第4話 その司書、冒険者登録をする
俺が果ての司書になって早三年。今は基本毎日の仕事をとにかく早く終わらせて日が暮れるまでひたすら本を読み漁る日々だ。正直充実し過ぎている。時折現れる魔獣は図書館を襲いに来ると警報が鳴り、司書が持つ懐中時計がアラームのような音を出す。アラーム音はどうやら果ての司書にしか聞こえないようで、夜に鳴っても特に誰も反応しなかった。俺が起こされただけで。
ただ本を読んでいる時にアラームで邪魔をされる事が何度かあり、あまりにもムカついて来ていたので、定期的に図書館から出て魔獣を狩る事にしている。俺が勝手にやっている事だが、特に咎められる事もないので問題はないのだろう。魔獣は倒すと消えてしまうので基本放置している。
ちなみに、俺たちに上司はいるのか、司書達によって地位が変わるかと聞けばそうでもないらしい。シル曰く
「私らの上司って言やぁこの図書館だ。この図書館の意思が私達の活動方針、んでもって司書達に地位はない。先にいた奴を勝手に敬ったりする事もあるが、時間が経つとそれもどうでも良くなるからな、みんな遠慮はなしだ」
だそう。確かに三年の間に何度か他の司書に会ったが挨拶程度、名前も聞かない上に誰がどの順番で司書になったかなんて分からない。最初はそれで良いのかとも思ったが、ここで働いていると確かに変な順位付けは仕事の邪魔だ。
ここはかなり自由な職場。期日までに仕事を終わらせれば、何時に来ても良いしいつ休んでも構わない。俺は専ら和の国の収集が主だ。他に和語が話せる奴も読める奴もいないそうだ。俺がシルと初めて本の収集に行った時に、大量の本を一度に集める事になったのは、前任が辞めてから和の国の本を集められるやつがいなかったからだそう。あれ以来基本的に集めに行く本は一箇所に数冊だけ。
そういえば、最近は他の場所も任せられるようになって来た。俺の住む国セリスト王国から二つ程国境を越えた先の国。冒険者の集うイリス公国だ。国の周辺は山や森に囲まれ、そこにはAやSランクの魔物がいる。基本的にBかCランクの魔物が多いらしい。
ただ、残念な事にイリス公国には図書館がない。冒険者達が集まる事で成り立ち、さらに貴族という概念がほぼない国で、図書館はあまり必要とされないらしい。あっても書斎のような小さな部屋くらい。つまりイリス公国へは隣の国の図書館から向かう必要がある。なんて面倒な。
図書館がないのに本があるのか? と言われれば、本を書くやつはいる。冒険者達が売った魔物の素材で研究をする奴がいるらしく、個人で本を書いていたりする。
そしてイリス公国へ行くため、必ず通る森に魔物がうじゃうじゃいる。まるで常に湧き出ているようだ。魔物を倒す事自体は問題ない。ただ、魔物は魔獣と違い、死体が残る。今では魔物専用のマジックアイテムを持つ事にしているが、どうにかできないかと正直悩んでいる。
「お、オリアスじゃないか。どうだ仕事は」
「もう慣れたよ」
通りすがりのシルが声を掛けてくる。シルは元々面倒見が良いらしく、見かけた奴それぞれに声を掛けている。挨拶程度ではあるが、みんなシルには気を許しているように見える。そういやシルは魔物と戦ったりしないのだろうか。
「なぁシル、お前魔物と戦ったりするか?」
「あ? んなもんしょっちゅうだ。あぁ、魔物の後処理の事か? なら、冒険者登録すると便利だぞ、素材は買取してくれるからな」
「……ここって副業ありなのか?」
「少なくともお前以外はみんな冒険者登録してる」
「ゴリゴリに副業してんじゃねぇか!!」
なんとびっくり、この図書館は副業あり。今知ったぞ、三年仕事をしていて初めて知った。シルめ……もっと早く伝えてくれていても良かっただろうに……! だが、そうと分かればやる事はひとつ。冒険者登録をして今ある魔物を全て売って手軽になる事!
