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第07話 : 公園にて降る雨

 藍華の一人芝居騒動は、何かとアクシデントの連続で無事、失敗に終わった。

 アクシデントの”連続”と言っても二つしかない訳であったのだが。

 というか、アクシデントと呼べるのか?

 まぁ、藍華本人がアクシデントとして見ているので、そういう事にしておこう。

 一つ目の障害は、兄こと加藤摩の出現。藍華は彼に合計2回も頭を叩かれた。

 長話という説教付きで、だ。

 けれど、警備員と野次馬への言い訳(対処)をしてくれた。

 お陰で問題にはなることは無かった。


――とある新人(バカ)が何もしなければ。


 摩が(自称)得意の口八丁で説明をしている時だった。


「き、きゃあ」


 男声。しかも棒読みの悲鳴が駅内に響いた。

 周りにいた人たちは声の発信源に視線を向けると、


――条一が懸命に藍華の真似をしていた。


「や、やめて~…‥た、たすけて~……」


 その場に崩れ込むように倒れこみ。

 手足を魚のようにバタバタさせていた。


「……」

「……」

「……」

「……」


 重なる無言という名前の台詞。

 藍華、摩、駅の警備委員と野次馬の心が一つになった。


(コイツ、何してんの?)


 まぁ、沈黙の妖精が飛び回ったのは少しの間だけ。

 囲むように集まった人達の一人が笑い出す。

 それに釣られるように、次から次へ沈黙は笑いの渦に変わっていった。


「……う、うむ……警備の方々よ。先ほど説明通り、これは”演劇の練習”です。駅内で他のお客に迷惑を掛けたことは謝る。けれど我々は初心が"オカマ役"を演じるには公衆の面前に立ち。先ずは恥という感情に立ち向かう心を手に入れる事から始めればいいと辿り着き。人が多く集まり駅内でソレを実行した、という事です。」


 我ながら良くこんな嘘を、と思いながら頭を下げる。

 後ろでは未だに”演技”を続けている条一を、不機嫌そうに見続ける藍華がいた。


--------------------------


――何で?


 あれから20分後。私達は歌空中部駅の前にある”歌空公園”にいる。

 公園の隅っこにポツリと置かれているベンチに腰を下ろしていた。


――何で、少年は?


 摩兄は私と少年に説教中。

 と言っても、一番悪いのは自分。

 だから私に集中されている。

 でも、文句は言えない。


――何で、少年は私の側にいるの?


 漸く説教も終わり、摩兄は三人分の飲み物を買いに行く。

 チャンスだ。

 隣で少年が「何で怒られたんだ……」と首を傾げながら呟いる。

 でも怒っている様子はなく。何処かニコニコしてる。

 聞いてみよう。


――何で、少年はまだ私の側にいるの? 何で笑ってるの?


「ね。矢吹」

「え、あ、はい?」


 あたふたしながら返事をした。

 やっぱり、少しながら”私を怖いと思っている”、と確信した。


「どうして。私の真似を?」


 少年は、え? とキョトントする。

 そこまで驚くことなの、かな? こちらまで驚きながら首を傾げてしまう。


「どうしてって……加藤先輩。能力判定の為の儀式か何かだからでしょ、アレって?」

「え?」


 この少年は何を言っているのだろうか。

 というか、本気でそう言っているのだろうか。


「なのに、何で”先輩のお兄さま”や警備の人は怒ったんだろう……ね、先輩」


 少年は間違っている。

 アレは本当は少年を落とし入れるための演技なのに……。


「あれ? 先輩どうしたんですか?」

「な、何でもない」


 少年はバカ。いや、純粋なのか。

 両方だ。

 純粋と書いてバカ。

 天然と書いてバカもアリ。


「ガゼ兄を探しに行く……矢吹はココにいて」

「あ、先輩」

「なに?」


 本音を言えば、少年と二人きりになれない。

 罪悪感に襲われるから。

 ピュア過ぎるよ……。


「俺、”矢吹”じゃなく”条一”……」

「っ! 一度死になさいっ!」


 私はそう言い放ち、その場から逃げるように去る。


--------------------------


「っ! 一度死になさいっ!」


 普段から冷静で落ち着きがある藍華が焦りながら言った。

 そして、ガゼを探しに公園を出た。

 去り行く藍華の後ろ姿を見つめながら、条一は思った、


(……よ、余計に嫌われた……?)


