第3話 その司書、仕事を覚える
未知の本に囲まれワクワクと楽しみにしていたというのにお預けをくらい、家に帰された。仕事は明日から教えるから今日は帰ってしっかり休めとの事だ。正論なのは分かっているし、頭ではその方が良いと理解してはいる。なんせぐるっと世界を回ってきたばかりなのだから。だがそれはそれ、これはこれ。本は読みたい。
しるさんに逆らえず仕方なしに家に帰ると、落ち込んだ様子の俺に両親が心配していた。もしかしたらしばらく帰らないかも、なんて言っておいて、その日のうちに帰ってきたんだからそりゃ驚くだろうし、落ち込んでいれば心配もするだろう。
「本読めなかった……」
「紛らわしい!!」
ひと言だけで全てを察してくれた両親は流石である。明日から仕事教えてもらって来ると言えば、さっきとは一転とても喜んでくれた。俺に一番合った仕事は本関係で間違いないが、それを両親もよく理解してくれていて、尚且つ応援までしてくれた。嬉しい事だ。
司書とは目立たないからかは分からないが、王宮の管理下にある仕事の中では窓際と呼ばれる仕事だ。普通はもっと別の仕事をと言うだろうに、両親はやりたい事があるならやってみなさいと言ってくれた。そのおかげで今俺は世界で最も沢山の本を所蔵する図書館で働ける事になったのだ。まだ見習いだが。
「それじゃあ、行ってくる。夜には帰るよ!」
「頑張っておいで」
「行ってこい」
両親に送り出され、俺はまたセリスト王国の図書館に向かった。果ての図書館はこの世界の図書館の鏡と繋がっているらしく、図書館の鏡さえあればどこへでも行けてどこからでも帰れるらしい。そんで、シルさんには今日朝一で来いと言われたから、早起きして図書館に向かっている。
図書館の開館時間に合わせて図書館の中に入ると、誰もいない広めの図書館。俺がついこの間まで働いていた場所だが、後任は見つかったのだろうか。まぁ、その辺りはルイスがなんとかするだろ。
誰もいない図書館で一目散に鏡に向かう。以前ならあり得ない事だが、今はもっと魅力的な場所がある。鏡を潜ればそこは俺にとっての夢の世界。
「おはようござ……」
「遅い!!」
「開館時間ギリギリで来たんだが?」
既にそこにはシルが待っていて、何故か怒られる。ここへは図書館が開かないと来られないのだから仕方がないだろう。朝一で来たのだから遅いという事はないはずだ。
「まぁ良い。早く行くぞ、とっとと仕事を覚えて私に楽をさせろ」
「言い方ってもんがあるだろ」
シルの遠慮のなさに少し呆れながら俺はとりあえず仕事を覚えるために着いていく。よく見れば俺が通って来た鏡はかなりの大きさの大鏡だった。まるで国境にある門のようだ。
「和の国へ繋げてくれ」
「和の国……って和の国!?」
「早く行くぞ」
慌ててシルに続き鏡を潜る。すると見た事のない図書館へと出た。シルの言葉が本当ならここは和の国だ。極東にある和の国は他国との交流をほとんどせず、国全体が海に囲まれているためか独立した独特の文化をしていると聞いた事がある。
シルはお構いなしにズンズンと進んで行く。図書館の扉を開ければ、そこには見た事もない景色が広がっていた。木造と思われる建築の家が立ち並び、ゆったりとした不思議な服装と似通った顔をした人々。まるで異世界にでも迷い込んだかのようだった。
シルの後を着いていきながら物珍しい景色を見回していたが、周りの人々は特にこちらを気にしてはいないようだった。普通他国との関わりのない国に明らかに他国の人間が入ってくれば目立ちそうなものなのに。
「果ての司書はどこへ行ってもその土地に馴染んだ姿に映るようになっている。たまにお前みたいな例外もいるがな」
「俺は例外なのか?」
「当たり前だ。お前、私と初めて会った時の姿を思い出してみろ、今の姿と何か変わってるか?」
「あ、確かに全然変わってない」
普通の人には果ての司書はその土地によくいるような人物に見える。これは果ての図書館によるものらしい。あの図書館って生き物か何かか?それとも土地自体が意思を持っているとか? さっぱり分からん。
ここだとシルが示したのは図書館ではなく書店。図書館から本を盗むわけにはいかないか。
「おいオリアス、お前、和語は話せるか……?」