本に興味はあるが魔物に関してはなんの興味もない俺にとって、魔物の死体は邪魔でしかない。冒険者登録をして死体を手放せるだけでなく売る事でお金も入る。一石二鳥とはまさにこの事だ。
「ありがとなシル! 早速行ってくるわ!!」
「おぉ、行ってこい!」
俺は真っ先にイリス公国へと向かう事にした。セリスト王国でも冒険者登録ができなくはないが、魔物を売るとしたら公国だ。なら最初から公国で冒険者登録しておいた方が楽そうだ、知らんけど。
公国に向かう途中、やはり通った森で魔物に襲われたが構わず倒して進む。いつもはできるだけ戦わないようにしているが、冒険者登録をして売れるのならもう気にする必要はない。早く向かおう、そしてとっとと登録しよう。
公国は王政もなく貴族もいない民主主義に限りなく違い国なので、関所はそこまで厳しくない。最近ではよく来るからか割と顔パスが通じるようになっている。一応身分証は出すが。
今日も例に漏れずほぼ顔パス同然で公国に入れば、冒険者ばかりが歩いている。まるで冒険者の国だ。そういや、冒険者ギルドがどこか知らない。いつも本の収集のためだけに来ていたから、あまり他の場所を気にした事がなかった。
「さて、誰かに場所を聞くのが手っ取り早いか」
近くにいる冒険者で俺が話しかけられそうな人を見つける。流石にイカつい顔の男とかに話しかける勇気はない。目に止まったのは一人の剣士。穏やかそうな顔をしているが、しっかり剣を持っているから多分冒険者だろう。
「なぁ、ちょっと良いか?」
「……何か用でも?」
少し無愛想に応えられて何か不味かっただろうかと不安になるが、どうせギルドの場所だけ聞いて終わりだ。その場限りの関係を一々気にしていたらストレスで生きていけない。
「すまん、冒険者ギルドってどこにあるか分かるか? 場所知らなくてさ……」
「あぁ、それならここをまっすぐ進んだ先にある右手の赤い壁の建物の隣だ。看板があるから分かると思うぞ」
「ありがとな!」
ギルドの場所を聞いた俺はさっさと走り出した。なんか機嫌を損ねてしまったようだが、ただ一度道を聞いただけの他人だ、そのうち忘れてくれるだろう。そそくさと向かった先には確かに剣士の言っていた場所にギルドがあった。
中から何やら騒がしい声が聞こえてくるが、荒くれ者の冒険者が集まる場所ならばおかしくない。そもそも俺は魔物を売るためだけに来たからそんなに長居するつもりはない。とっとと登録してとっとと魔物を売って戻ろう。この前見つけた哲学書が思いの外面白かったから同じ作者の本を読みたい。
一歩ギルドに入れば中の視線が一気に集まる。特に注目されるような事はしていないが気にしなくて良いだろう。ズンズンと進んで行く俺にガラの悪い冒険者が立ち塞がる。
「おい坊主、ここはお前みたいなヒョロイ奴が来る場所じゃねぇぞ」
「……俺は坊主じゃないし、冒険者は誰でもなれるはずだし、そもそも俺は倒した魔物を売りに来ただけだから通して貰えるか? 早く帰らなきゃなんねぇんだ」
「はぁ!? 生意気言ってんじゃねぇ!!」
意味不明にいきなり襲いかかって来た冒険者の拳をかわし、首に一撃入れると相手は倒れてしまった。え、弱い。急に襲いかかって来た割に弱過ぎないか。疑いの眼差しを向けながらとりあえず放置して受付に向かうと、受付にいる男が変な顔をして見ていた。
「あの、冒険者登録ってできるか?」
「…………」
「おーい!」
「っ! あぁ、登録だな。字は書けるか? この紙に書いてくれ」
渡された紙は軽く自分の事を書くだけ。名前と職業と戦闘スタイル。俺は剣もできるけど、基本魔術を使うから、戦闘スタイルは魔術にしておこう。職業は言わずもがな司書だ。そもそもなんで職業なんて欄があるんだ? 冒険者なら冒険者が職業じゃないのか?
疑問がありながらも全て書き終わり、受付の男に紙を渡す。またもや変な顔をした男を見なかった事にしてさっさと終わらないかなぁと上を見上げる。結構しっかり作られてるんだな。冒険者が喧嘩しても壊れないようにか?
「おい、司書ってなんだ。お前、司書は戦闘系職業じゃないってのは知ってんだよな? しかもなんだこの出鱈目な記述。全属性魔術に剣術まで?」
「何か不味かったなら直しといてくれ。俺は魔物を売りに来ただけなんだ。売れさえすればなんでも良い」
「はぁ、嘘じゃねぇならまぁ良いよ。登録には試験があるが、今日受けてくか?」
試験? 聞いてないぞシル。また何も言わずに送り出したな。いやまぁ今回は司書とは関係ないから仕方ないとしよう。明日以降にすれば仕事でいつ来るか分からない。俺は本以外のことだと気分が変わりやすい。
「今日受けてく。」
「んじゃ、これ持って裏行ってこい」
男に指された先に疑いもなく進んで行く。冒険者ギルドの裏に、どうやら訓練所のような場所があるらしい。何人かの冒険者……いや試験中ならまだ冒険者ではないか。何人かが剣や魔術を使っていた。学園の試験とあまり変わらなそうだ。
試験官らしき人のところへ行き、さっき受付で渡された紙を渡す。試験官もどこか怪訝な顔をしながらこちらを見る。本当になんなんだ。
「魔術と剣術ね……ま、本当かはすぐに分かる。よし、オリアスだったな、あの的に何でもいいから魔術を打ってみろ」
「何でも良いのか?」
「あぁ、的が少しでも傷付けば即合格にしてやる」
どこか舐めたような、下に見るような言い草でそういう試験官。ただの的に見えるが、確かに何かの魔術がかかっている。けど、あの程度なら的ごと壊す事もできるだろう。むしろ他に被害が出ないよう調整した方が良い。
魔力量と威力を調節しつつ、的を壊しても他に被害が出ない魔術。空中に水を集め、顔くらいの大きさになるとそれを飛ばして的にぶつける。バシャンと思いの外大きな音が鳴り、的が壊れて水は飛び散った。
「これ合格で良いのか?」
「……ご、合格で良い。あっ! 剣術の試験も受けろよ! 剣が使えるかも分からないで登録できないからな!!」
「えぇ……」
何とも面倒なので試験官との剣術でコテンパンにしてさっさと合格をもぎ取った。試験官も周りの奴も変な顔ばかりだった。固まっている奴もいたが、どうしたのだろうか。それと、何故か登録時俺のランクがCからのスタートになっていて首を傾げる事になった。