第09話 : 過去からの使者 - 挑戦
「お待たせしましたー!」
涙でクシャクシャとなった顔を洗い。
ガゼと藍華と摩の三人が待つ、公園の隅にあるベンチに条一は戻ってきた。
此処まで走ってきたのか、肩で息をしている。
「はぁはぁ、ふー……師匠! 準備出来ました」
「では、行きましょうか?」
条一は息を整えつつ、ガゼを見上げた。
待っていました、と言わんばかりにガゼはフッと笑い。周りにいる三人を見渡す。
摩は、ガゼの視線が自分に向けられたのと同時に首を横に振り言う、
「俺は行かんぞ?」
「ええ、分かっていますよ……」
本当は彼らと一緒に摩も行動したかった。
泉条一が、本当に”アイツが認めた人”なのかを自分の目で見極めたい。
けれど、三人はここから超能力の仕事をするのだ。
一般人且つ普通の自分が付いても邪魔になる。
「カス兄……二次元に帰っても、程々に」
「待て、我が藍華。”二次元に帰っても”とはどう言う意味だ!」
「フフフ、流石ですね藍華。私より速く台詞を言うとは」
「お前もか!」
オタク扱いする二人にツッコミを入れる。
と、頭の中のスイッチがオンになったようで……。
「全く君達は揃いも揃って俺をオタク扱いしているが。そもそも私は他の人より少し漫画・ゲーム・アニメが好きなだけな人だ。なのに、そのたった少しだけで俺を二次元世界の住人と判断するものではない。次にだ」
「あの……摩?」
「ん、何だ?」
「そろそろ行きたいのですが……」
摩得意の"お話"が始まりそうだったので、ガゼはそれを阻止する。ガゼは着ている白いコートのポケットから取り出した携帯を摩に見せる。正確には携帯の画面内に表示された時間を指を指しながら。
隣で藍華が兄の長話を聞かなくて済むから胸をなで下ろしていた。
「ああそうか。スマンな」
ベンチから立ち上がり、そのまま公園を出る。
「楽しんでこいよ……藍華。そして、泉条一」
「バイバイ、摩兄」
「はい! 思いっきり楽しんでいきます」
摩を背中を眺めつつ、二人は言った。
その時、
――ピップッポー。ピップッポー。ピップッポー。
何処からでも無く発せられた電子音。
否。ガゼの携帯の着音だ。
「おっと、失礼します」
手に持つ携帯の画面を見ると、先ほど別れたばかりの摩の名前が表示されている。通話ボタンを押した。
『ガゼ……あのバカを見かけたら教えろ』
「え?」
関口一番に妙な事を言われて、奇妙な声をあげる。
一体なんの事ですか? と聞き返そうとしたら摩が終話ボタンを押したのか、既に電話は切れていた。
(何故に私に彼の事を……彼と一緒にネットゲームをしている摩の方が詳しいはず。さては……”また何かの事件”に巻き込まれた?)
そこまで思考してから、
(マイナス的な方向に考えるのはよしましょうか……今は自分が今するべき事をやる)
ガゼは藍華と条一に視線を移して言う、
「では、今から依頼ですよ」
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――依頼。
”超能力”及び”能力者”を管理するギルドと呼ばれる組織から与えられる仕事。
表か裏のみどりの窓口に5円切符を局員に見せながら「困っている」と言うと請けられる。
人々の、想いという名の悩みを解決すればクリア。因みに報酬は”主にお金”。
「まぁ、これが我々の依頼です。泉条一、何か質問はありますか?」
歌空中部駅で、和歌山県駅行きの電車に乗って15分ほど経った。
目的地に着くまでの間、条一はガゼからクエストについて教えて貰っている。
「え~っと、5円切符を見せて困った、ってだけで本当に仕事というか依頼を受けられるのですか?」
出発駅から、歌空東部駅を通過して和歌山市駅に着こうとしている。
依頼時は超能力者専用車両ではなく普通の車両に乗る。
二つだけ例外があるが、それは。
一つ、目的地が裏の駅。
そして、もう一つが……。
「それは次、依頼をする時に貴方自身の目で見て貰いましょうか」
「は~い」
今回の条一達の依頼内容は、【五日後。”6月6日の土曜日”から”6月21日の日曜日”まで。とある”お屋敷で執事”をやること】。
最初にガゼから内容を聞かされた時は無理だーっと思ったりしたが。藍華に良い所を見せるチャンスだと逆に燃えている。
「さてさて、超能力については……このくらいで。折角ですから、ダブルのラビットを語り合うのは?」
「え……っ?」
心の底から嫌そうな声を上げたのは、条一ではなく藍華だ。
