえてくる。気のせいかと思ったそれは確かにこちらに向けて放たれた声で、声の主を探せば、木製の格子から見える隣の牢にひとり、子供がいた。
「やっと気付いたか。答えろ、何故果ての図書館の司書がこんな場所にいる?」
「図書館から出たら捕まっただけだ。それよりこっちこそ聞きたいんだが、なんで俺が果ての司書だって分かった? 今の俺はこの国に馴染むような姿に見えるはずだ」
果ての司書は図書館から本を集めるために鏡を潜れば、その先の国の人間に混じっても違和感のない姿に見えるようになる。シルから教えてもらったことだ。普通は果ての司書の本来の姿を見ることはない。その上果ての司書としての服を知る人間は限られているはずだ。それこそ果ての司書か、或いは国の重鎮か…………
ふと気が付いて子供の服を見て嫌な予想が頭を過ぎる。 小さな体の割に大人びた言葉遣いの少年は、この国特有の独特な花の服を着ていた。美しい大輪の花は、この国の皇族──王の血筋の家紋に使われる花だった。
「余はこの国の皇族、我が父の跡を継ぐ者だ。知ったからには協力してもらおうか、果ての司書殿」
「災難続きか……俺は仕事さえ終えられればそれで良い。協力するかは話を聞いた後だ」
「良いだろう」
予想通りの面倒事である。さて、俺は無事仕事を終えて帰ることが出来るのだろうか……