昔馴染みでつきあって
「時間があったら遊ぼうよ」
そう、軽率に誘ったこと、とんでもなく後悔した。
久しぶりに来た、高校の最寄駅周辺。当時とは変わってしまったところもたくさんあったから、新鮮な気持ちで街を歩いていた。
「あぁ、あったあった」
なんでこんなところに来たかというと、オープンしたばかりのカフェがあるからだ。カフェ巡りが私の、唯一の趣味。店の前で少し看板を眺めた後、早速新しいカフェに入ることにした。
カフェの中は、オレンジの照明とモノトーンのインテリアが落ち着いた雰囲気を醸し出していた。お店の奥、合皮のソファ席に座って、コーヒーを飲みながら窓の外をぼんやりと眺める。有線から流れるクラシックが、ふと私の望郷の念を押し広げた。
"板橋なう“
昔の部活のグループにメッセージを送りつけると、すぐに1人既読がついた。全部で4人の小さいグループ、平日の真っ昼間だということもあるけど、既読は素直に嬉しかった。
"急にどしたし“
そう送ってきたのは、地元が一緒だった西島 良。私の、ちょっと気になってた人。
"新しくカフェができたから久しぶりにきたの"
そう返して、私はスマホをポケットにしまった。彼のことは気にはなってけどアプローチも上手く行かなかったし、やりとりもそんな長く続いたこともなくて、脈がないなあと勝手に諦めてたからだった。だけど割とすぐに返事がきて、スマホが震える。
"へぇ、カフェなんてできたんだ"
"めっちゃおしゃれで居心地が良き"
"いいね“
しばらくそんなやりとりを二人でしてから、ふと思う。もしかして、暇なの?
私は個人のトーク画面を開いてから、手早く文章を打ち込む。
"もし時間あるなら遊ぼうよ“
そう送ってすぐだった。
"いいよ!"
返事が早い!早い方が予定が立てやすくって嬉しいけど!
なんて思いつつ、彼は仕事だったみたいなので、簡単に待ち合わせ場所と時間を決めた。その後、私は残っていたコーヒーを飲み干して、地元集合の為、時間までのんびりとショッピングをすることにした。
彼が待ち合わせ場所に来たのは、集合時間の30分後のことだった。
「りょーちゃん!」
「ごめん!お待たせ」
そう言いつつも笑っている彼の印象は、あの頃とはまるで違っていた。髪も染めていたし、服装も少し変わっていて、なんだかりょーちゃんじゃないみたい。
「大丈夫だよー」
私がそう笑うと、ほっとした様な表情に変わる。そこはやっぱり変わらなかった。
「どこにいく?」
聞くと、彼は少し目を逸らして考えるフリをする。これも変わらないな、なんて懐かしく見つめていたら、ぱちりと目が合う。
「お腹すいた?」
そう聞かれて、そう言えばご飯食べてないやと思い出した。素直にそれを伝えると、じゃあご飯行こうか、と彼は歩き出す。私もそれに続いて、隣を歩く。
だけど、駅前の賑わう街は、普通のご飯屋さんはあまりなくて。
「この辺居酒屋しかなくない?」
そう言うと、酒でも飲む?と聞き返されてしまった。
「え、飲む」
お酒が好きなもんで、思わずそう返すと、りょーちゃんが今日イチの顔で微笑む。え、めちゃイケメンでは???
「じゃあ居酒屋だね」
そう言って二人で入ったのは、半個室のチェーン店だった。
大人になってから同級生とお酒を飲むのが、まあ楽しいこと楽しいこと。だからかな、二人とも酔っ払ってたんだと思う。
「寒いねぇ」
「そうだねぇ」
流石に夜も更けて、お店を出た後はどこに行くでもなく、帰路につく二人。
「手、めっちゃ凍ってんだけど」
「え?ほんと?私の手あったかいよ?」
視界の端で握ったり開いたりを繰り返す君の手に、私の手を重ねてみる。
「え、ほんとだ!」
「でしょ?眠いからねぇ」
「あったか!」
君が私の手をぎゅっと、握りしめた。一瞬、息が詰まったけど、君はそのまま何事もなかったみたいに歩き出す。
「お、おお……」
にぎにぎと、思わず手の温もりを確かめた。それに気付いた君は、私の顔を覗き込む。
「嫌?」
「嫌ではない」
「離す?」
「……このままでいい」
目も合わせられずに答えると、君の目は丸くなる。
「いいの?」
「うん」
「いいんだ」
そう笑う君の顔が見れなくて、私はただひたすらに歩道を眺めていた。
手を繋ぐことなんて、もう何年もしてなくて。新鮮な気持ちと、ちょっとした胸の鼓動が、私の思考を停止させる。こーゆーことされると、簡単に惚れてしまうのが私の悪いところ。しかも、昔気になってた人だし。
「いえーい」
繋がれた手を振って、バカみたいにはしゃぐフリとかしてみたりして。ああ、きっと君は、呆れながら笑っているんだろうな。
「そういえば、りょーちゃんちどの辺だっけ?」
「え?あそこ、あの歩道橋のとこだよ」
手に伝わる体温から気持ちを逸らそうとしたのに、それはうまくは行かなかった。だって君の家、私の家の方向と一緒なんだもん。それって、まだしばらくこの手のままってことでしょ?
どうしようもないな、そう頭を抱えそうになった時、君の手の力が少しだけ強くなった。
「……どうしたの?」
そんな言葉は飲み込んで、私も少し強く握り返す。
「ん?寂しくなっちゃった」
私の目を見て、いたずらに笑った君。ほんっとまじこいつ、そーゆーとこだよ。
「私も、ちょっと寂しいな」
「一緒だね」
少しの沈黙と共に、私たちは立ち止まる。歩道橋の下、私と君は、ここでバイバイしなきゃいけないから。
「また一緒にご飯とか行こうよ、そしたら寂しくないね」
私がそういうと、君はそうだねって笑った。
どちらからともなく、ゆっくりと手を離す。君の温もりを無くさないように、私はその手をポケットにしまい込んだ。
「じゃ、またね!」
笑顔で別れを告げて、君に背を向けて歩き出す。
昔ね、君のことが好きだったよ。
手、繋げたのも嬉しかったな。
ねぇ、昔馴染みでもう少し、付き合ってよ。
そんな言葉は飲み込んで、懐かしい胸の鼓動を感じながら。
振り返ったその先、君の背中が、小さくなるまで見つめてしまったんだ。




