答え合わせのエピローグ
丸くて柔らかい頬にキスをすると、ウィルの目にはじわりと涙が浮かぶ。
「あ…あ~、やっぱり」
「行くのやめようかな、じゃないですよ? 大丈夫です、お歌を歌って体操したらきっと直ぐにお昼寝の時間ですから、目が覚める頃にお迎えです。初めてなんでしょう?託児チケットお使いになるのも。勿体ない! せっかくなんですから羽を伸ばして来てください」
「う…なるべく早くに迎えに来るね?」
「早くなくても。あの…それとは別にウィル君のこの」
「びぇ…ぁぁまぁ」
「あ~! よ~しよしよし大丈夫ですよぉぉ、ささ、早く行って下さい、クラウディアさん!」
「あ、あ、じゃあ、行ってきます」
用件が用件なだけに後ろめたさを感じながら、ウィルを預けた託児所を後にする。
ごめんね、ウィル。あばずれなママで。本当にごめんなさい。
でも私、考えたの。このまま人里離れたあの家でどんどん歳を重ねていく自分と、大きくなっていくあなた。一度も結婚しないで、まともな恋人ひとり持った経験がないままウィルが出て行ったがらんどうの家でずーーーーーっとブツブツ呪文唱えながら回復薬作って売って作って売って作って売って腐っていくのかな、って。
妊娠がわかったあの日から千五百日近く家に籠って唱え続けて働いて、正直私は街の空気を吸いたかったのと、人恋しさでおかしくなっていた。毎週回復薬を取りに来るおじいちゃんと、十日に一度回ってくる守銭奴の行商夫婦しか話し相手がいなかったせいだ。三人ともいかにも訳ありで山中に隠れ住む私が余程痛々しいのか、目線を合わせてもくれないし、無駄話もしてくれない。挙句、人恋しさにうっかり値の張る回復薬を売っているとバラシてしまい、私は夫婦に完全にカモにされていた。
だけどもう、街中へ降りてもきっと大丈夫だろう。
それで先日思い切って街の婚活バーでのイベントに登録と申込をした。
なんとかの舞台から飛び降りた気分でウィルのお昼寝タイムに高位転移魔法で役所にぶっ飛び、イベント一覧から健全な休日昼間のバーで開催されるイベントを申し込んだ。夜の婚活バーとかは最初からちょっと怖い。夜泣きも怖い。
ぷるぷると軽い両手を振って、抱っこも手も繋いでいない身軽な自分に衝撃を受ける。
今、完全に自由!!
カッと奮起して、イベント会場のバー近くにある飲み屋街で完全にイケている服を買い、着替えた。胸元は深く切れ込んで露出度お高め、値段もお高めで腰に巻かれた太いサシェがくびれを程よく強調出来ている。
ここまででお察しの通り、私は純朴ではない。ゆえにたかだか二、三時間で自分を知ってもらおうと考えると、それなりの『見るからにこなれた感』を出す方が誠実であろう、という結論からのチョイスだった。
サクッと転移して、託児所の斜め前、婚活バーの入っている建物の路地へと戻る。
そうして私は雰囲気のある落ち着いた店の扉を開けた。
****
「今日はご参加くださいまして、あ~りがとうございまぁす!わたくし、本日の司会を務めさせていただきますライトンでございます!どうぞ二時間のイベント、一緒にも~りあげていきましょ~!」
わ~ぱちぱちぱち
急に帰りたくなってきた。
私は床板の木目をじっと見つめる。そういえば自己紹介は小さい頃から苦手だった。折角の深い胸元の切れ込みを隠すかのごとく貼られた大きな大きなお名前シールも痒かった。
「え~、では~、本日は五、対、五の男女比でマッチング大会! ゆっくりじっくりお話時間を設けていますから、お相手への質問しっかりなさってくださいね! また、今回は非常に誠実なマッチングを目的としていますので、嘘を言った場合は水責めの魔法にかかります」
まじか。
「嘘が二回で強制退場です。皆さん誠実な態度で向き合い、良縁を! 素敵なカップリングを成立させましょ~!」
お~ぱちぱちぱち
「では、最初に女性は決められた壁際に設けてある半個室ブースへお入り下さい。今から十分の時間を測りますので順番にやってくる男性とペアになり、お互いに自己紹介タイムです」
なるほど効率よく時間内に理解を深めるプログラムになっている。私は係員にあらかじめ渡されていた番号が付いたブースに入った。
そこにはテーブルセットがあり、良い香りのするティポットとティカップ、すごく美味しそうな小さなお菓子が籠にセットされていた。男性がクジを引いている間に、紅茶を入れてマロングラッセを食べた。別に頼んだわけではないが紅茶は私好みのオレンジティーで、グラッセもクッキーも上品で良い味だった。なかなかコスパの良い婚活だ。
直ぐにアイスコーヒーを手に、私のブースへと男性がやってきた。
「初めまして、ギリアムです」
「初めまして、クラウディアです」
それからお互いに自己紹介カードを差し出しあう。そこには必要最低限の情報が既に書かれていた。私のカード内容はこうだ。
①氏名:クラウディア・オルネラス
②年齢:二十八歳
③職業:ハンドクラフト作家
④既婚歴:なし
⑤同居している家族:子
⑥趣味:特になし
⑦相手に求める一番の特性:優しさ
⑧レベル:4
