表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/13

第1話 その司書、クビになる


 昔から、やればなんでもできた。剣術、魔術、勉強、全てやればできた。苦労した事はなかった。でも、楽しくはなかった。やればできる事に、なんの楽しみを見出すのか。

 そんな俺、オリアスはある時本に出会った。本の中は未知の世界でいっぱいだった。物語、歴史書、科学、哲学、魔術、剣術に至るまで、その全てが本の中に世界を作っていた。読めば理解できる、けれど読むまでは分からない。そのワクワクが、俺を本の世界へと誘った。


「父さん、母さん、図書館連れてって!」


 生まれて初めて行った図書館に興奮して、閉館時間になるまで夢中で本を読み漁った。そんな中で、ひとりの司書と出会った。図書館にある全ての本の題名と内容を覚えている、不思議な雰囲気を感じる人。


「なぁ、図書館で働けば、いつでも本が読めるのか!?」

「いつでもってのは、大袈裟だけど、そうだね。この図書館の本は全て読んだよ。本の管理も司書の仕事だからね」

「俺もシショってやつになれるかな?」

「なれるさ、やってみな」


「父さん母さん、俺司書になる!」


 俺はそれ以来、司書になるためだけに生きてきた。もっとたくさんの事を知りたい。もっと本が読みたい。学園を首席で卒業した俺は、無事司書という職に就くことができた。けれど司書は思っていた仕事と少し違った。

 予算編成に気候予測による作物の収穫量のまとめ、騎士団の武器管理帳と貿易の輸出入量調査etc……司書の仕事は本の管理だけではなかった。俺は本が読みたくて司書になったのに、ここ数年あまり本を読めていない。そんな矢先の事だった…………


「お前はクビだ」


 唐突に言い渡されたクビ。正直もううんざりしていたから、辞めるのは何の問題もなかった。けれどクビを言い渡してきた上司は正当な理由がなく頭にきた。


(禿げてしまえば良いんだ、あんなジジイ!)


 仕事をしていないとかふざけた事を言いやがったのだから、このくらい許されるだろ。にしても、一瞬で無職になってしまった。最近給料もまともに支払われていなかったから、今は手持ちもない。


「百歩譲ってクビは良いが給料なしって何だ!! 良いよ不当解雇でルイスに請求してやる!!」


 司書は目立たないだけで、立派な役職だ。試験を受け、合格した者のみが就くことができる王国管理下の役職。加えて現国王ルイスとは学園時代の友人だ。未払いの給料請求くらいなら取り合ってくれるはずだ。


「さて、これからどうすっかなぁ……家に帰っても無職な事に変わり無いし、でも本は読みたいし…………考えって仕方ない。一度帰ろう」


 私物を全て回収し、図書館を出て家を目指す。家に帰って何をしようか、そもそも何ができるだろうか。悶々としながら歩いていると、家にはすぐに辿り着いた。

 両親は事情を説明すればしばらくゆっくりして、また仕事を探せば良いと言ってくれた。本当に暖かい家族に恵まれた俺は幸運だろう。

 しばらく家でゆっくり寝ようと布団に入った次の日、お忍びでルイスが家に訪ねてきた。正確にいえば、全く目を覚まさず三日経っていたらしいので三日後だ。国王といっても、正式な場でもなくただの友人のような気軽さだった。


「すまない、俺の預かり知らぬところで不正があったようだ。お前の給料が払われていなかったのもそのせいだ。しかもやらなくて良い仕事まで押し付けられていた。本当に申し訳ない」


 やけに仕事が多いと思えば、司書の仕事以外も押し付けられていたのか。本当にあのジジイには禿げてもらいたい。一本残らずツルツル頭になってしまえばいい。


「お前が働いた分の給料は持って来た。これでしばらくは遊んで暮らせるだろう。それで、お前は今後どうするつもりだ?」

「しばらくは引きこもっているつもりだ。しばらく働きたくない。本が読めないなら司書ってのも意味なかったしな。あ、あのジジイは禿げてしまえとは思ってる」

「そうか、あのジジイが禿げないなら私が丁重に髪を剃ってやろう。冗談はこのくらいにして、ひとつ提案しに来たんだ。お前、果ての図書館って知ってるか?」


 果ての図書館。それは世界の果てと呼ばれる場所にある、この世界にある全ての本が保管されているとされている図書館。御伽話として語られるそれは、俺にとって憧れの場所でもある。


「知ってるに決まってるだろ」

「なら、そこに行けて、尚且つ働けたら……」

「夢みたいだな」

「よし、なら話は早い! お前、これから果ての図書館に行って働け! あぁ、招待状が届いていたから持っていくと良い。そこは国とか権力と隔絶された一種の異空間だから、気にせず本に関する仕事だけができるぞ!」

「いやいや、果ての図書館って言えば御伽話の中にあるようなもんだぞ?」


 御伽話の中の存在、それ即ち現実にはないという事。そもそも球体のこの世界に果てなんてものはないはずなのだ。極端に言えば、ずっと真っ直ぐ歩いていれば元の場所に戻ってくる、ならば果てなんてものはない。大体世界にある全ての本が集まるなんて事が本当にあるかと言われれば疑わしい。

 例え世界に果てがあったとして、そこからどうやって世界にある全ての本を集める事ができるんだ? どれだけ人がいても足りない上に、いつどこでどんな本が出版されているかなんて把握できない。そんなふうに本を集めていれば噂くらいにはなるはずだ。それを俺が知らないなんて事があるはずがない。


「果ての図書館ってのは本当にあるんだよ。お前、小さい頃一度うちの図書館で女性の司書に会ったって言ったろ? 調べてみたら、うちの図書館で女性の司書は今まで一人としていなかった。そして、お前が教えてくれたその人のシルという名が、果ての図書館からの招待状に書かれていた。もう言いたいことは分かるだろ?」

「つまりあの人は果ての図書館の司書で、この国に何かの用事があって来てたって事か?」


 確かに、俺が司書になった時、あの時の司書を探した。けれどどれだけ探しても見つからなかった。それどころか、前任の司書が辞めてからはこの国の図書館の司書は俺ひとりだった。だが、果ての図書館の司書であるなら、納得がいく。


「お前がどれだけ本が好きかは俺も知ってる。そんで、お前が普通に働けるような性格じゃないって事も知ってる。なら、今度こそ本に囲まれた本の事だけを考えられる職場を紹介してやろうっていう俺の気遣いくらい受け取っとけ」


 幼い頃から、本の事だけを考えて生きてきた。やればなんだってできたけど、俺にはやる気がなかった。学園は入学も卒業も首席、でも努力はしなかった。司書として本に囲まれた生活さえできればそれで良かった。だから面倒な仕事もしていたんだ。

 だが、今度こそ面倒な書類仕事や調査報告なんてものをせずに、本に関わる仕事だけをしていられるのなら。それは、俺の理想そのものだ。


「行こう。俺は今度は果ての図書館で司書になる!」

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