唐突にシルがそう聞いて来た。もしかして、シルって和語を話せないんじゃ……いややめておこう。口に出したら痛い目を見そうだ。俺はこの世界にある大抵の言葉は話す事も書く事もできる。和語も例外ではない。
「なんて言えば良いんだ?」
「今回は私の名前だからな。本の取り置きを頼んでたシルって言えば伝わるだろ。ちなみにお前ひとりで仕事ができるようになったら名義はオリアスになるから覚えておけよ」
書店であらかじめ頼んでいたものを受け取るのが司書の仕事か。聞けば取り置きは果ての図書館が勝手にやっておいてくれるらしい。それが俺たちの仕事のノルマだ。
『すまん、ここで本を頼んでたシルって言うんだが……』
『おぉ、待っとったよ。ほれ、これだ。全部で三分だ』
「おいシル、三分だってよ」
「ここから払え。私は分からん」
渡された袋はマジックアイテムで、こんな貴重なもんをおいそれと人に渡すなと言いたいところだが、言葉が分からない以上通貨も知らないのだろう。とりあえず袋に手を突っ込んで三分を取り出そうとすれば、手に何かが当たった感覚があった。当たった何かを握って手を出してみれば、一分銀が三枚。
支払いは紡がなく終わり、店主と思わしきご老人は裏からどんどんと本を持って来て積み上げていく。和の国での三分はそこそこなお値段だ。なんでこんなに高いのかと思えば、これだけ本を買っていたのか。けれど流石にこれを一度に全て持って行くのは厳しいのでは?
「おいオリアス、本は全部ここに入れるんだ。ほら手伝え、終わらないぞ」
「は!? マジックアイテム二つも持ってんのか!?」
シルが取り出したのはさっき渡されたものと同じ、収納用のマジックアイテム。けれどさっき渡されたそれは今もまだ俺が持っている。つまりシルは貴重なマジックアイテムを二つも持っている事になる。驚きを隠せないまま、シルに急かされ本をどんどん収納していく。
ちなみに、果ての司書はみんなこのマジックアイテムを持っているそうだ。しかも一つでは足りないからと複数個所持しているらしい。なんて事だ。
「よし、一旦帰るぞ」
「もう帰るのかよ……」
「お前が仕事してねぇからひとり分の仕事が私らに追加されてんだ、時間がない。さっさと仕事を覚えろ。三日で覚えろ」
「昨日は五日って言ったくせに!?」
シルはまた図書館の鏡から果ての図書館へと帰り、奥の部屋へと進んで行く。そこには一冊の本と印鑑、それから透明なカバーだった。机の上にこの三つがポツンと置かれ、一応椅子もあるが、何をする場所かはよく分からない。
「おい、本出せ。さっき買ったやつ全部だ」
シルの指示に従ってとにかく本を出す。積み上げられる程の量の本は部屋の一角を占領してしまった。シルは俺に座れと椅子を指差す。
「私が一冊ずつ本を渡す、題名をそのままそこに書き写せ。書き写したらそこにある印を一番後ろに押すんだが、今回は量が多いから私がやってやる。それも終わったらそこのカバーをつけて終わりだ。印とカバーは魔力が籠ってて、印はこの図書館で管理する時に色々役立つ。カバーは劣化を防ぐ。サイズは気にするな、その本に合ったサイズに変わるからな」
「シルって和語書けないのか?」
「あぁ、和の国は前任の担当だったからな、他の奴も多分分からん。それもあってお前が選ばれたのかもな。ほら、さっさと終わらせるぞ、他にも行かなきゃいけない場所があるんだ」
それからはシルが置いた本を一冊ずつ全ての題名を書いていく。すごい量の本に手が痛くなる。けれどこれは確かに司書の仕事だ。それに、本のタイトルを見る事ができるという事は、これからどの本を読むかを事前に確認できるという事。多少手が痛くなろうが構わないと思える仕事だ。
「よし、次だ。早く行くぞ。今日中に全部教えてやるから、明日には覚えろ」
「だからなんで期間が短くなっていくんだよ!!」
果ての図書館の十人の司書の仕事は、本の収集、管理維持、そして魔獣の討伐。結局俺は、その日のうちに全ての仕事を教えられ、二日後に魔獣と戦い、三日後には正式に司書として働く事になった。
「あ、言い忘れてたけど、果ての司書になると歳取らないから。辞めたけりゃいつでも辞めれるが、辞めない限り何しても基本死なない」
「そういう大事なことって司書になる前に言うもんだろ!?」
シルは意外とズボラだった。