ギリアムさんは三十三歳、役所でカウンセラーをしていて既婚歴が無く、実家住まい。相手に求める特性は特になし、レベルはなんと0だった。1でもなくて、0なんだ。
「ご趣味はバードウォッチング、ですか」
「はい。実は大事な鳥を逃がしてしまいまして。それ以来、空を」
「ああ、じゃあずっと探されているのですね?」
「おっしゃる通りです」
そうか、全く魔力が無いヒトならどうしようもないだろう。気の毒に。
ギリアムさんは落ち着いたスーツで、どちらかと言うと特徴のない顔をしていた。でも優しそうな表情をする人だ。
「クラウディアさんはハンドクラフト作家? 何を作っていらっしゃるんですか」
「元気が出るお薬です」
「…元気が?」
「うふふ」
回復薬というと人の目が変わることを経験しているので、曖昧に答えておくに限る。
この国ではほとんどの人間に魔力がある。魔力は上から順に
レベル5 レベル高位4と無効化
レベル4 レベル高位3と高位転移
レベル3 レベル2と回復、変換
レベル2 レベル1とループ、擬態
レベル1 生活魔法
レベル0 ヒト
というレベル分けを測定されて、国民すべてが管理局に登録される。レベル0は暗闇で暗いまま過ごすくらいにただの人、という『ヒト』である。かえって珍しかった。
「あの私、レベルが4なんです。色々と作って売り物にできる感じで」
「ええ、そうですよね。4の方なんて初めて会いました。こんな辺境の土地になぜ? もっと都会の方が良いお仕事もあるんじゃ」
「仕事だけを考えたら、働き口は都会の方がね。でも、自然豊かな場所も子供の環境に良いので。都会に戻るつもりはありません」
戻りたくもない。
「なるほど。お子さんが。どんなお子さんです?」
「今、三つです。少しヤンチャな男の子で。よく木登りをします。直ぐに虫をポケットに入れてしまうような子です」
「へぇ!それは元気があって良いですね」
「あの…こども、大丈夫ですか?」
これは完全必須の確認事項。嫌いなのに好きなんて答えれば目の前の人はビッショビショになる。嘘を吐けばわかるなんて、とても良いシステムだった。
「大歓迎です。こちらに連れていらっしゃれば良かったのに」
水は一滴も来ない。ホッとする。
「さすがにそれは…今日はすぐそこの託児所で遊んでいます」
「へぇ、近くの。すいません、ちょっとお手洗いに。緊張してしまって」
「ええ、もちろんどうぞ」
ギリアムさんは一旦席を立ってブースを離れた。私はほっとして一息を吐く。
これをあと四回繰り返すのもぞっとするが、仕方ない。そういう場所だ。ギリアムさんは良い人そうだった。役所というのも安定していて手堅く、ポイントが高い。私もかつては役人だった。
魔力に関する一切を管理する管理局。そこで四人いる管理官のうちの一人の補佐をしていた。
平民の私が貴族ばかりが集まる管理局に勤められたのは、ひとえにレベル4という魔力によるものだ。さっきギリアムさんが驚いていたが、レベル4の人間は国にそう多くない。そもそも私が算出していたから非公表のパーセンテージまで知っている。4以上は金持ちや貴族ばかり。これはレベル4だからこそ貴族や金持ちになれたことを意味している。魔力なんてものはほぼ遺伝。たま~に私のような突発が生まれるくらいで、国民の八割が1か2だった。
「失礼しました」
ハンカチで汗を拭きながらギリアムさんが戻ってくる。
「いいえ。あの、時間がないので先にお伝えするのですが、私には遺伝性の病気があります。大病などではありませんし、日常生活では全く支障がありません。だけど、もし気になるようなら私は除外してください」
「遺伝性の? 病気?」
「はい。一部、色がわからないんです」
「色が…」
ギリアムさんはポカンと驚いた顔をしていた。のっけから言われたら驚くか。だけど貴族などではこの色覚異常で輿入れが除外されたりする。色は案外魔力に関わっているから。
普段は自分から開示しないけれど、家族になれる人を探すのであれば最初から『いいよ』と言ってくれる人が良かった。ギリアムさんはレベル0なので、あまり関係はなさそうだけど。
むむ! そういう意味では0の人って凄く条件として良い気が…
「一部というのは何色がわからないのですか」
「そうですね。細かい検査をしたことがないのですが、青と紫の違いが無いようです。オレンジと黄色と茶色も薄いと曖昧な場合があります」
「じゃあ、紫が青に見えている?」
「ん~、そもそもの認識が違うようなので、どちらがどうなのかもわかりません」
「はー…」
「え?」
「正直な方ですね、初対面の僕に。素直そうな方だから不思議はありませんが」
「素直そうに? 見えますか? ふふふ。私はすれた人間ですけどね」
意図的にしなを作ってそう言えば、寄せた胸元にギリアムさんの目が釘付けになる。まぁほとんどシールなんだけど。
「すれたって、どういう」
そこで十分のベルが鳴り、続く言葉が遮られた。
「はぁ~い、交代のお時間です!とても残念なお知らせですが、男女でお一人ずつが強制退場になりましたよ」
早いな?
