表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/4

第2話 その司書、果ての図書館に向かう


 ルイスから招待状をもらった次の日、俺は両親に説明して果ての図書館に向かう事にした。ルイスから別の図書館での仕事を紹介されて、一度行ってみると言えば喜んで賛成してくれた。元々俺の本好きは両親もよく知っている事だから、国王自ら新しい働き口の紹介をしてくれた事に大いに感謝していた。

 この国にある本は大体読み尽くしてしまったが、世界中の本となるとまだ全てを読んではいない。当然だ、この世界にある全ての本を読み尽くそうと思えば、時間が足りない。どうあっても人の一生では全て読み切る事は不可能だ。


 けれどもし、果ての図書館に行けたなら? 果ての図書館が本当に噂通りの場所であるならば、世界中の本を読み放題。なんと素晴らしい事か! 例え全て読み切る事が不可能であろうと、俺は全ての本を読み切るつもりで本を求める。


「さて、行くか!」


 果ての図書館への行き方は招待状が案内してくれるそうだ。どんな魔術かは知らないが、凄い技術だ。正直今まで司書としての仕事以外もしていたから、どれが司書の仕事でどれが司書とは関係ない仕事か分からない。まぁ、行けば分かるだろう。

 手紙には案内用の魔術が施された紙が入っていて、そこに魔力を流せば果ての図書館まで案内してくれるらしい。紙を取り出し魔力を流せば、それは鳥の形になって空へと飛んでいった。慌てて俺も魔術で空を飛んで追いかける。


「はっや! いや早過ぎるだろ!!」


 紙はさながら本物の鳥のように素早く移動する。急に速度を出すのは大変なのであまりやらないが、今逸れては二度と果ての図書館に辿り着けないかもしれない。速度を出して鳥型の紙を追いかける。思いの外移動にも慣れてきたところで、国境の関所が見えてくる。けれどお構いなしに鳥型の紙は真っ直ぐ飛ぼうとするのでまた慌てて止める。


「ちょ、待って! 待ってて!! 国境! 関所!! 勝手に空飛んで抜けちゃダメだって!!」


 鳥型の紙を捕まえて急ブレーキをかけ、なんとか門の前で止まる。しばらく運動していなかった俺は息を切らしながら下へと降りる。衛兵たちには注意されたが正論なので甘んじて受け入れた。だがそれよりも俺の疲れ具合に心配していた。


「ぁ、あのっ、はぁ……こ、これ、はぁ、つうこっ、きょか、はっ……しょう、です」

「おい、大丈夫か!? 少し休んでいけ、その状態じゃ途中でぶっ倒れるぞ!」

「はっ、あり、がとう、はぁ……ござい、ます」


 書類仕事ばかりでまともに動いていなかった事が仇になった。長旅ができるか少々不安になってきた。が、そんな事で果ての図書館を諦められるかと言えばそんな事は断じてない。未知の本の集まる宝庫、知識の宝、何が何でも辿り着かなくては!

 関所で少し休ませてもらい、息切れも治ったところで俺は改めて門を出た。通行証に国王の印があった事で驚かれたし、何故か頭を下げられたけれど、慌てて頭を上げてもらった。国王であるルイスと友人ではあるが、俺自身は貴族じゃない。平民の家に生まれた普通の平民だ。


「にしてもお前、流石に国境も空から飛んで行こうとするなよ。お前は良いかもしれないけど、俺は危うく罪人で牢屋行きだ」


 当然紙は話さない。手を離せば再び空へと飛んで行く。俺はまた鳥型の紙を追いかけるだけ。相変わらず速度はとにかく速いが俺も慣れてきた。元々運動神経だって良かったのだから、ある程度準備運動さえすれば大丈夫なのだ。最初の飛行がかなり荒療治な準備運動になってしまったが。


 人の道を抜け、森に入り、山を越える。空を飛んでいるから、道があるかどうかは重要じゃない。森の中から悲鳴が聞こえてきて、魔物に襲われている人を助けたり、山は活火山だったらしく、ファイヤドラゴンにも襲われたが、山の火ごと氷漬けにして冷やしてやった。

 鳥型の紙はひたすらまっすぐに突き進み、いくつかの国を跨いだ。関所は相変わらず止まってくれず、捕まえて通り、捕まえて通りの繰り返し。そろそろ日が沈むところでふと気付いたのは、この国の隣は俺が今朝までいたセリスト王国では? ということ。


