第22話 守るために
「いくよ! お兄ちゃん!」
「ああ!」
雛香が剣を構えて、魔王ヘラクに立ち向かう。
僕も魔力を練って最大限の支援を雛香へ送る。
「ほう? ただの蝿にしては少しはやるようだな」
僕の支援も相まった雛香の動きに、ヘラクも少しは脅威を感じたのか、警戒したように離れた。
「少し遊んでやろう」
ヘラクがさっきと同じように空を飛ぶモンスターを召喚して雛香へ向かわせる。
さらに僕を狙うようにして触手を数本、僕へ向けて伸ばしてくる。
「はぁっ!」
僕を守るようにして、雛香がヘラクの触手に立ち向かっていく。
ヘラクが召喚した無数の触手を一本一本切り裂いていく。
「まだまだ、こんなものじゃないよ!」
これが修行の成果だとばかりに、雛香は笑顔を浮かべたまま向かってくる触手を切り裂いていく。
いける、これならいけるぞ。
もちろん、ヘラクを倒すなんて夢のようなことは言わない。
僕らが目指すのは、あくまでもレリアたちが返ってくるまでの時間稼ぎだ。
ヘラクが油断しているのも好都合、きっとレリアたちはすぐに帰ってくるはず……
「なるほど、ダンジョンというのはここまで強力な力なのか」
僕を守りつつ、モンスターを蹴散らしていく雛香の動きを見て、ヘラクが感心したように呟くのが聞こえた。
そしてヘラクの目が僕を捉えた。
「しかし、それならば使い手を抑えてしまえばいいだけのことだ」
ヘラクがそう言った瞬間、僕の身体からなにかが抜けていくような感覚がした。
「なにが……!」
ヘラクは何をした!?
わからずに戸惑っていると、雛香が急にふらついた。
「わっ!」
その隙をついたようにモンスターが雛香を攻撃し、肩のあたりに傷を負わせた。
……えっ? 傷?
「どうして……あっ!」
気がついた。ここのフィールドのダンジョン化が溶けかけている。
ヘラクがにやりとした表情で僕を見てきた。
思わずぞっとして僕は目をそらした。
さっきのは僕の周りの魔素をヘラクが吸い上げたのか!
ギリギリ飛べているからまだ僕の影響力が残っているけど、雛香に対するダンジョン化の恩恵はほとんど残っていない。僕の強化もほとんど消えている。
「もう一度……」
消えてしまったのならもう一度、集めればいい、そう思って魔力を集めようとした。
「させるわけがなかろう」
駄目だ、周囲の魔素は強力な勢いでヘラクが吸い上げていく。僕に入ってくる魔素は微々たるものだ。
これはまずい、非常にまずいぞ。
だって今の雛香は傷を負ったらそのまま、痛みも感じるし、最悪……
きっとレリアたちが帰ってこないのも、僕のダンジョン化が薄れてきているせいで、うまく入場できないのかもしれない。
「雛香! 逃げるぞ!」
このままではやられる、撤退しないと!
思わず雛香に向かって叫んだ。
しかし、返ってきたのは予想外の返事だった。
「お兄ちゃん! 違う!」
「違う?」
一体何が……
思わず、魔力を集めるのを止めて、呆然と雛香を見た。
「私の役目はお兄ちゃんを守ることなんだよ!」
いったい雛香は何を言いたいんだ?
だから僕は雛香の強化を……
「……!」
ほんの一瞬、雛香が僕の方を向いた。
目が合う。長い付き合いだ。
その目には強い意志が宿っている。
「そういうことかよ……」
わかりたくない。でもわかってしまった。
つまり、雛香はこう言っているのだ。
「自分を置いて逃げろってか……」
時間は自分が稼ぐ、だから今は逃げろと、雛香を置いて……
「うぐっ!」
大勢のモンスターに囲まれながらも必死で戦う雛香、正直、もうなぶり殺しに近いレベルで痛めつけられている。
そうか、ヘラクが自分で雛香を攻撃しないのも、きっと僕にそれを見せつけるためだったんだろう。
少しずつ削られていく雛香。それを見て僕は……
「わかったよ」
僕も決意を固めた。
そうして僕は、魔力を込める。ヘラクとの取り合いのせいなのか、うまく集まらない。
「ほう? 1人で逃げるつもりか?」
僕の行動に気がついたのか、ヘラクが動き出した。
「やらせな……くっ!」
雛香もヘラクを止めようとしたが、モンスターに囲まれている状況ではそれもできない。
「お兄ちゃん……!」
雛香が僕を見る、そして僕もそれに返した。
「これで終わりだ」
迫ってきたヘラクが一本の太い触手を僕へ向けて伸ばす。
それが当たる直前……僕は目を閉じて、力を抜いた。
次の瞬間、身体が強烈な風を受けた。
「何!?」
ヘラクの驚いたような声が上から聞こえた。
そう、上からだ。
ごぉおおおおお、という強烈な音。僕は今重力に従って落下していた。
目を開こうとしたけれど、一瞬のうちにまた目を閉じてしまった。
強烈な風に目を開けていられなかった。
でも、確信できた。
風に抵抗を受けながらも、僕は必死で手を伸ばす。
相変わらず、風の音がうるさくて聞こえない。普段はわかる気配だって、今は全然わからない。
でも、大丈夫、信じている。あいつはきっとそこにいるはずだ。
そうして、僕の手がなにかに触れた。
ぎゅっと握りしめる温かい手の感触。
そうして、僕は溜めていた魔力を開放した。




