神の家
「……なんだこのオンボロ屋敷」
『えーん、ひどーい』
正当な感想を聞き、神がいかにもなわざとらしい泣き真似をした。
……くだらねぇ。誰が騙されるかよ。
「主よ、古きは調和に良きものです」
「玄人のみに通づる風情と趣きでござる故に」
『え、そうかなぁ? ……うんうん。言われてみれば、そうだよね!』
「うむ……」
「主の御心のままに……」
アホどもが自ら引っ掛かりにいった……アホらし。
「築……何世紀前でしたっけ」
『私のひいひいひいひい……うーん。何度もリフォームしてるからなあ』
「拙者よりは年上でござるな」
「主よ、私よりもです」
――魔女に年齢なんて野暮な話だ。こいつらに寿命は無い。この次元では。人の姿形をした別次元の生物だからだ。
魔女どもは確かにこの次元の人から産まれるが、産み人と同じ次元で産まれることのない存在でもある。
視ればこいつらがこの次元に存在し始めてからの大体の月日は分かるだろうが――基本、そんなものは魔女にとってはあまり意味の無いものだ。人で例えれば、どこぞでの滞在歴確認と変わんねぇからな。
そんなことを考え、思わず胡乱な目つきでアホどもを見てしまった。
『ところで。どうして入らないの?』
「鍵を失くしたからです、ぼうたんが」
「かたじけなし……」
『そっかぁ。なら仕方ないかぁ』
「主よ、吟味して買った駅弁が冷めそうです」
『ええっ! 大変! 早く食べなくちゃ!』
などと、実に能天気でアホなやり取りを雁首揃えてしていると――がらら、と音を立てながら目の前の木戸が突如として開き、そこからいかにも怪訝そうな顔でこちらを窺う様子の青年がゆっくりと顔を出した。
ちょうどアホどもが玄関前に手際よく敷物を設置し、弁当を取り出そうとしているところであった。
「……君たち、そこで何してるの」
「あ、お兄ちゃん。ただいま帰りました」
「うん、おかえり……じゃなくて!」
青年の視線がアホどもに向く。
真っ先に目が合った守り人が、アホな方向に察した顔で当然のように告げた。
「シャナラでござる」
「この度はお邪魔致しております。では早速、頂きましょう」
「待て待て待て」
もぐもぐもぐ。……ふーん。
「だめですよ。ちゃんと食べる前に頂きます、をして下さい。郷に入っては郷に従え、ですよ」
「いや……あのね……」
面倒臭ェな……。
「むぐ……頂きます」
『よくできました! えらいえらい!』
……まあまあ美味いな、これ。
「いやいやいや! だから待てって! ここで食べないで! 通行の邪魔だからさ!」
「そういえばそうでした。よく気付きましたね、お兄ちゃん」
「あのさ、最初に気付くことだよ……? 人として」
「この場で純粋な人は、お兄ちゃんだけです」
「――そういえばそうだった! ほらほら早く家に入って! 僕がご近所に恥ずかしいから!」
青年に言われ、神の守り人と青年とで敷物ごと丁寧に運んでくれた。四足のアホは実質戦力外だし、神はそもそも触れられないから手伝えないが……手伝ってる雰囲気だけを適当に味わっていた。
それを横目に少女と共に座ったまま動かなかった。むしろそのまま続けて少女と神に勧められたおかずとやらをバクバク食った。
『――はっ』
「主よ、いかがなされました」
途中で神がマヌケな顔で何かアホなことを閃いたようだった。
『虫よけスプレー忘れてた!』
実体ねェだろうが。アホが。
「それは一大事でござる故に」
「? どうしたの」
「我が主が為、虫よけスプレーの在処をキリキリ吐いて頂きます!」
アホどもが。
「急だね……普通に欲しいって言いなよ……それで? 虫よけスプレーね。うーん、それなら確か……あれ? どこにしまってたっけなあ……あ。そうだそうだ、確か奥の部屋から見て右回廊の――」
そうしてアホどもがアホなやり取りをしているのを横目に、継続して食べ続けてあからさまに手伝う気などさらさらないこちらの様子に気付き、少女も同じだというのに何故だかこのミルローズだけが始終、酸っぱそうな顔で青年に見られていた。
……人の良心とやらは如何ともし難いものだ。無意識の強制がちらほら垣間見える。
「――で。この子だれなの?」
「おともだちです」
「絶対違うよね」
「ちげーよ」
いつの間にやらアホどもが揃って神に付き従い騒ぎながら屋内へ入っていった隙に、青年からこちらを窺いながらの質問がなされたが、問答が面倒で無視した。
すると、代わりに少女が勝手な代弁で適当過ぎることを言って青年を煙に巻こうとした。――が、そのあまりに酷過ぎるでっちあげに思わず口出ししてしまう。
「ほら、違うって言ってるよ」
「深刻な見解の相違ですね……」
こいつもアホかよ。
「なら姉妹でどうでしょう」
「どうでしょうって……」
「今なら母親がお姉ちゃんの特典付きです」
「通販のお買い得セットじゃないんだから……」
…………。
「え。これは何も言わないんだ」
「うるせぇ、クソ人間」
付き合いきれねぇって呆れてただけだ!
「うわ、ダントツで口悪いねこの子」
「様式美、というか仕様です」
『うんうん、かあいいかあいい』
「…………」
何故か、先に戻って来た神になでなでと撫でられるフリをされた。
バカにされてる気がするが、反応するだけ面倒なので好きにやらせる。
「あ、お姉ちゃんになでなでされてます」
「えっ、羨まし……」
……こいつもかよ。アホくさ。
遅れて戻ってきてすぐ、歯軋りする魔女と守り人の突き刺さるような視線をついでに感じながらそう思った。
※おまけ情報※
駅弁は都会で買いました。ご当地。