「おいおいおい、ちょっと待て。お前これ、一周して戻ってきてるじゃねぇか!!」


 本日最後の関所は、俺が最初に通り抜けた関所の真反対に位置するセリスト王国の関所だった。つまり俺は、丸一日かけてこの世界を一周させられたって事だ。あまりにも無茶が過ぎるし、気付かなかった俺もバカだ。

 関所の衛兵も首を傾げて不思議そうに通してくれた。何も言われなかっただけマシなのか、けれど何かが心に刺さった。痛い。鳥型の紙は門を潜ったところで速度を落とし、俺が歩いてもついていける程になった。しかも高度を落としてわざわざ俺が歩くように誘導していた。


「お前、何がしたいんだよ。世界一周って、もっと時間かけてやる事だろ」


 答えはない。鳥型の紙は真っ直ぐ進むだけ。本当に果ての図書館に辿り着けるのか、そもそも果ての図書館があるのかも心配になってきた。すると、鳥型の紙はある場所の前で止まった。


「図書館?」


 そこは、俺が数日前まで働いていた図書館だった。扉を開けろとばかりに突き続ける鳥型の紙を一度離し、扉を開ける。もうそろそろ閉館時間だからか、図書館内に人はいない。鳥型の紙の向かうまま、俺は後を着いていく。この紙の案内に着いていく以外に、俺が果ての図書館に行く術はない。

 たどり着いた場所は果ての図書館ではなくただの鏡。図書館にあるごく普通の鏡の前で鳥型の紙は止まった。一体どういう事かと思った瞬間、紙は鏡の中へと吸い込まれるように入っていった。同時に鏡は光出し、早く来いと言わんばかりに鳥型の紙が顔を出す。


「いや、え? 鏡……は? え、入れって事か?」


 鳥型の紙が返事をするように頷いた。お前俺の言葉分かってたのか。だったら少しくらい話を聞いてくれていても良かっただろ。

 恐る恐る鏡に手を伸ばせば、触れるはずだった手が鏡の中へと吸い込まれた。この先が、果ての図書館なのか? 覚悟を決めて俺は鏡に飛び込んだ。


「どこだ、ここ」


 鏡の先には見た事もない空間が広がっていた。壁一面に本が敷き詰められ、部屋の真ん中には星の形を模した模型のようなものが浮いている。そして何より、目の前に立つ九人の人。


「いらっしゃい、新たな司書くん。果ての図書館へようこそ」

「……ここが、果ての図書館?」

「まずは説明からだ。ここは果ての図書館、世界中にある全ての本が集められた場所であり、世界の裏側にある異空間でもある。この場所は十人の司書が管理していて、減れば即時補充される。前任の司書が辞めてしまってね、君が選ばれたというわけさ。司書はこの図書館自体が選ぶから、なりたいと思って慣れるものでもないし、なりたくない者が慣れるものでもない。運が良かったね」


 やっとのことで辿り着いた果ての図書館は、かなり特殊な場所だった。いや、果てなんて名前がついてる時点で特殊ではあったが、想像以上だ。特に世界の裏側なんてものは聞いた事がない。

 

「急な事で色々と聞きたい事はあるだろうが、私達にも仕事はあるんでね、しばらく君は私と二人行動だ。仕事を覚えたら後はひとりでやってもらう。あぁ後、仕事さえこなせば本の破損や盗みに繋がる事以外は何をしても良い。好きにしたまえ。それじゃあみんな解散だ」


 その言葉を契機に皆がバラバラとそれぞれ別々の方向に散っていった。残ったのは俺と説明をしてくれた女性だけ。そう言えば、どこか見覚えがあるような…………


「あ、シルさん!」

「おぉ、ようやく思い出したか。久しぶりだな少年、随分立派になったな。まさかたった一日で試験をクリアするとは思わなかったぞ、流石あいつの後任だ。よし、そんじゃ軽く案内と仕事の説明してやるから着いて来い。聞きたい事があったら遠慮なく聞けよ。あ、ここじゃ敬語はなしだ、みんなそうしてるからな」

「あ、あぁ、分かった。早速だけど、世界の裏側って何だ?」


 果ての図書館はてっきり地続きにあると思っていた。いや、誰が鏡の中に図書館があると思うんだ。そう、きっと誰も鏡の中に図書館があるなんて思わない。ならばこの図書館には人が来ない。人の来ない図書館がある意味は何だ?


