ヤンデレ幼馴染に死ぬほど愛されてる件
ーーー心にぽっかりと穴が空いたような喪失感があった。……金属音、タイヤの急停車する音、鮮血、伸ばした手は届かない。こちらへ差し出された手は掴めなかった。何が起こったかも分からないまま、ただ彼女の命が失われていくのだけが分かったーーー。
朝目が覚めると、胸の中が妙にざわついていた。
「ーーーおはよ、たかちゃん♡」
ーーー俺の朝は、モーニングコールから始まる。
ベッドの上に置きっぱなしにしておいた携帯がスヌーズと共に、一定のリズムの音を刻む。
寝ぼけ眼にかすんだ視界で、画面上の『着信 ミレイより』と言う文字を見る。なんとなくもう場所を覚えてしまった応答ボタンを即タップした。
スピーカーから甘い声が聞こえる。
「おはよ、たかちゃん♡
早くドア開けに来て〜?」
「はいはい」と、寝起きで錆びたような体を動かす。二重の鍵を解除すると、そこには彼女が立っていた。
ハーフの美少女が目の前に立っている。
彼女の、茶髪の細い髪はゆるくウェーブがかかっていて、色素の薄い目は大きくて丸々としている。目鼻立ちが整っており、西洋人形のような見た目をした女の子。
ーーーそう、この彼女こそが、俺の幼馴染のミレイだ。
ミレイは、「はい、これが今日のお弁当ね?」と俺に手渡ししながら、勝手知ったる様子でぬるっと玄関から中へ入っていく。こんな朝っぱらから何が楽しいのか分からないが、にこにこと楽しそうである。
キッチンのコンロの横にある冷蔵庫を開いては、「昨日は買い物行ってきた〜?あ、卵絶対足りないって!今日の帰りにでも買いに行こうか〜?」と俺に言ってきた。
その強引さに、俺の付け入る隙はなかった。「ああ、卵な……メモしておくわ」と押されながら会話を成り立たせてしまう。
そんな中、いつもと違うミレイの服装に気づく。
「この前、新しくエプロン買っちゃったんだ〜♡見て〜??」
と言いながら、ミレイは、ピンク色でレースがフリフリのエプロンを見せびらかして来た。俺の前で、くるっとターンして見せた。かわいい。
「うん、似合ってるな」
「……そんなの当たり前じゃない〜♡」
ミレイは照れたように、俺のことを小突いた。
「……じゃあ、このエプロンはここに掛けておくね?」
いつの間にか、ミレイ持参のフックが冷蔵庫に貼られている。それにエプロンを掛けようとしている所だった。
いやいや、ちょっと待て。
「いや、お前この家で料理作ったことないだろ」
「うん。だからこれからは作るよ♡」
そうじゃない!!マジでこのモードになると話が通じない!!
