第31話 ボスの正体は
「これは本格的にやばい事態かもしれないのよ」
僕らの眼の前にあるのは、変わり果ててしまった五重の塔。
規則正しく並んでいた屋根は何重にも捻れ黒く変色し、さらに塔を渦巻くように紫色の煙が漂っている。
しかも、それだけではなく、
「なんかとんでもない妖気を感じる」
ここまで来たらもう分かる。なにかとんでもないやつがこの中にいる。前世でもここまでの魔素を持っている相手なんてほとんど見たことがないぞ。
「ちょっと、怖いです」
結衣ちゃんも震えている。
「2人とも、絶対に結界の中から出ちゃ駄目なのよ」
雪乃さんが振り返って忠告してくる。
「えっと、私はどうします?」
僕らは基本的に結界の中にいればいいけれど、ミミは直接戦う可能性が高い。
「えっと、それならミミちゃん用に個人結界を貼るのよ」
そう言って、雪乃さんはミミの身体に触れる。
「冷たっ!」
「我慢するのよ」
ミミの身体を雪乃さんの妖気が覆っていく。
「これで相手の妖気も弾けるようになるはずなのよ」
「ありがとうございます」
ミミを起点とした結界を張ったってことかな。これで、万が一僕からの供給が途絶えてしまっても大丈夫か。
「ついでに皆にも貼っておくのよ」
雪乃さんが、僕や結衣ちゃんにも触れてる。ミミと同じように雪乃さんの妖気に覆われた。
これで、雪乃さんを中心とした範囲結界と、個人用の結界の二重になった。
「さぁ、これで大丈夫なのよ。行きましょう」
「はい」
古く重苦しい扉がギギギと音を立てて開いていく。
中が見えて……
「えっ?」
それは森の中だった。
「建物の中に入ったはずですよね?」
「うん、そのはずだけど……」
振り返っても森。扉の中にも森がある。当然建物を貫通しているわけではない。
「空間が完全に捻れているのよ。こんな大規模な術を使うなんて……」
「……多分ですが、飛鳥様のスキルを応用したんじゃないかと……」
あー、そういうことか……基本的に僕のスキルによって内装は自由に変えられる。そういう風になっている。
土台は整えてあるから、それを応用すればそこまで難しいことじゃない……のか? いや、わからん。こんなの初めてのことだよ。
「ともかく、相手は術に長けている可能性が高いのよ。気を付けて……むっ! 何か来るのよ!」
雪乃さんが警戒するように森の奥を睨む。
そちらの方から巨大な妖気を持った何かが近づいてくる。
ゆっくり、ゆっくりと。余裕を持った歩み。
「……人?」
そして姿を見せたのは、どこにでもいそうな老人だった。
「これはこれは。わざわざ、こんなところまでお越しいただき感謝しかない」
老人は朗らかに微笑む。あまりにも場違い過ぎて毒気を抜かれそうになるが。
「明らかに人じゃない」
だから僕らの警戒が緩むことはもちろんない。
「あなた何者なのよ」
雪乃さんが手を構えながら聞く。明らかに怪しい人間の登場に雪乃さんの警戒もマックスだ。
「儂か? 儂はなんでもない。ただの時代に置き去りにされた残党に過ぎない」
「……人間との戦いの生き残りなのよ?」
「あぁ、人間。忌々しい人間。もう少し。もう少しで世界は儂らのものになったというのに」
老人は昔を思い返すように天を見上げる。
「あなたはまだあの時に囚われているのね。とっくに戦いは終わったというのに」
呟くように雪乃さんが言った。
「囚われている? 終わった? 否! 戦いはまだ終わっていない! なぜならば儂が生きている!」
老人が叫んだ。それと同時に、叩きつけられるような妖気が飛んでくる。
危なかった。雪乃さんの結界がなかったら気を失ってたかも知れない。それほどまでのすごい圧力だった。
「時代は儂を求めている! その邪魔は誰にもさせはしない!」
老人から吹き出る真っ黒な妖気が何かの形をなしていく。同時に、老人の身体そのものも、ぐにゃぐにゃと形を変えていった。
「気を付けて! 元の姿に戻るのよ!」
黒い妖気が四足歩行の獣の形になっていく。
「をおおおおおおおお!」
それが叫び声を上げると同時に、黒い妖気が晴れてその形だけが残った。
「……あれは……何?」
「気持ち悪いです」
それは僕が知るどんな生き物とも違っていた。
一見すると、黄色に黒い縦縞が入った虎のようにも見える。しかし、その顔は虎のそれではなく、真っ赤でどちらかというと人の顔に近い。さらに、細く長く伸びた尻尾の先には口と目のような物がついている。
「やっぱり鵺なのよ!」
鵺……聞いたことがある。
『鵺は虎の身体に猿の頭、蛇が尻尾の妖怪です』
ミミの声が聞こえた。どうやらすぐに調べてくれたみたいだ。
「ヒョー!」
鵺はその姿には似つかわしくない、言ってしまえばどこか力のない鳴き声を上げた。
しかし、それに呼応したように辺りが暗くなっていく。
『鵺は雷や夜の闇を支配する力を持つとされています』
周りが見えないほどの暗闇に包まれるまでそう時間はかからなかった。
「ヒョー!」
そんな中に、あの不気味な鳴き声だけが響いていた。