「また……ダブルのラビット?」
藍華は成るべく条一を視野に入れないように、ガゼを見る。
乗客は少なく、窓際のロングシートに三人が並んで座っている。藍華、ガゼ、そして条一という並び順だ。故にだ。藍華がガゼに視線を向けると、条一が入ってくる。兄の説教が効いたのか、未だに罪悪感を感じているのか。条一を見ることが出来ないでいる。
まぁ、その行動は条一から見ればショックなのは言うまでもない。
「ええ。泉条一にあげた帽子は、敢えてダブルのラビットの逆である”緑”を選んだ。何故だか分かりますか?」
「分からなくてもいい」
「フフフ、藍華ご機嫌ナナメですね。では泉条一、答えを」
「うェ?」
いきなり話を振られて奇妙な声を上げてしまった。
というか、条一は”ダブルのラビット”について殆ど何も分からない。知っていることは……20代から30代を中心に大人気な、ウサギの着ぐるみを来たサラリーマンである主人公が活躍するアニメ。くらいしか……。
そして、その主人公の口癖が「厳しい現実をプレゼント」ということだ。
「う~ん……」
「フフフ。答えは、私ことガゼは彼には及ばないので”厳しい現実”は渡せない。けれど代わりに”優しい理想”を、ね。という事です」
考えて30秒も経たないうちに答えを言われた。
”厳しい現実”より”優しい理想”の方がいいのでは? と思ったのは余談だ。
――ピンポンパンポーン
電車内に、在り来りな放送音の効果音が流れた。
そして響いた声は、男の低い声、
「フクククゥ。デイミングゥ」
車内に発せられた一言。たったそれだけだった。
普通の人なら、意味が分からないのでスルーするところだろう。
けれど、一言に含まれた”チーム名”。
デイミング……これを知るモノを除いては。
――衝撃――
無理やりかけられたブレーキ。所謂、急ブレーキとなった。
突然の出来事に車内にいた人達は転んだりぶつかったりする。
そして、電車は何も無い線路の上で、文字通り”止まった”。
「まいどまいどスミマセン……師匠……」
「いえいえ」
他の人達同様に、飛ばされそうになるが、隣で平然と座っているガゼに支えられた。
師匠って人間? と疑いたくなる。急ブレーキにより大きく揺れたはずなのに、ガゼはピクリとも動いていない。
超能力者は皆こうなのかな、と思いながらガゼの方をみると、
「!」
ガゼの両肩から、2つの小さな腕が。足先から2つの小さな腕が。
青色と銀色の光の粒で構成された、彼の能力である、巨人の腕力が床と窓にペタリと張り付いている。
色以外は彼の生身の腕と代わりはない。というのも、腕の幅や長さが、ガゼの普通の腕と同じ。
「いいな……便利だな」
「フフフ」
条一の呟きが聞こえたのか、意地悪そうに笑うと。
シュウン、と煙みたいに能力を消す。
――アレ? おかしい。
ふと、条一はとある事に気づいた。
ガゼが能力で出した、”青と銀の腕の大きさ”だ。
先ほど裏の駅で見たときは、5メートルは軽く超えていたのに、今の腕は普通の大きさなのだ。
まぁ、状況が状況なだけに、ガゼの能力ではなく、今何が起こっているのか。それを考えるために思考を現実に戻す。
「一体どうしたんだろう……あの放送と関係あるのかな?」
「ご名答」
「うぇ」
条一の台詞に返事を返したのは、ガゼではなく藍華。
さっきまで暗い雰囲気だったけれど、何か今は明るい感じがする。
もしかして今の状況を待っていた? という事は……、
「あの……もしかして、これは超能力関連?」
「ええ。我々デイミングに宣戦布告した別チームでしょう」
ガゼは言う、
「それにしても電車を無理やり止めるのは流石にやりすぎです」
「宣戦布告?」
条一はガゼの発言に首を傾げる。
そして考える、
――超能力。宣戦布告。チーム。駅内での”喧嘩”。
「も、もしかして……チームで超能力を使って戦うってこと?」
「うん」
「正解」
藍華とガゼが頷く。……藍華のご機嫌が少し治ったのは、”戦えるから?”。
もしそうならば、戦闘狂なのか……。
条一は憧れの先輩に視線を向ける。他者から見れば、無表情なのだけれど条一には分かる。
――彼女が喜んでいる、ということが。
《貴様は本当に、そう思うぬか?》
「!」
――刹那――
声が聞こえた。
心の中に響く声。
《たかが二ヶ月という短い期間だけ遠くから彼女を眺め。微妙な表情ぬ変化から、考えを気持ちを心情を読み取れると? バッカじゃなかろうか……少しはおかしいと思え》