「おやおや、いけませんね。小さな嘘もなく、誠実によろしくお願いします! では男性は隣のブースへ移動をお願いします」
ギリアムさんは『話が途中になってしまいましたね』と言って、もう少し話したかったと残念そうにしてくれた。地味にうれしかった。
「ありがとうございます、私ももう少しお話ししたかったです。私ばかり話してすいません。次は是非ギリアムさんの話を」
「ええ、もちろんです」
では、と彼が去って次の人がやってきた。
「アンサムです、よろしく」
「クラウディアです、よろしくお願いします」
一つ歳上のアンサムさんは落ち着きがなかった。私と目を合わせず、会話もほとんどキャッチボールにならず時間が過ぎた。
「あの、どこか具合でも悪いのですか」
「いや、まぁ久しぶりに来てみたんだけどさ。こんな妙なイベント初めてだから居心地悪くて…もう帰りたいよ。そっちはレベル4だから慣れてるだろうけど」
「どういうことですか?私は婚活バーに来るのが初めてで」
「君みたいな綺麗な子、本当は婚活バーなんて利用する必要ないんじゃないの? さくらじゃない?」
「まさか」
「半年間登録していくつか出てるけど、嘘ついたら水責めなんてルール聞いたこともない。目の前の女の子、爆笑していたけど水浸しだった! 怖いだろこんなの」
「えっ、そうなのですか?」
「そうだよ。普通ないよ。自分を良く見せるために多少は誰しも嘘を吐くさ。でもそんなの男女の駆け引きの一つだろ?」
そういうものか。いや、確かにそうか。私も彼に言わなかったことがある。
「イベント終わったら、一杯どう?」
嘘つく気まんまんですよね?
「ん~、子どもが待っているので、お酒はちょっと」
「あ、そうか。じゃあ俺の連絡先、後で交換させてくれよ」
ソワソワしながらも結構強引な男だった。適当に頷いて交代時間になる。
次の男性はニコニコした感じの良い人だったけど、全体的に湿っていた。
「生活魔法の火系が得意なんで、大体乾いたんですけどね」
「な、なるほど」
ニコライさんは丸顔でツヤツヤした肌をしていて、三人の中では良くも悪くも一番おしゃべり。
「いや、つい話を盛ってしまう癖がありまして。でも盛るのと嘘は少し違うと思いません?面白く聞きたいでしょう皆さん。リップサービスって言葉もあるでしょうに」
「ん~…どうでしょう。多分、嘘発見器の魔道具を使っていると思うので、機械が判断しますしねぇ」
確か設定状況によって判断の甘辛も変わるはずだった。
「おや~クラウディアさんは魔具にお詳しいのですね? 勉強でもされたのですか?」
「勉強…ええ、まぁそんなところです」
「レベル4ですもんね。何かそういう魔道具関連の施設で働いたことがおありですか?」
「え、ええ。まぁ」
人々の登録の他に、管理局は持ち込まれた魔具類の登録をする場所でもあった。効果の真偽を判定し、合格魔具だけが登録されて販売が可能になるのだ。私の上司はこの鑑定を試しもせず出せた。マイペースで、興味のある魔力案件については寝食を忘れる程に没頭する管理官。一度夢中になると他が見えなくなるステレオタイプの天才で、癖が強くて補佐職は色々と大変だった。
「美人で秀才? 素晴らしいですね! いや嫁に欲しいくら」
嫁に欲しいと言いながら、目の前でニコライさんが頭から滝のように水を被って姿を消した。
「きゃーーーーーっ」
ちょっと待ってどこが嘘だった!?
美人? 素晴らしい? 嫁に欲しくなかった?