「……はあ」
と俺がため息をつくと、ミレイは嬉しそうに、マグネットに『新妻』と書き始めた。
俺のこのため息は、いつも俺が折れた時の合図だ。
ただ、そうやって許容している内に、俺の家はどんどんミレイに侵食されていってるような気がする。と、ピンク色が散在するキッチンを見ながら思った。
昔からーーー幼稚園の時からそうだった。俺は幼稚園の時からミレイと一緒で、ずっと幼馴染として関係を続けていた。でも、その関係は一般の幼馴染より、ちょっと甘いもので。
幼稚園でおままごとをする時には、女の子が集まって遊んでいる中、俺はミレイの夫役として、毎回ゲスト出演させられていた。(この度にサッカーを中断させられたことを、不満に思いながらも黙っていた)
小学生の時、「初めてお菓子作りを一人でしてみたの」と言われながらバレンタインにクッキーをもらった。(中に髪の毛が入っていたが、よくあるミスだなと思って黙っておいた)
中学生の時、俺は、サンタの正体が親であることを知り絶望していた。そんな俺に、クリスマスイヴの夜に「サンタさんはいるよ♡」と言いながら、コスプレしたミレイが俺の部屋に入ってきた。(俺は、プレゼントがもう貰えないことに絶望してたのであって、サンタが欲しかったわけじゃないーーーでも黙っておいた)
などなど、色々な思い出がある。
ちょっと迷惑なこともあったが、俺は別にミレイのことが好きだ。なにしろ、長年の積み重ねがあるから、ある程度のことを許してしまっている。
しかし、俺とミレイは幼馴染なのである。最初っからちょっと甘い関係だったからこそ、その延長線上でそれがずっと続いてしまっていることに、疑問がない訳じゃない。ただ、それが俺とミレイの関係だーーーと割り切れるほどに、ずっと続いてきた習慣だった。
ただ正直、俺は最近、ミレイの熱情には引いてしまっていた。
これが恋人だったらまだ理解できる。でも、ミレイは別に、僕の幼馴染というだけなのだ。
ーーー愛が重い。この好意を浴び続けることには慣れてしまったのだが、この関係性の名前を俺は知らない。
「なあ、もうだるいって。今日はサボるから、さっさと学校行けば?」
と、口では追い返しながらも、渡された弁当を突き返すことはできなかった。……だって美味いんだもん。と、誰に言うわけでもなく頭の中で言い訳してしまう。
弁当の中に入っているであろう卵焼きを思い、早く食いたいな〜と考えてしまうことは、誰にも止められないのである。
「どうせ、俺が行ったとしても道違うんだからさ。もうミレイは学校行けって。時間だろ?」
と俺はなかなかに酷いことを言った。俺とミレイは違う高校に通っているのだ。この4月から。彼女は俺と同じ高校に行く予定だったのだが、俺だけ受かって、彼女は落ちたというわけだ。
彼女はこれに対して、1ヶ月経った今でも悲しんでいるので、俺のこの発言は酷いもんだ。だが、彼女はどれだけ強く当たっても揺るがないので、つい冷たく接してしまう。
彼女は頬を膨らませ、怒ってます!というポーズをした。
「もう!たかちゃんはこれだから!ねぇ、ミレイが寂しがり屋って知ってるでしょ?」
ふざけているようにも聞こえたが、ミレイは、ほんの一瞬、とても悲しそうな目をした。
いつも俺がふざけたことしか言わなくてごめんな、と思い、
「……ごめんな」
と一言だけ謝ると、
「……ううん、もういいの」
と暗い目をして言った。
あ、結構落ち込んでるのか?と思ったところで、一転してミレイは明るく言った。
「とにかく。今日はサボっちゃダメなんだから!!なんでも!」
と意外にも強硬な姿勢を見せられる。別に普段は一緒にサボったりしたことあるんだけどな。
「あ、もしかして、ミレイも一緒にサボりたい?
いいぜ、ボウリングしに行こうぜ!!」
「……ガターした回数分、ドリンク買ってくれるんでしょ??」
「ミレイ、前に子供用設定にしてガター回避したイカサマ忘れてねえからな」
「あれだけでイカサマなんて大袈裟だよぉ」と、ミレイが笑った。ミレイは、俺といる時、心底楽しいという表情をしながら笑ってくれる。いつも、他の人に人見知りしている時の表情とは大違いだ。
「……と、ちょっと待ったぁ!だまされない!だまされないから!
今日だけは絶対に学校に行ってもらいます!!」
「はぁ……。なんでよ」
「それはね〜、そうね〜?
あ、今もう言いたくなっちゃった。ふふっ。でもまだダメ〜!
うん!すっごい良いことが起きるから!!」
意味が分かりません、ミレイさん。
「はいはい!特別に、もう一緒に学校まで送ってあげる!
