第23話 手段
「……さん」
真っ暗な視界の中で、誰かが僕を呼んでいる声が聞こえた。
あれ……? 僕は……
「飛鳥さん!」
一体何を……?
「飛鳥さん! 起きてください! 雛香さんが!」
雛香? そうか……僕たちはヘラクと戦って……そうだ! 雛香が!
「……っ!」
意識が一気に覚醒して僕は起き上がった。どうやら僕は倒れていたみたいだ。
ここは僕の家か? ダンジョンから戻って、ここに飛んできたみたいだ。ってそんなことよりも……
「里楽さん! 雛香は!?」
心配そうに僕を覗き込んでいた里楽さんに尋ねる。
「雛香さんも飛鳥さんと一緒に戻ってきました。でも、傷だらけで……!」
里楽さんが泣きそうな声を出しながら答えてくれた。
「雛香はどこ!?」
思い出すのはヘラクと戦って血まみれになっていた雛香の姿。早く助けないと!
「こちらです!」
里楽さんに案内されて、リビングのソファへ向かった。
ソファには痛々しい姿の雛香が横たわっていた。
「あ、お兄……ちゃん。良かった……目が覚めたんだね」
近くに駆け寄った僕に気がついたのか、雛香がうっすらと微笑んだ。
「ああ、雛香が守ってくれたおかげで僕は無事だ!」
そう言って、雛香の手を取る。
冷たい……血を流しすぎたのか? これは急がないと!
「良かった……お兄ちゃんが無事で……」
「ああ、心配するな! 雛香もすぐに治療するからな!」
「うん……」
僕の言葉が聞こえたのか、雛香は軽く頷くと、ゆっくりと目を閉じた。
「雛香!? くそっ!」
どうやら雛香は意識を失ってしまったみたいだ。そもそも今の状態で意識を保っていたのだって奇跡に近いのだ。
「ポーションとかも使ってみたのですが、あまり効果がなくて……」
里楽さんは相変わらず泣きそうな顔をしている。
ポーションなんかじゃ足りない、雛香を回復……いや再生しないと!
ここはまだ僕のダンジョン、支配領域だ。やったことはないけど、きっとできるはず。
雛香の手を掴んだまま、僕は意識を集中する。
人間の再生、そんなことはやったことがない。でも、理論上はできるはずだ!
「頼む!」
目をつむり、祈るように魔力を込める。身体を流れていく魔力が随分と遅く感じてもどかしい。
しかし、それでも僕の魔力は雛香の身体を包み込むことに成功した。
「傷が……塞がっていく」
里楽さんの言葉に目を開くと、確かに雛香の身体にあった傷がだんだんと塞がっていくのがわかった。
冷たかった指先に、体温がゆっくり戻っていく。
「……すー」
やがてすべての傷が塞がり、雛香の呼吸もゆっくりと安定したものに変わった。
「……これで大丈夫だと思う」
一応雛香の身体の外傷はすべて治ったはず。
「雛香さんは眠ってしまったんですか?」
「うん、身体は元通りになったと思うけど、精神はまた別の話だから」
疲れとかも取れているはずだけど、心労はまた別だからね。
「とりあえず、休ませてあげよう。無理をさせちゃったからね」
「そうですね……雛香さん、飛鳥さんが起きるまで安心はできないってずっと気を張っていたみたいでしたから」
「そっか……」
本当に守られちゃったな。僕は雛香の髪を優しく撫でた。
「それで、現状はどうなっている? ヘラクは?」
ソファに寝かせたままの雛香を置いて、僕は里楽さんに尋ねた。
「魔王ヘラクは飛鳥さんたちが離脱した後、追おうとしたようですが、ギリギリでレリアさんと父が間に合って、今も戦闘中です」
里楽さんはモニターに映った現状を示してくれた。
そこには空中戦を繰り広げるレリアと真田さん、そしてヘラクの姿が映っていた。
「よく間に合ったね、僕のダンジョンもなかったのに」
「ミミさんが頑張ってくれたおかげです。戦闘中のところに直接リスポーンさせることはできなかったみたいですが、少し離れたところでリスポーンさせて、そこから飛んでくれたみたいです」
「そっか、裏でそんなことしてくれてたのか」
あの場における僕の支配力は全然残っていなかったけど、それでもなんとか手を尽くしてくれていたみたいだね。
「ええ、さすがにまだ他の冒険者たちは戦闘に参加させられていませんけど」
「それはしょうがないよ。雛香ですらあんな状態になったんだ、他の冒険者たちには無理はさせられないかな」
「ですよね。そうだと思って、急遽ミミさんに頼んで別空間を作ってそちらで戦闘を続行させています」
「あ、そうなんだ。ありがとう、助かる」
そんなことしている場合かよって話ではあるかもだけど、後々のことを考えると、冒険者たちへのフォローも重要だからね。
そう、未来のことだって考える必要がある。
「しかし、2人は……苦戦してそうだね……」
「ええ、魔王はほんとにやっかいですね……」
映像では2人が多くのモンスターに囲まれている様子が映っている。
レリアが魔法を駆使して多くのモンスターを一気に薙ぎ払っているけれど、それよりも多くのモンスターが次々と現れている状態だ。
「このままだと2人のスタミナが尽きる」
ヘラクの方は、召喚するモンスターに任せているから、スタミナは尽きない。
「しかし、冒険者たちは無理ですよ?」
「だよね。僕がヘラクよりも魔素を集められればいいんだけど……」
レベル99の僕と同じくらいとか、今から戻ったところで取り戻すのは大変だろう。
でも、このままじゃジリ貧だ……
「なにか……考えないと……」
例えばミミに頼むとか……いや、それは駄目だ。確かに戦力としては強力だけど、それこそ絡め取られたりしたらそれこそ終わりだ。
でも他に……
「……お兄ちゃん」
悩んでいると、雛香が目を覚ましてゆっくりと起き上がった。
「雛香! 大丈夫か!?」
「うん、身体はバッチリ……だけど……」
なんとかゆっくりソファに座った雛香だけど、心なしか顔色が悪い。
「ああ、ゆっくり休め、あとはこっちでなんとかするからさ」
今の雛香をもう一度戦場に出すわけにはいかない。戦力的に重要だってわかってはいるけど、僕の心がもう無理だ。
「……でもね……お兄ちゃん……雛香、考えたことがあるんだけど……」
「うん? なんだ?」
雛香は僕の目をまっすぐに見つめてくる。
いつもと違って真剣な表情。僕はそれを見て嫌な予感がした。
「雛香の力をお兄ちゃんに返すことって……できないかな?」
雛香の突然の提案に、僕は驚いて目を見開くことしかできなかった。