「ぐぇ。傷つくな~!」
ぼとぼとになった目の前の床やテーブルに生活魔法をかけて元に戻し、ついでに紅茶を注ぎなおして頭を揉んだ。一旦整理しようじゃないか。
五人の男性のうち、一回目の後に一人が強制退場して、今もうニコライさんが居なくなったから、つまりギリアムさんとアンサムさんとあともう一人しか居ない。
私は籠からまたマロングラッセを取り出してムシャムシャと食べる。
「え~!では次の交代を~と言いたい所ですが、残念なことに今いらっしゃる三名の方を除いて皆さん強制退場となってしまいました! …え? 帰る? まじですか? あ~…えー、では気を取り直して個人ターイム! 最後の連絡先交換タイムまで男女ともに移動は自由です!お好きな方と沢山お話してくださいね!! ごゆっくりどうぞ~!」
司会者のそんな声が聞こえてきて、眉を寄せている私の前にギリアムさんが帰ってきた。
「つまり?」
「ええ、僕以外いなくなってしまいました」
「女性も私以外?」
「クラウディアさんと僕の、二人だけです」
わぁ…ギリアムさん気の毒過ぎる。
「あの、良ければギリアムさんの参加費半分持ちますし、私たちも帰りましょうか」
「なぜですか?」
「いえ、なぜって…私しかいないんじゃ。なんて言うか、コスパも悪いでしょう」
「コスパ? 安すぎるくらいなのに?」
咄嗟に身構えたが、何も起きなかった。
「どうしましたか」
「いえ…さっきの方はリップサービスの途中で退場されたので」
ギリアムさんはそうですか、とのんびり相槌を打っている。
「良ければこのままもう少し話せませんか? 僕は仕事柄、人と話すのが好きなんです。お忙しいですか? お仕事とか」
私と話をしたい人なんて、心地いい響きだった。嬉しくてにやけてしまう。
「いえ、仕事は自由業ですし特には…お迎えまでなら大丈夫です」
「薬を作られているんでしたね。お住まいは遠いですか」
「山の中に住んでいます」
「やま? 山? なぜそんな所に…」
「ギリアムさんのお住まいはどちらですか?」
「私は街中に住まいがあります。古いだけが取り柄の建物ですが、部屋は家族で住んでも余っているので結婚相手にも一緒に住んで貰えたら」
同居か~。でも部屋が余るなんて…思ったより裕福そうなのね。
「あの、一応確認ですが貴族じゃないですよね」
「ええ、貴族じゃないですよ」
穏やかな回答に、水は落ちてこなかったのでホッとする。
「山の中に住んでいるのは…息子の父親に見つからない為です」
「………」
ギリアムさんは唇を動かし、言葉を選びあぐねている。
「以前、私は上司だった人とそういう関係にありました」
「そういう?」
「身体だけの、という意味です」
「か」
「あ~…だけ、というのは一方的な見方かもしれません。別に上司は私を蔑ろにしていたわけではありませんでした」
上司は…レオは魔力管理局の第四管理官で、長官や他の管理官からも頼りにされるような明らかに皆が一目置いている存在だった。マイペースで天才肌、組織の中でも誰とも馴れ合わない孤高の人。三百六十五日管理局にいて、ほとんど管理官室に住んでいた。いつもボサボサの身なり、長い前髪で隠れた表情は分かりにくく、髭も注意されるまで剃らないし、余裕で寝食を忘れる不摂生の為に大体顔色が悪かった。私の補佐官としての役割はその半分が彼への誘導で、
『管理官、お食事しましょうか』
『管理官、ちょっとお昼寝しましょうか』
『管理官、こっちの仕事もそろそろ進めましょうか』
聞いているのか聞いていないのか、魔力関連の案件に向き合い始めると日常生活がままならなくなる上司の口に食事を突っ込み、ベッドに押し込んで部屋を真っ暗に。会議の前には局の風呂を予約して入らせたりと、今から思えばウィルと大差ないくらいの世話が必要な人だった。
私はスキップして卒業した二十一の年に入局し、当時レベル3だった男性、デニスと入れ替わりで管理官補佐になった。補佐とは言っても局では上から数えた方が断然早い、次期管理官候補である。仕事の性質上、この局では取り分けレベルの高さがあらゆる場面で優先される。有能か無能かはある程度の学力と教育で何とでもなるので大きく影響しない。視力が良いのと同じなのだ。感じられるか、肌でわかるのか…これはもう感覚でしか理解できない。一つ上のレベルというのは歴然と自領域に差があった。本来なら魔力というのはそういうもののはずだ。
デニスも頭では理解していたのだろう。だけどこの男が長年勤めた貴族の次男で性格がねじ曲がっていたのと、魔力管理局は想像よりも貴族独特の権力構造が染みついており、とんでもないことに私は平民出身だった。
平民クラウディアはあばずれで、第四管理官を身体で篭絡して補佐官になったと噂が立つようになったのは勤続期間が半年を過ぎた頃だろうか。
中枢に近づくごとに貴族が増えていくこの国では、血脈による資質に甘えて努力知らずの人間が多い。だから離職率も高い。働かなくても食べていけるので、ちょっと嫌なことがあれば貴族の坊ちゃんなんて『やーめた!』が普通。だからかどうかは知らないが、デニスは私もそのうち辞めるとでも思ったのだろう。だけど平民の私がそんな簡単に辞めるわけがない。学費だってバカにならない中で掴み取った高給取りの立ち位置だ。
短絡的にも彼は異動先から嫌がらせを始め、意外にも粘り強くそれを続けた。変な所に根性があった。暇だったのだろう。
第四管理官室に行く時は耳を澄ましてから入れ、毎日スカートを穿いているその理由、金さえはずめば買えるらしい、夜は別の店で働いている…質の悪い冗談で私よりずっと勤続年数の長い人たちが噂しているのをうっかり直接聞いたのは一度や二度ではない。新参者で平民の私には職場で友達と言える人もおらず、誰とも目が合わない。自分の世話を全くしない上司の面倒を見ながら淡々と心を閉じて働いた。仕事はすごく楽しかったから、それが私の生活の全てだった。
