第6話 その司書、依頼を受ける
「離せ!」
「いやちょっとで良いから! せめて話聞いて!? 嫌なのは分かるから! 俺だって嫌だから! お前なんか何かしら依頼受けなきゃいけねぇんだから良いだろ!?」
「嫌だと言ったら嫌だ! 俺は魔物を売るために冒険者登録をしたのであって冒険者になるつもりはない!」
「すっげぇ矛盾!」
ギルド長室から響く二人の声。依頼を受けて欲しいと頼んできたラークに俺は嫌だと言い、そのまま帰ろうとしたら取っ組み合いになった。ラークは俺の腰に纏わりつくように腕を回し、俺はラークを引き剥がそうと腕を掴む。
依頼なんて受けるものか。俺は薬草採取とか、簡単そうなものを一つ受けて戻るつもりだったんだ。ギルド長室に呼び出してまで頼みたい依頼なんて面倒に決まっている。そんなものに俺の読書の時間を奪われてたまるか!
「頼む、頼むから!!」
「……はぁ、とりあえず話だけ聞く」
しがみついて離れないラークに根負けした俺は話だけ聞くことにした。話だけ聞いてさっさと帰ろうという魂胆だ。早く図書館で本の続きを読みたい。
「公国の近くにある火山が三年程前、突然凍りつくという謎の現象が起きた。原因は不明、あちこちの国の研究者や冒険者が調べにきたが、何も分からなかった。そこにはドラゴンの巣もあってな。正直、凍りついて安心したところはある。なんせドラゴンに襲われる心配は無くなったからな」
「良かったじゃないか」
「だが、原因がいまだに分かっていない。考えてもみろ、いつその氷が溶けるかも分からない。溶けないとしても、もし今後人の住む場所が突然凍りつくようなことがあったらどうする?」
「んで、それを俺に調べろと……」
俺はただの司書であって学者でも研究者でもないんだが……それに、火山が突然凍りつくなんてことがあるのか? いや、学者達も匙を投げたような問題だ。ちょちょいと見て何も分からなかったと言って帰ってきても文句はないはずだ。何より、しばらく依頼を受けずに済む。
俺の本業は司書。そして趣味は読書。冒険者として働いている時間はない。さっさと終わらせて帰ろう。
「分かった、受ける。ただし、何も分からなくても文句は言うなよ! 俺の本業は司書であった学者でも研究者でも……ましてや冒険者でもないんだからな!」
「おぉ、そんじゃ頼んだ!」
丸投げされた。とりあえず一度公国から出なければいけないらしく、国境の門を通って飛びながら向かう。火山は飛べばすぐに到着したが、どこか見覚えのある山に見えた。一応警戒しながらゆっくりと凍りついた火山に降りて行く。
「これ……俺がやったやつだ……!」
三年前、丁度俺が果ての図書館の司書になった頃。鳥型の紙に誘導されるがままぐるっと世界を一周した時のことだ。山の上空を飛んでいたら、ファイアドラゴンに見つかって火を吹かれた。俺は鳥型の紙を追いかけることに夢中で、ファイアドラゴンなんて構っている暇がなかった。
『うるせぇ! 俺は今急いでるんだ! ちょっと凍って頭冷やせ!!』
そう、この火山はその時の山だ。氷に触れれば分かる。これは俺の魔力でできた氷だ。よく見れば凍っているファイアドラゴンも火を吹く寸前というか……口を開けたまま訳も分からず凍りついている感じだ。
「これ、俺が悪いのかぁ?」
どうしたものか。三年間学者やら研究者やらが調査しても分からなかった氷付けの現象は俺の仕業だった。ずっと分からないと言われていた原因を一瞬で解明? したのはまだ良いが、俺の仕業でしたーで済む話でもない気がする。
「よし、考えても仕方ない。さっさと報告して帰ろう! 逃げるくらいできる! 俺なら逃げられる! そもそもドラゴンに襲われたから正当防衛! 俺は悪くない!」
俺はそう言い聞かせて公国に飛んで戻る。国境を通る時にさっき出たばかりだろうと変な顔で見られた。気にしない方が良い。とっとと報告して逃げよう。俺は冒険者ギルドの扉を開けた。さっき魔物の鑑定をしてくれていたエルリと呼ばれていた受付嬢の元へ行く。
「悪いが、ラークと話せないか?」
「あっ、さっきの……オリアスさんでしたね。今、ギルド長を呼んできます」
「助かる」
俺のことを覚えていたのか、すぐにラークを呼びに行ってくれた。すぐに戻ってきたエルリはギルド長室で待っているので向かって欲しいと言われた。俺はギルド長室まで迷わず進むと、軽くノックをした後返事を聞かずに中に入る。
「入るぞー」
「返事聞けよ……そんで、どうした? まさかもう終わったなんて言わないよな?」
「あぁ、終わったぞ。あれ俺が魔術でやった。報告終わり! そんじゃ!」
それだけ言って部屋から逃げようとすると、いつの間にか肩を掴まれていた。なんか……すごい殺意を向けられている気がする。早く逃げたいのに凄い力で掴まれているせいで逃げ出せない。これ普通に骨折れるレベルだぞ。この馬鹿力!
「逃さんぞ。しっかり説明しろ」
「嫌だ! 俺は帰るんだ!! 貴重な読書の時間をこんなことに潰されてたまるかー!!」
「こんなことじゃねぇよ!! 一大事だっつったろうが!!」
しばらくギルド長との力比べが続き、根負けした俺が半ば無理矢理椅子に座らされた。これじゃあまるで尋問だ。たかが山をひとつ凍りつけにしたくらいで大袈裟な!
「あの火山……お前がやったのは間違いないんだな?」
「オレガヤリマシタ」
「片言になるな! お前が言ったんだろうが!!」
「たかが山ひとつ凍りつけにしたくらいで大袈裟なんだよ! 良いじゃねぇか被害出てないんだろ!? なんの問題があるってんだ!!」
「何もかもが問題だ!!」
何も問題ないだろう。凍りつけにされた時に巻き込まれた人がいるなら話は別だが、特に被害はなし。凍りつけになった影響が出ている様子もない。むしろドラゴンが大人しくなっているから良いじゃないか。
「なんでそんなことしたんだ……」
「空飛んでたらファイアドラゴンに襲われそうになって山ごと凍らせた。以上!」
「以上じゃないんだよ!!」
「逆に聞くが、何が問題なんだ?」
本気で分からないという顔をする俺に、呆れた様子でラークが口を開く。
「まず普通は山を丸ごと凍らせるなんて不可能だ」
「え?」
「そんで、例えできたとしても、その氷が三年も残ってるなんてまずあり得ない」
「いや……」
「それをたかがなんて言うお前は常識がなさ過ぎる!」
「は!?」
いや。いやいやいや。常識はあるはずだ。普通に学園に通って、普通に卒業して、ちょっとブラックだが普通に就職したはずだ! 孤立してたわけでもないし、おかしいなんて言われたこともなかったはずだ。分かった。ギルド長が大袈裟なんだな。
「大袈裟にし過ぎだな」
「いや大袈裟じゃねぇって! お前言われたことないのか? まさか友達いないとか……」
「失礼なこと言うんじゃねぇ! 友達はいるし、そんなことを言われた覚えもない!」
「マジか……」
本気で引かないでくれ。
「とにかく、この事は俺が誤魔化しておく。お前も信用できる奴以外口外するんじゃねぇぞ! できれば信用できる奴にも極力言うな!」
「お、おぉ。分かった……」
「これだから無自覚な奴は……」
呆れ顔のギルド長を見ながら俺は思った。
(とっととかーえろっ!)