ちゃんと授業受けるんだよ?」
「いや、そこまでしなくてもいいって。
大体、そんなことしてたらお前遅刻だろ……」
「いいから、いいから!」
と、いつものごとく強引に押し切られてしまう。
僕の手を掴まれ、外へ出され、俺の家のドアが閉められる。「はいはい、行くよ〜?」と言われながら、校舎前の門まで、恋人繋ぎで連行されてしまった。
******
ミレイとは、学校の門の前で別れた。「ちゃんと授業受けてくるんだよ!」と強く言い含められた。
俺としても、「ここまで来たからには、サボるのは別の日にしよう」と思い、おとなしく自分のクラスへ向かう。
ミレイと揉めてたせいで、時間はかかってしまったが、ぎりぎりホームルームが始まる前だった。
そんな俺に、隣の席の、鈴水さんが話しかけてきた。
「ギリギリだったじゃん」
と穏やかに笑いながら、鈴水さんは言った。
鈴水さんは、長い黒髪が綺麗な美少女である。入学して1ヶ月で、『学年1の美少女』という称号を欲しいがままにしている。切れ長な瞳はクールな印象を与えるが、話してみると意外と柔らかい印象に見えてくる。
「まあね」
「いつもホームルームに間に合わせる気ないでしょ、貴之くん。
今日は間に合ってよかったね?」
と、いたずらっぽく言われてしまう。
「授業に間に合えば上々だろ。ホームルームなんて聞かなくても何とかなる!」
と、強く不真面目な説得を試みるも、彼女の心には一ミリも響いてなさそうだった。
「それにしても、私はどうせ、境内の掃除しないといけないからもっと早起きなんだけどね」
と、彼女からの同意は全く得られなかった。
そう、彼女は神社の家の娘で、リアル巫女さんなのだと、この前聞いた。
黒髪のこの鈴水さんが、巫女服を着ているところを想像してみるとーーー似合う。おそらく、多くの同級生が同じ妄想をしたことがあるだろう。
いや、待てよ?
「えってことは、朝早く神社行けば、巫女服着た鈴水さんに会えんの?!!」
と、異常な興奮混じりで聞いてしまった。
鈴水さんは素っ気ない口調で答える。
「掃除くらいで一々着替えませーん。
またお正月とかに手伝いに来てよ、そうしたら見れるよ?」
「げっ。絶対忙しいじゃん……」
「来ないなら見れないなあ」と揶揄いながら楽しそうにしている鈴水さん。
それに対して、「別に参拝客として行ってやるもんな」と、笑ってやった。
「ところで、真面目な話なんだけど、一回私の家来ない?」
と、鈴水さんから真剣そうな顔で聞かれた。
俺は条件反射で立ち上がり、
「えええ!!?そ、それって……」
「勘違いしないの」
と、鈴水さんに諌められてしまう。
鈴水さんは声を顰めて話を続けた。
「……貴之くん。あなた最近疲れやすいとかない?」
「……うーん?あ、そういや夢見が悪いような……」
「どんな夢?」
「それが覚えてなくて……」
「……そう」
と考え込んでしまった鈴水さん。
俺は、質問の意図がよく分からなかったので聞いてみた。
「何がそんなに気になるっていうんだよ?」
「……貴之くん」
と言いながら、人差し指でこちらを指される。
「ーーーあなた、取り憑かれてるわよ」
「…………。はあ?」
さらなる追求をしようと、立ち上がった時。
教室の扉ががらっと開き、担任の中村が入ってきた。
「おいお前らー、座れー」との号令がかけられ、つい口をつぐんだ。
鈴水さんはそんな俺の様子を見て、口元を緩ませていた。
「おい、まだ聞きたいことあるからな」と目で訴えておいた。不服だからな!