「僕と君はデキているらしいよ」
一年を過ぎて、やっと噂を知った上司がそう言ったのは出先から管理局までの帰り道だった。薄紅色の花びらが右から左へ流れていく陽気な春の昼下がり。
「ご存知なかったんですね」
薄々思ってはいたけどね。
「君、知っていたの」
「知らないのは管理官くらいですよ」
「なぜ否定しないんだ」
「申し訳ございません。面と向かって言われたこともないので否定する場所がなく。御貴族様は表立って人の噂話はされませんし…何より私は入局以来コレで、職場に友ができません」
管理官は丸くした後、目を細めた。
「それもそうか。ははは、噂というのは当人になってみると面白いね。僕まで対象なら直ぐに噂が消えるはずだけど、そうでもないのは珍しいな」
「面白いですか」
「うん。でもなぜそんな噂が?」
「やっかみです。私がスキップして卒業の上、レベル4で入局後すぐに前任と入れ替わりで補佐に入ったので。しかも平民でしょう。ご安心なさって下さい。管理官はとばっちり、あばずれ補佐官クラウディアと言う完全に私への悪評が主軸です」
「そうか…僕の力も君の魅力には負けるか。だけど君、本当は管理官でもやっていける。やっかんだヤツはそれもわからなかったか。レベルがやっぱり低すぎるな。局員の退廃は年々増す。最近、レベル4以上は軍務省が根こそぎ持って行くから」
「………」
私も最初は軍務省から引き抜きにあったが、目のことがあって逆に試験には落ちた。
風に煽られた花びらが、立ち止まった私と管理官の間を流れていく。
彼の手が私の髪にくっついた薄く淡い花弁を摘まんで逃がす。
「君に選択肢をあげようか」
「選択肢ですか」
「そう、人生とは選択の連続だ。まずひとつ目は僕が一人で噂を消すこと、そしてふたつ目は我々が二人で噂を消すこと」
さぁ、どっちが良いかな。
上司は珍しく手のひらで前髪をかきあげた。真顔で私を見下ろしている。いつも隠れて殆ど見えない瞳はくっきりとした綺麗な二重。ウィルと同じアーモンド形の瞳。そこで私は初めてじっくりとレオと見つめあった。
「ふたつ目の意味、は…」
「賢い君ならわかるだろう。噂は真実になれば、消える」
「そうでしょうか?」
つまりマジでデキてることにする、と。でも余計にしっかり認識されるだけじゃ?
「本当なら噂をし続けるのも馬鹿らしくなる。曖昧だからこそ噂にうま味が出るんだから」
そう言われると、そのような気もした。私は想像してみる。何度か聞いた噂話を耳にした時の自分が、それは噂でなく本当だとほくそ笑んでいる様子を。
「急にこんなこと言って驚くかもしれないけど。もう君なしではこの先考えられない」
「ああ…それはそうでしょうね」
多分デニスはこれほどに管理官の世話はしなかっただろう。案件にはよるが、世話をして管理官の思考時間を確保することがどれほどこの国に恩恵をもたらすのかを理解できなかっただろうから。
「意味わかってるかな? 口説いているんだよ、君が欲しいって。まぁ急いで決めてくれなくていいから、ゆっくり考えてみて欲しい。答えはそれから」
「随分と直截的ですね?」
「僕も男だ。ヤる時はヤらないと」
わぁ。
「なんだ、その顔」
「わかりました」
「なにが?」
「よろしくお願いします!私も噂には腹が立っていましたし、見返してやりたいから、噂を真実にしてみましょうとも」
「……よく考えた? 結構人生が変わるけど」
「大丈夫ですよ。それに、そんなに変わりません」
「そう?」
「だって、別に仕事を辞める訳じゃないでしょう?」
「ん…ああ、うん」
ギリアムさんが黙して私の回想を聞いている。
「その時点で、私の認識が甘かったんです」
「そうだろうね」
「ええ、噂を真実にする行為が一度だけだと思っていたのが間違いでした。男性とはもう少し…何と言うかその…想像以上に欲張りさんで」
「え、そこ?」
「でもレオはとても優しくて。没頭すると色々と大変ですけど、手を焼く子ほど可愛いって言うじゃないですか。そんな感じで。私、その上司が大好きで大好きで、つまり大好きになっちゃったんです」
「だ!」
管理官室ではいつも二人きりだった。誰も私たちを見ていなかったから。
レオはマイペースで急に何かが変わった訳じゃなかったけれど、おはようのキスをしたり、寒い朝に出勤して冷えた私を温めてくれたり、以前より私に色々と教え込んで試験を受けさせたりした。管理官室から帰らない日も増えたけれど、どんどん自分が充実していくのが実感できた。それもこれも全部レオのおかげだった。
「ふふふ。内緒ですよ、彼にも言ったことないんですから。私、もうひとりで夢中になっちゃって。全てを安心して委ねてくれる彼が愛しくて…愛しくて愛しくて、自分の気持ちが怖くなるくらい」
「…………」
「あっ、すいません! でも、もう彼とは会うこともありませんし、私は新しいパートナーを探しに此処へ来ていますから。ギリアムさんのことも教えてください」
「新しい、パートナー」
「ええ。いい加減、私も前を向かなくちゃ」
「前を向けるんですか? その彼、貴女を探しているのでしょう。そもそもどうして逃げたのですか」
「恐らくもう探しはしていないと思います。流石に。四年が経ちましたし」
噂を真実にしてから二年が経って、気が付けば資格お化けのようになっていた私に誰も意見する者はいなくなり、退官する一人の管理官の後釜に私の名が挙がるようになった。
「君を管理官に推そうと思っている」
「あ…ありがとうございます!」
普通で行けば平民の私が管理官になることなどあり得ないのだが、レオは様々な手を尽くして私を管理官に押し上げようとしていた。別にそこまでを望んだ訳ではなかったけれど『君が実力者になるほど都合がいい』と言っていたように思う。