 ショボーンと、肩を落とすと、


「うむ、君だけか?」


 顔を上げると三つの缶ジュースを抱えた藍華の兄こと摩が立っていた。


「藍華はトイレにでも行ったか?」

「先輩はもう一人の連れを探しに行ったんです」

「うむ。その連れとやらは、もしやガゼだろ?」

「え? ガゼ師匠の事を知っているのですか?」

「ああ、あいつとは高校の時の同級生でな……ほら、BONTA(ボンタ)オレンジだったな」


 条一に買ってきた缶ジュースの一つを渡して、隣に座る。

 それを受け取り「ありがと」とお礼を言う。


「それより、一つ聞いていいか?」

「あ、はい」


缶の蓋を開けながら、頷く。


「何故に君は人が言い訳をしていた途中であの様な行動を?」

「ぶうっ……!」


 飲んでいたジュースを吹き出しそうになるのを堪える。


「先ほど君は藍華に”能力判定”だと言っていた。しかし、俺にはそうは見えなかった。あの演技をしていた君は”何か別の理由”でやっていた感じがした。違うか?」


 うっ、と条一は声を上げてしまった。

 そうなのだ。条一は”別の理由”でやったのだ。


「あ、あれでもお兄様……能力判定の為って俺は言ってなかったですよね? というか、今さっきいた先輩にしか言ってなかったような」

「うむ、それか。先ほど駅内で藍華を叩いたときに盗聴器を仕掛けたからだ。それより、質問に答えて貰おうか?」

「……」


 条一は思う、盗聴器は犯罪じゃないのかと。

 けれど、摩は真剣な顔で条一に尋ねている。

 ツッコミを入れる雰囲気ではない。

 此処は冗談抜きで話そうと、決める。

 お兄様から”あの人”と似た感じがするから、大丈夫だ。


「悲しい顔」


 思い出すのは、二つの事。

 一つは、心が揺れる程の、負に満ちた顔。

 一つは、胸に刻まれたセリフ。


「藍華先輩……悲しい顔してました」


 先ほど自らの犯した行いで怒られた藍華。

 彼女を知らない人から見れば”気にしていない”な、と思うかもしれない。

 何故なら感情を顔を出さないから。無表情に見えるからだ。

 けれど、条一は違う。

 入学してから、今日までの二ヶ月の間。

 ずっと、彼女を見ていた。

 だから少しの変化さえも見抜ける自信がある。


「昔、俺は、何をすれば良いのか迷っていたんです」


 部屋の片隅で膝を抱えていた自分。

 他人が怖くて。

 自分が怖くて。

 何もできないでいた、日々。


「そんな時にひょこっと、”あの人”が現れて俺にこう言った――」


『自他に恐怖を抱くのは当たり前なんだよ、そんな事でビビってんなっ!

昔に、自分に、他人にビクビクしてる暇があるのなら、自分だけの宝物を見つけろ。

そして、宝物(それ)を誰よりも眩しく明るく輝かせるする方法を考えろっ!』


「――そんな事をする暇あるのなら、宝物(すきなモノ)笑顔(ピカピカ)にしろって」

「っ!」

「きっひっひっひ、だからですよ」


 力無く笑う、


「藍華先輩を笑顔にしようとやったことなんですけど。俺って頭悪いから……し、失敗しちゃった……」


 口に出すと、自分の無力さを思い知らされる。

 何で、何をやっても。こうも失敗ばかりするのだろうか。


「うむ……訪ねておいてアレだが。本人の兄の前で、しかも初対面だと言うのに。全く君には色々と驚かされるよ……まぁ、分かった。だから顔を拭け」


 摩は悟った。二つのことを。

 一つは、少年の藍華への”想い”。

 そして、もう一つは――。


「え?」


 条一は顔を上げて、摩を見る。


「涙が出ている」

「うぇぇぇ!?」


 驚きのあまり立ち上がり、目元を触る。

 確かに、条一は”涙を零している”。

 自分も気づかぬうちに。


「お、俺、カッコ悪い……」


 両手で目を押さえる条一は、途方に暮れた子供のようだった。

 その時、


――トン、と後ろから頭に何か乗せられた。


 後ろを向くと、白いトップハットと白いコートを来た銀髪の青年が立っていた。

 デイミングのリーダー、伊藤・ガゼ・ロベート。

 条一の師匠。


「厳しい現実……はプレゼントしません。代わりに”優しい理想”を差し上げます」


 ガゼが条一の頭の上に乗せたのは、否。

 被したのは。

 緑色のトップハットだった。


「泉条一。今から依頼(クエスト)に行きますが、来れますよね?」

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