さて、中村が、つらつらとどうでもいい挨拶を始める。
そして、皆がよく聞いていなかったため、聞き流しそうになりながらも、中村は重要な一言を言った。
「えー、今日から、転校生が新しく入る」
一拍遅れて、みんながざわめき出した。「え?!転校生?!!」「マジ?」「楽しみなんだけど」みたいに反応はそれぞれであるが、期待している様子ではあった。
そんな中、俺はそれに乗り切れずに、「こんな時期に??高一の5月だぞ。今転校するやつは訳ありだろ」とひねた発想をする。
「じゃあ、入ってもらってもいいか?橋本。」
その苗字に、心臓がどくんとする。ーーーミレイと同じ苗字だ。
そして、彼女は、扉の向こうから現れる。その顔を認識した瞬間、己の目を疑った。そんな馬鹿な。
ーーーだってお前、1ヶ月前に、受験落ちたじゃん?
彼女は、そんな俺を他所に、悠々とさらさらの茶髪を靡かせながら、教壇の上を歩いていった。
……。……ああ、ミレイだ。
間違いなく、俺の幼馴染のミレイに違いない。
「おはようございます。橋本ミレイです。これからよろしくお願いします」
ミレイが礼をして、下げた頭を上げた。何一つ飾り気のない自己紹介だったが、一度ミレイが微笑むと、教室は拍手喝采になった。
美少女パワーってすげえ。
……でも、明らかに、この状況っておかしいよな??
******
1限目の数学の二次方程式の授業中、3つ前の隣の席に座っているミレイのことを見据えていた。澄ました顔で授業受けてやがる。
こっちはどういうつもりなのか知りたくて仕方ないんだよ!!
授業に集中する気にもなれずに、僕はノートの切れ端に文字を書いていた。
『あいつ、一度落ちた高校に、わざわざ転校してきてる。おかしくね?』と書いた。その紙を、隣の鈴水さんのノートの上に置く。
真面目に授業を受けていたらしい鈴水さんは、初めて俺の奇行に気づいたらしい。
鈴水さんは、一応俺の切れ端に目を通している様子だった。
そして、筆箱から新しく赤ペンを取り出すと、俺の文章の左にばつ印を書いた。鈴水さんがこっちを見る。俺が首を傾げてみると、鈴水さんは軽く肩をすくめた。「意味が分からない」って言いたいんだろう。俺も分かってないんだ。そう言わずに助けてくれ。
俺は結局、この1限の時間中ずっと悶々とした気持ちで過ごすことになった。「おいミレイ、どういうつもりなんだ」と抗議に行こうとした時。
俺の机の前に、ミレイが立っていた。
ミレイ側からこっちにくるとは、出鼻がくじかれたような思いだったが、勝手に言葉が口から出てくる。
「おいミレイ、お前ーーー」
「あの、貴之の隣の席の。そう、貴女」
俺がミレイに話しかけるも、ミレイは俺じゃない方を見ている。俺の隣ーーー鈴水さんのことを。
鈴水さんも、「はい?」と言いながら心当たりがない、という顔をしている。ミレイは怖いほど綺麗な笑顔を浮かべている。
全く思考の分からないミレイから、言葉が発された。
「うん。唐突で申し訳ないんだけど、ミレイと貴女の席を交換してもらえない?」
「はぁ……」
と、鈴水さんは「なんで?」という顔をしている。鈴水さんは続いてこう聞いた。
「私の席って橋本さんより後ろだから、もっと黒板は見えにくいと思うよ?」
と、当たり前の指摘だ。ミレイは笑顔を崩さない。「ううん、そうじゃなくて……」と、目を伏せながら否定するミレイ。首をふるふる振った後、こう続ける。
「隣の席の貴之は、私の幼馴染なの。
転校して間もなくて不安だから、たかちゃんに隣にいてもらいたいなぁって!