「都合がいい、とはどういう意味ですか?」
ギリアムさんが私をじっと見つめて尋ねる。きっと、とても都合よく遊ばれた女だと内心で哀れに思っているのだろう。
「ん~…多分ですけど、彼には局内で一大改革をしたいような考えがあったのではないでしょうか。内部の退廃も進んでいましたから。私に色んな資格を取らせたりしたのもその一環かと思います。手籠めにしているし、コマとしてちょうどいいでしょう」
「クラウディアさんは、少しずれていると言われることはありませんか?」
「ずれている? 言われませんね。家では皆私を頼りにしてくれていましたし、友達もしっかりもののクラウディアだと」
「その値札の付いたワンピースですが」
「えっっっ」
急いで指さされた先を見るとサシェにブラブラと小さな値札が付いていた。慌てて引きちぎる。
「は…はずかしぬ…」
「女性の服のことは詳しくはわかりませんが、その服はもっと華美なヘアメイクの女性が着るものじゃないですか? 例えば夜の商売をするような」
「そうなのですか? でも私はあばずれなので丁度いいでしょう。何せ数年ぶりでまともにフルメイクして、これでもやり過ぎた気がしていたのですが、足りてなかったのですね」
「あばずれ?」
「だってそうでしょう? 話を聞いていました? え~っと、質問なんでしたっけ」
「なぜ逃げたのかですね」
「あ、そうそう。それで管理官の登用試験が近づいてきた日、私は彼との子を身籠ったと気が付いたのです。あ、どうもありがとうございます」
お店の人が気を利かせて、新しく持ってきてくれた冷たいレモネードをかき混ぜる。レモネードも好物だった。私は柑橘系が好きなのだ。
「動揺しました。生活魔法で避妊していたのに、なぜ、と。気を付けていたはずだったのに」
「その男になぜすぐ言わなかったのですか」
「…言える訳ありません。レベル4です。レベル1の魔法を失敗して、平民の私が貴族の彼の子を? 上司は公爵家の流れを汲む姓です。はは、画策を疑いこそすれ失敗なんて誰も信じないでしょうね」
ギリアムさんはギュッと目を瞑って、眉間に指をあてて聞いている。
「それと最初も言いましたが、私には色が一部わからない問題がある。それも特に必要がなかったので、相手に伝えていませんでした。お互いに割り切った関係を了承しただけだから…なのに子どもができて更になんて、裏切りもいい所です。嫌われる可能性すらあった」
嫌われることを想像して、夢に見たこともある。切羽詰まっていると、不思議なくらい嫌な夢しか見ない。
「だけど」
「だけど?」
「怒ったり、後悔したりはしない人なのも分かっていたので、困らせたくなかった。それが一番ですね。レオは素晴らしい人でしたから。きっと責任をとる方向に話が行ってしまう予感しかなくて。そんなの申訳がなさすぎます」
「だから、逃げた?」
「ええ。絶対に産みたかった…彼の子を。だから『ある朝突然』、を計画して消えました」
悟られる訳にはいかず、レベル4を駆使して転移しまくり、三晩で生活基盤を整えて逃げた。
「あのタイミングだと、平民でありながらの管理官登用に怖気づいたと思われたでしょう。何より私に色んな手間を惜しまなくかけてくださった彼に大変な迷惑をかけたと思います。さすがに怒って私を探し回るかもしれないと」
「怒られたなら本当のことを打ち明ければ良かっただけではないですか」
「そう…」
そうですね、と言おうとして、ポロッと目から水がこぼれ出る。
「あ」
「あ、すいません。ふふ。言えれば、よかった。言って甘えて、確かにね」
「…そうだな。それが出来る人なら、そもそも最初の嫌がらせで何か月も耐えたりしないか」
簡単な魔法に失敗して子供ができてしまったんですと謝って、レオは多少は驚くものの、いつものように穏やかに受け入れてくれて、あわよくばじゃあ責任取るよとかお妾さんにするとか囁いて欲しかった。あの手で夜寝るときみたいに背中を撫でて欲しかった。私がお腹の子に感謝したように、彼にも喜んで欲しかった。そしたらどんな不鮮明な未来でも私はがんばろうと思えただろう。
「だけど、そもそも彼が喜ばないかもしれません」
「なぜですか?」
「だって、ほら、冷静に考えてみてください。私と彼は恋人ではありません。喜ぶような関係なら、初めから恋人関係でしょう」
「んんんんんんんんんん」
「ギリアムさん? お腹痛いですか? というか私の話ばっかりでつまらないでしょう」
「その恋人関係って、どうやったら恋人なんですか? えっと、大体原因がわかってきた、わかってきたんですが、でもちょっとまだ腑に落ちない。なぜ彼は貴女のことを恋人じゃないと?」
「なぜって」
「ええ、なぜ?」
「一度もレオは私に好きだとは言わなかったから?」
「………本当に?」
「え、ええ…っていうか、ギリアムさんがこだわる必要のある話では」
ギリアムさんが突然頭をぐっしゃぐしゃに抱えて、テーブルの何もない一点を見つめている。
まるで何かを思い出そうとしているように。
「ギリアムさん?」
「…………」
呼びかけても答えない。
「……ぁ…………で……ふぁ………ぁ」
なんだかわかる。多分今、この人は此処にはいない。
「…のと………ぁ……」
あれ
「ギ リ ア ム さ ん?」
「…………ん……ぁ………」
急にゾクッとした。
私は激しく知っているこの感じ。
頭の中で稲光のようにフラッシュバックが起こり、ひとつの可能性が身体を貫いた。
や ば
私はガバリとのけぞりながら立ち上がる。
その一瞬で目の前の凡庸な顔の男が変化する。
転移しようとした矢先、腕を取られる。
「…っ」
「行くな!」
転移ができない。私は涙目で動揺した。なんで、転移ができない!