「お前の疑問は分かるよ、ここで働いてる奴はみんな同じ疑問を抱くからな。ここは鏡の中にある現実世界の裏にある異空間。鏡は全て反転して写すだろ?だから裏なんだとよ。私もよく分からん。そんで、この図書館に人は来ない。来るとしたら私達果ての司書だけ。ここは記録用の図書館なんだとよ」

「果ての司書って、この図書館の司書の事か? それに記録用って……」

「そう、この図書館の司書はみんな果ての司書って言ってる。誰かが言い出したんだろ。んで、記録用ってのは文字通りだ。本を残しておくためだけの場所なんだよ。例え現実世界が滅んだとしても、この図書館がこの世界を記録してるって訳だ。理由は知らねぇが、この図書館を作った奴は相当な変わり者だろうな」

「……知らないのか、この図書館が誰に作られたのか」

「知らん」


 意外だ。こんな大掛かりな場所を作っておいて、自分の名前を残さないなんて。世界が滅んでもこの図書館にある本は残るか。けれど世界が滅んだ後にこの図書館の存在する意味はあるのだろうか。

 とにかく疑問が湧き出てくる。果ての図書館なんて存在自体御伽話や空想上のものだと思っていたのだから無理もない。そういえば、なんで俺は世界をぐるっと一周させられたんだ? ただ案内するだけなら十数分で到着する図書館に、わざわざぐるっととんでもなく遠回りして来た訳は何だろうか。


「なぁ、なんで俺は世界を一周させられたんだ?」

「ん? あぁ、試験だって言っただろ? この図書館の司書候補は招待状が届けられ、必ず強い魔物がいる場所を通って世界を一周させられる。無事辿り着けば合格、辿り着けなければ不合格。逆に言えば、何年かかっても辿り着きさえすれば合格って訳だ。大抵ひと月くらいかかるってのに、お前は一日でクリアしちまったからな、流石に驚いたよ」

「なんでそんな試験する必要がある? 図書館の司書って戦闘も仕事に含まれるのか?」

「んーまぁそんなところか。ここは世界の裏側で、今は明るいから大丈夫だが、夜になると偶に魔獣が襲ってくる。魔物じゃなくて魔獣だ。魔物より断然強い、一番弱い奴でもBランク相当の強さはある。それを追っ払うのも果ての司書の仕事だ。後普通に現世……鏡に入る前の方な? そこで本の収集をするのも仕事なんだが、そん時無事にこの図書館に本を持ってくるのにもある程度戦闘力は必要なんだ」


 魔獣……また聞いた事のない言葉だ。現世? の魔物のような存在だが、魔物より強いってところか。しかも本の収集のために世界中飛び回る事になる。確かにある程度魔物に対処できないと務まりそうにない。

 とりあえずもう質問はないかと言われ、図書館内を案内される。軽くどの場所に何があるのか、どういう場所なのかを説明されたが、かなり広い。それもそう、世界中の本がこの図書館に集められているのだから。そして、最後に案内されたのは司書達が住める部屋だった。


「ここがお前の部屋。いつでも泊まってって良いし、住んでも良い。部屋自体は好きにして構わない。ただ、他の奴の部屋には許可なく入るなよ、後踏み込んだ事は聞くな。それぞれ色々と事情があったりする」

「分かった」


 他の司書の事情に興味はない。それより俺の興味は本だ。これだけ広い図書館だ、全て読むのは不可能でもできる限り本を読みたい。シルさんは仕事さえこなせば何をしても良いと言った。つまり仕事を早く終わらせる事ができれば、その分本が読めるという事。なんて素晴らしいんだ!


「言い忘れてたが、ここの本は持ち出し厳禁だ。読みたいならここで読めよ。後、今日は帰れ。明日から仕事を教えてやる。覚えるまでは見習いだ、正式に司書にならなきゃ給料はない。後私も忙しいからな、五日で覚えろ。そのために今日は休め」

「は!? こんなに本があるのにお預けくらうってそりゃないぞ!!」

「悔しかったらとっとと仕事覚えるんだな。ハッハッハ!!」


 そうだ、仕事さえこなせば何をしても良い。逆に言えば、仕事ができなければ何もできない。本が読めない。クソォ……絶対早く仕事を覚えてやる!!

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