……お願い、聞いてもらえないかな?」
……ミレイからは、得体の知れない圧を感じた。
そして鈴水さんは、それに応えた。
「ああ、そういうことか……」
俺は、「優しい鈴水さんのことだから代わってくれるんだろう、悪いなあ」と内心で思っていた。
鈴水さんがちらっと俺のことを見る。悪い、さよならだぜ。と念を送る。
鈴水さんは、ミレイの方に向き直ると、
「いやです」
と笑顔で言った。
ミレイは完全に、当てを外したようで呆然としていた。
……そして鈴水さんは、流れるようにカバンへ手を伸ばし、呪符らしき紙を手に持った。
鈴水さんは、右手に呪符を構えながら、隙のない目でミレイを見つめている。
「ーーーあなた、悪霊でしょ」
「…………」
ミレイは黙りこくっていた。
それは、俺も全く予想だにしない言葉だった。
ミレイは、きゅっと目を瞑ると、一言だけ言葉を発した。
「……思いっきりやってみなさいよ。
……それで負けるようだったら、ここまでだったってことよ」
ミレイは目を開くと、覚悟の決まった瞳を見せた。
鈴水さんは、驚いたように言った。
「……成仏する気はあるの?」
「ううん、負けない気ってだけ」
「……ああ。でしょうね。
だって、そんなに禍々しいんだもの」
正直、置いてけぼりを食らっていた俺は、説明を求めようと口を開きかける。
その瞬間、呪符が鈴水さんの手から離れ、ミレイの元へ飛んでいった。
そして、ミレイの体にまとわりつき、眩い光を発するーーー。
……そして、黒ずんでひらひらと床に落ちていった。
「ば、ばかな……。そんなに効かないことあるの?!」
と、鈴水さんは叫んでいた。
始業のチャイムが鳴る。ミレイはふふっと笑った。
「ほら、授業の時間だよ?
次は……古典だっけ?教科書用意しないと」
はっと気がついて、他の生徒たちに目を向けると、何事もなかったように授業の準備をしていた。
全く意味の分からない非日常が目の前で起こったばかりなのに、これから何事もなく授業は始まるらしい。
……鈴水さんは、唇を噛み締めて悔しそうにしながら、古典のノートのページを広げていた。
鈴水さんは、古典のノートを荒々しく破ると、こちらへと渡してきた。
そこには、『ミレイは死んでから悪霊になって、あなたに取り憑いてるわよ』と書いてあった。
ーーー目の前に閃光が走る。その瞬間、1週間前に何が起こったかがフラッシュバックした。
******
ーーー1週間前。
「たかちゃーん!渋谷にパフェ食べに行こ?」
「え〜……。渋谷遠いじゃん」
「季節限定のメロンのパフェだよ??たかちゃん好きでしょ?」
「……おい、まじかよ!そりゃあ行くしかないぜ!」
そんな話をしながら、家へ帰るところだった。しかし、この話の流れによって、行き先は駅へと変わったのである。
二人並んで、だらだらと帰り道を楽しんでいた。
「はあ、お前もわざわざ俺の高校まで迎えに来なくてもいいのに」
「毎日送り迎えしてあげるって♡」
「まあ元はと言えば、お前が受験で数学を落としすぎたから……」
「あ〜もう聞こえない!!そのネタもう禁止っ!!」
「……アホの子め」
「言っちゃダメ〜!!」
なんて、馬鹿な話をして。
ミレイが俺の先をたったと駆け抜けていく。
「さっ早く早く〜!」
と言いながらも、しっかりと後ろにいる俺のことを確認してーーー
ーーートラックが、彼女の体を突き飛ばした。
……ほんの一瞬だったのに、ミレイと俺の手は、お互いを掴もうとしていた。
……そして、あの後。ミレイは搬送された先の病院で亡くなった。
ーーー俺は、大量の花束を抱えて、ミレイが跳ねられた街角で佇んでいた。
そこには既に、他の花束も置かれていて、俺はそっとその中に花を加えた。
俺は、そんな花畑の様子が色褪せて見えて、途方もなく悔しかった。
そして、俺は衝動的に家まで走った。
家の。今まで見ないようにしていたキッチンを覗く。ミレイの物でいっぱいだった。