目の前の男に強く掴まれた手首が燃えるように熱い。
「行かせない。まだ話の途中だよ、クラウディア」
「レオ」
「僕は本当に、言わなかった? 一度も?」
「今そこを掘り下げる必要はないんじゃないですか」
「そうですよね。男らしくないですよ。今ビシッと言えばいいだけでしょうに」
「…ウィル!?」
「ママぁ~!」
少し離れた所に、司会の人となぜかニコライさん、そして司会の人に抱かれた息子が棒付きキャンディを舐めながらニコニコして私に手を振っている。
「もう早く仰いなさいな、レオ様」
「どれだけレベルが高くても意味なし感が凄いですよ。ねぇ、ウィル様」
「んん~!」
なぜ託児所に預けたウィルが今此処に!
「ちょっと、待って!!ウィルをどうするの」
ウィルへ駆け寄ろうと身をよじったけれど、レオの腕が邪魔をする。
「離して! 管理官、離してください」
「もう管理官じゃない…クラウディア、僕は初めから君に求婚したんだ。だから、その後に好きだって言わなかった…………みたいだ。人間としては求愛行動の最上位が求婚かと」
「聞きました?今の」
「完全に言い訳ですよね」
「ライトン、ニコライ、黙っておけ」
さっきまで特徴のないギリアムさんの姿をしていたレオが、前髪をかきあげて額を見せる。そうして屈んで、私の瞳を覗き込んだ。
「君が、青と紫がわからないなんて思いもしていなかった。普段は青色にしているけど、僕の瞳は紫だ」
「む…むらさきですって!?」
「そうだ、あの天使のように可愛い僕の息子の瞳も、紫だ」
「ウィ」
絶句する。紫は禁色だ。尊過ぎて使えない。もし擬態して瞳を紫にした者は即座に捕まる。この国で紫色の瞳を持つ彼らに対する一切の不敬を排除する為に。
「ちょっと…え、ちょっと待って。頭が追い付かない」
「あの時出した選択肢は、僕の妃になるかならないかだ。表向きは親戚筋の姓を利用してなるべく仕事をするだけにしていたから、僕の素性は制約もあって一部の人間しか知らなかった。管理局に配置された目的は君の言う通り実力主義への構造改革もあった。平民の君と権力主義のデニスを交換したのも意図があった。とばっちりは君の方だった」
私は開いた口が塞がらない。
「だけど意図があって補佐に付けた君は想像以上に優秀で…とにかく僕に最高の補佐をしてくれる。気が付いたら僕は骨抜きにされていた」
「そんなのなってました?」
「言っておくが、あんなに酷くないんだ、僕は!!君が補佐についてからどんどん僕は酷くなった。あ~…でもそれは置いといて。で、その求婚時の話だが、さすがに瞳の色を見れば意味はわかると思ったんだ。てっきり君は妃になると言ってくれたんだと」
「………そんな…わかりません、そんな」
「あ~~~~、つまり、つまり! 身体の関係なんかじゃない! 断じてない!! そりゃ多少はフライングはしたけども。でも入局以来、君を狙ってる男は大勢いたし、君から目線を外させるような魔法とか仕事の話以外は極力避けるタイムリミットの設定とか色々とかけたけど、でも」
「待って、なんですかそれ」
「いつも危なっかしかった。今日だって値札を付けたまま。結構肝心な所で抜けるんだ。だから君には色々かけてある」
「いろいろ!?」
「そう。だけど局じゃ隠そうとしてもどうも目線が集まって。君が魅力的過ぎるのと僕の目が濁り切っていたせいもあるけど、あの噂まであったなんて思いもしない。でも信じて欲しい。僕が欲しいと言ったのは君の全部だし、噂なんかよりずっと先に君のことを」
なんかなんかなんかもう耐えられない。私は目線を外してレモネードを意味もなく見る。
「クラウディア」
「………」
レオがそろそろと手首を掴んでいた手を離し、指を絡めてくる。
「あと…あと、君をコマにした覚えもないぞ。平民でもレベルが1でも0でも問題はなかったが、僕の妃にする前に実力で君を管理官にしておきたかっただけだ。権力にしか興味のない貴族たちが本当の意味で君に頭が上がらなくなる…そういう構造にしておきたかった。僕の任期は十年と決まっていたから、君を局に一人残すのは不安があったから」
「へ」
「だって君は仕事を辞めたくないと」
言ったかな? そんなこと。
「それにコレが一番だが…内宮に妃の話を上げるときに、管理官だと一発で通るんだ。三人の管理官が後ろ盾につくから強力な身分保証になる。早く妃にしたかった」
