クソ女
テレビに流れるニュース番組を適当に流し見していると、鈴蘭がやってきて隣に座った。
「――生命における男女の重要な差が何か、知っていますか」
「…………」
……またかよ。
「……能力だろ」
「まあ、いいでしょう。正解にしておきますね」
毎回毎回クソうぜぇよコイツ……!
「――当初、生命における男の役割は広義で守護でした。そして、女の役割は広義で繁殖でした」
「雑にザックリ分けたなァ、オイ」
「ですが、残念ながら現在の男女の役割は丸きり勝手に逆転しています」
こちらの発した言葉は好き勝手に丸きり無視された。
「あ、今一瞬だけ映った議員の後ろに居た、やたらと高慢ちきそうな容姿のクソ女、私を産んだ魔女です」
「クソ女……」
普段、かなり巧妙に遠回しな厭味を込めて言葉を発するやつにしては珍しくド直球な悪口にうっかり驚く。
「――いつからか男が己の繁殖を重視し始め、女は己の守護を重視し始めたのです」
まるで唐突な暴言なんぞ無かったかのように、しれっと話を続けられた。
「面白いですよね。与えられた役割に対する越権行為を、未だに当然かのように平然とし続けているのです」
「――面白いモンかよ。ただのバカってだけだろ」
「だからより、面白いのですよ」
「……アホらし」
にこにこと笑みのまま平然と告げられ、その含みを察して思わず呆れてしまった。
……今さらになって、クソ人間どもに役割放棄の実情があろうとも心底どうでもいい、が――。
「――そんなわけで、今や世界の半分がクソ女のものなのです」
「……は?」
再び唐突に飛んだ話に一瞬、反応が遅れた。
コイツ、今なんつった――。
「世界の半分がクソ女のものなのです」
「二度も言う必要ねェ、が……なんだァそりゃ」
このアホを産んだ魔女が、世界の半分をも手にしてるだあ?
事実なら、ただの魔女如きが有り得ねぇ影響範囲だぜ。
「最優秀な魔女にお会いしましたね」
「……あァ」
無駄に言動でイラつかせようとしてきた魔女の含んだ笑みと言葉が、チラリと脳裏を一瞬だけ過ぎった。
「魔女の中で最も特出しているだろう彼女でさえよりもなお、才能だけなら格上です。――まあ、たとえそうであっても永遠に持ち腐れでしょうが」
まるで「永遠に腐らせてやる」とでも言いたげな含みを感じ取る。
「――有体に言えば、生命の中でもとりわけ男を意のままに操るに長けているのです」
「ハッ、それで半分かよ」
「面白いですよね。……だからこそ、よりお兄ちゃんに執着するわけです」
――近縁かよ。
「そのせいで、お姉ちゃんから胎を奪って、私を産んだのですよ。あのクソ女」
――――。
「ですが、残念ながらお姉ちゃんはクソ女を赦しました。……なので仕方なく、追放に留めるしかありませんでした。あのクソ女は、あなたが生まれるためのきっかけとなる恩人ではありますが、同時にお姉ちゃんをあの状態にまで追い込んだ元凶なのです」
「――――」
「ご理解頂けますと幸いです――意味、分かりますよね」
――クソ面倒な……。
「……興味ねェぜ」
「それは朗報ですね。心置きなく楽しめそうです」
「クソくだらねェ」
「あなたにとってはそうでしょう……理解します」
なんだ、その憐れむような雰囲気は……クソうぜぇなオイ!
「まあ今は仕方がありません」
「……今も後もあるかよ」
「そうですね。今はそれもいいでしょう」
「聞けよ、オイ」
巻き込む気満々かよ、オイ……。
「ハッ、意義より私怨かよ」
「何を当たり前のことを」
平然と禁忌を綱渡りしやがるな、コイツ。……イカレやがって。
「むしろ私は必要十分以上に最善を尽くしていると、ありとあらゆる絶賛を尽くしてほしいくらいですね」
「テメェの私怨のついでにか?」
「そうともいえるでしょう」
ふふふ、と含み笑いで鈴蘭がやたらと上機嫌に言った。
「過ぎてしまったことは嘆いても仕方がありません。大事なのはここからですので」
「……オレ様は協力しねェぞ」
「問題ありません、どうせ――」
――協力せざるを得なくなりますので。
鈴蘭が絶対的な何かを確信したように、かなり不吉な予測を零してこの話は終わった。