ピンク色のエプロン、買い物袋、付箋、メモ帳、ツバ広の帽子……。全てが、ミレイの愛のカケラだった。両手いっぱいに抱えて、収まりきらなくてカバンも使って、また街角まで戻った。全てミレイに手向けようと思った。
ミレイからの愛が、拠り所のまま遺されるのが辛かった。ミレイがもう居なくなって、俺が受け取れなかった愛は、一体どこへ行けばいいのだろう。
……俺は思わず、後悔の念に襲われる。今までの彼女からの好意を、無碍にしてしまったことへ。
「……こんなことなら、俺が全部受け入れておけば良かった……」
……そう言った時、ピンクのエプロンが怪しげに光りだし、お供えの花が萎れるように枯れ果てた。
******
そうだ、全部思い出した。
……なんで忘れてたんだろう、こんな大事なこと。
俺は窓際の席で、はっと背中を伸ばしていた。
そうして、終業のチャイムは、試合前のゴングのように鳴った。
「一緒にかーえろ♡」
と、ミレイが手を繋いできた。ミレイと話すのは、さっきの席替えのお願い以来だ。隣の鈴水さんは、目を細めてその様子を見守っていた。明らかに敵対している様子だった二人。「本当にいいのか?」と、目で確かめるも、鈴水さんはさっさとカバンを持って帰ろうとしていた。
ーーー校門を出るまで、俺たち二人は無言だった。
「…….なあ、ミレイ。お前、生き返ったのか?」
「ううん。そうなら良かったんだけど」
二人で並んで、帰り道をトボトボと歩いていた。
「……私が死んだ日のこと思い出すね?」
「…………」
「ね、思い出したんでしょ?」
俺は沈黙してしまう。だが、それは肯定と同義だった。
「……ねえ、怖くないの?」
「……いいや、俺が怖いってよりか」
と少し逡巡し、これは言っていいものかと考える。
しかしまあ素直に聞いてみるかと振りかぶる。
「……お前、大丈夫?
普通じゃないことが起こってるってことは、お前の身がヤバかったりしない?」
「……?
ふふふっ」
ミレイは一瞬、目をまんまるにすると、急に笑い出した。いや、俺真剣に聞いたんだけど。
「うーん、たかちゃん。好き!!ほんっとに好き!!!
……いろいろ、言おうと思ってたんだよ?でも、好き以外言えなくなっちゃった」
「なんだよそれ」
夢みたいにふわふわした時間だった。もっと現実的に話し合うべきだったけど、「こんなにいい夢なら醒めなくていい」と思ってたから。
「ねえ、たかちゃん。
私、実際死んじゃったんだけどさ〜」
「おう重いな」
「まあ事実だからねぇ。
でもさ、死にきれるわけないじゃん??」
「そら納得できないよな、まだ若すぎるっての」
「だって、それに。たかちゃんの彼女になりたかったんだもん。
そして、同じ高校にも通いたかったんだもーん!!」
欲張りだな、と笑おうと思ったけど、悲しすぎてその言葉は喉に突っかかった。
彼女は俺を追い抜くと、俺の数メートル先で止まって、俺のことを振り返った。
……あの事故の時と、同じ構図だ。
トラウマと嫌な予感によって、「おい、やめろ」と本能的に言ってしまう。
ミレイは満面で笑って言った。
「今から、あの巫女に勝ってくるね。
恋する乙女は最強なんだから!」
……俺の意識は、闇の中に沈んだ。
******
ミレイは笑っていた。
静かに、鳥居の前に佇んでいた。……そう、鈴水家の神社へ彼女はやってきていた。
「開ーけて?明日の時間割教えてくれなーい?♡」
と言いながら、鳥居の横の虚空を右手で叩いた。
そこには何もないように見えて、彼女がノックするとドン、とひび割れるような音がした。
「……手荒じゃない?どうせならもう壊して入ってきたら?」
「あれ、せっかく礼節を重んじたのに。2回は礼をした方が良いのかな?」
ミレイはそういうと、思い切り右手を握りしめて殴った。ぱりん、と割れる音が高く聞こえる。
ミレイは、痛む拳を握り直しはしなかった。決意と共に強く握り締められ、手のひらに爪が食い込む。
そんな本性とは反対に、顔だけは笑顔と穏やかさを保っている。
「巫女服かわいいね♡黒髪に似合ってる!