じわじわと顔が熱くなってくる。
「本当は子どもさえ出来ていれば既成事実で即日妃に出来るんだが、君は生活魔法を使っていたしな。仕事もしたいだろうし、そっちの線は諦めていたんだ。だけど」
レモネードがぼやけていくのを止められなかった。
「クラウディア、僕はちょっと怒ってる」
視線を戻した先のアーモンド形の瞳が、悲しそうに私を見下ろして、
「小さいウィルを見られなかった」
伸びてきた腕が、私を抱きしめる。
「ごめんなさい」
「一生懸命産んでくれた君に、直ぐにありがとうが言えなかった」
もう一度言ったごめんなさいは、もう言葉にならなかった。
「何より僕が一番悪い…自分の馬鹿さ加減に反吐が出る。クラウディア、好きだ、愛している。四年の間に忘れた日なんてなかった。ずっと探してた」
やっと、やっとだ、と言いながら腕にこもる強い力が告白と共に私の息を止める。
「君は、どう? 僕を忘れて、新しいパートナーを探すと。もう僕のことは好きじゃない?」
そう言ってレオが身体を離し、両手だけを握って見つめてくる。
「そんな」
「……うん」
「…そんなの、わかりませ」
ドバーーーーーーーーーッと全身に水がかかった。
ボットボトになった私を無言で皆が見ている。
結構肝心な所で抜けるんだ。
仰る通りですね。
ウィルがポカンと涎を垂らした口で私を見て、じわりと泣きそうになっている。
大丈夫よ、いじめられてる訳じゃない。わかりきったことに嘘を吐いたのは私。
仕方ないなぁ…
私は愛しい男を見上げて、口を開いた。
****
王都のど真ん中に建つ大きな家族で住む家、つまり王城の一室でウィルは楽しそうに第三王子侍従のニコライとかくれんぼをしている。王城の外には、建国記念日を祝うイベントで人が沢山集まって、窓を閉めても騒々しい。今日は新しいロイヤルファミリーのお披露目が広場である。平民出身の妃に市民は大盛り上がりらしい。
二人は大きな声で繰り返す。
「もうい~~かい」
「まぁららよぉ」
「もうい~~~かい」
「まぁぁららよぉ」
「もうい~~~~かい」
「まぁぁぁぁららよぉ」
「一生やってそうだな。ニコライ、ウィルの衣装が汚れないか」
「大丈夫ですよ、家具も全て新品なんですから」
「そうよ、レオ。多少汚れたって、観衆の皆さんからは見えません。見て、まだお尻が見えてる…ふふ。隠れる場所も遊び相手も多すぎて、一生かけてかくれんぼが出来そうですね」
山中の一軒家は古くて小さくて、かくれんぼなど二か所くらいでしか出来なかった。
「そうだな。何せ母親は四年間隠れ切ったカクレンボチャンピオンだ!」
「うふふ。でも、どうしてあの婚活バーで見つかったの?」
「全ての役所に君の名前が挙がった時点で連絡するように触れを出していたからな。戸籍の住所はずっと局預かりの寮のままだったけど、気づいたらウィルの名前が入ってて、これは俺の子じゃないかって慌てて勅命を出して国内全域で延々と見張ってたんだ」
「なるほど。確かに本名で登録したのはあの時一回きりでしたね」
「そう、ウィルの託児チケットも、初めて。最初は待ち伏せしようと思ったんだが、ライトンがそれは悪手だと言うから、イベント自体を買い上げた。あの自主的に帰った男以外は全員サクラだ。自分語りには丁度いいし、ルールを作って色々と確認しようと。多分僕の姿を見たら逃げるだろうし」
「ルール…」
国内でレベル5は紫色の瞳の人間だけなのだ。だから彼らは王族になった。レベル5の内容は全ては開示されていないけれど、代表的な能力が無効化。つまり、全ての魔法を0にしてしまえる。ほとんどチートのような力だ。だからギリアムだろうとレベル0だろうと、レオに対して嘘発見器は作動しなかった。
「ずるいですよね? 自分は姿かたちから嘘だらけなのに、私には水を浴びせて」
「ははは」
「笑ってごまかす?」
「ごめんなさい」
「もう。でもしゅんとして謝るレオは可愛いですね! 一生これで謝ってもらおうかしら」
「生涯最高に可愛い嘘だった。喜んで謝ろう」
蕩ける様な笑顔で、レオの唇が落ちてくる。
かくれんぼしている二人に隠れて、私たちはコッソリとキスをした。
おしまい!
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