……ミレイ、巫女服着るの夢だったんだけど。お正月のバイトって募集してるのかな?」
「あなた凄い性格してるわね」
その瞬間、鈴水詩織は白い巫女服を翻した。
彼女とミレイの距離はゼロになり、鈴水は殴りかかる瞬間だった。
ーーー甘ったるい声が聞こえる。
「残念♡」
鈴水が気づかない間に、辺りはドス黒い霧で充満していた。体の表面から侵食されるような感覚を持ってしまう。
ミレイはその場で一回転ターンした。
なんの意味もないはずだ。だってその場でターンして何になるっていうんだ。
……しかしそのターンした瞬間、ミレイの胴体にピンクのエプロンが見え、それがふわっと舞った。
「……鈴水さんも正装になったみたいだけど。
ーーー私の一番お気に入りの服が、やっぱり一番みたい♡
制服も嫌いじゃないんだけどね?青春!って感じで。
でも、みんなと同じっていうのがテンション下がるから〜」
ミレイは初めて笑顔を崩した。
顔の片側だけ歪められる。そこに浮かんだのは嫉妬だった。
「ね?ね?
なんでアンタみたいな気に食わないやつが、この学校にいるのかな?
ミレイが来たんだから、そこをどいて席を空けるところだよね?
ねえ、当たり前じゃないんだからね。そこの場所。隣。隣の席。私が死ぬほど欲しいもの。ちょうだい。
あのね?世界征服とか大層なこと言ってるんじゃないの。ただ、「楽しく」高校生活を送りたいって言ってるの。……バカじゃないのぉ?!慎ましい願いじゃない!?言うこと聞きなさいよ」
……言ってることは支離滅裂で、語る口調はヒステリーだった。
鈴水は、押さえつけられる力で床を見ながら、理不尽な主張を聞いていた。彼女自身、今まで悪霊を払ったことがあったものの、こんなにはっきりと喋る霊は初めてだった。そして、喋れるのにこんなに話し合えなさそうな霊も初めてだった。
「……成仏しなさいよ」
抵抗しながら、震える声で言った。
ミレイは聞く耳を持たなかった。
「……ミレイもね?鬼じゃないの。
このまま勝ったって何にもならないの知ってるから。どうせ、他の人が払うためにここに来る。それを追い払ってもまた蛆のように湧いてくる。
争いは何も生まないの知ってるから」
「……なにを」
「うん、ミレイは平和主義なの。
はい、停戦ね」
ミレイから出ていた禍々しいオーラが消え去る。
「……あなたのこと、見逃してあげる。
その代わり、誰にも言わないでね♡」
ミレイは、確かめるように鈴水の目を覗き込んだ。
鈴水はミレイのことを見返すと、ミレイの奈落のように落ち窪んだ瞳を見た。「ひぃ」と声にならない声をあげると、いつのまにかミレイの姿は消えていた。
******
「たかちゃーん!!明日の時間割教えて〜♡」
「……おい。しっかり明日も来る気じゃねーか。
どうしたんだよ、結局大丈夫なのか?」
ミレイと一緒に帰ったその日のうちに、俺の家のインターホンが鳴らされた。
「ーーーうん!!ばっちし♡
明日から、皆勤賞を目指しちゃうんだから!」
ーーー次の日、ミレイと共に登校した俺は、小刻みに震え続ける鈴水さんの姿を見ることになるーーーのは、また別の話である。
お読みいただきありがとうございます。
評価、ブクマ、感想などいただけると励みになります。
もしかしたら続き書くかもです。