第18話 囮作戦
「飛鳥さん、ピグマリオンって知ってますか?」
雛香に相談した後に、里楽さんを呼び出し、現状について話したところそんな言葉が返ってきた。
「あー、えっと、前にも言ってたよね」
前に一緒にゲームをやった時もそんな事を言っていた気がする。えーっと……
「好きになる対象はどんなものでもありえる……だっけ?」
そんな感じのことを里楽さんが言っていた気がする。
「ええ、その通りです。前はVTuberが好きの対象になりえるという話がメインでしたが、もう少しきちんとお話した方が良いでしょう」
そう言って里楽さんが話してくれたのは、とある神話だった。
現実の女性に失望していたピグマリオンという男は自分の理想となる女性を彫刻した。その男はあろうことか、その彫刻に恋をしてしまった。
話しかけたり、食事を用意したり。もちろん、反応はない。
だから、ピグマリオンは彼女が人間になることを願った。
それを神様が叶えてくれた話。
「さて、飛鳥さん。何か思うことはないですか?」
「あー、うん。思うところはいっぱいあるね……」
今の僕の状況と違うような、合っているような……
言うまでもなく、ミミは創造物だ。僕に作られた存在。
「つまり、飛鳥さんがミミさんに恋を抱いたとしても、何も変なことはないという話ですね」
神話ですらそんな話があるのですから、と里楽さん。
「……それはまた別の話だけどね」
まだそこは確定しなくていいと思うんだよね。まぁ、ミミが大切な存在ってことは否定はしないけれど。
その好きがどんな種類なのかってこと重要だと思うんだ。
「まぁ、今回は創造物側の気持ち……ミミさんの気持ちも大切ですし、そちらを確認することも重要でしょうね」
「そうそう、それについて話をしたくて」
ようやく話が戻ってき……
「まぁ、言いたかったのは、その上で、飛鳥さんがどんな道を選んだとしても私は……いえ、私たちは決して否定しないということです」
「あ、うん! 雛香もお兄ちゃんの味方だからね!」
あー、なんだろうなぁ……ありがたいんだけど……
僕が揺れているってことが完全に理解されてて、若干恥ずかしいんだけど。
「こほん、とりあえず、話を戻すとだね。黒ミミへの対策を練ろうってことなんだよ」
ようやく、本当に本題について話せる。
「前までは正体もわからなかったら、雛香に漠然と探してもらうしかないけど、その正体がミミの一部だってことなら、話は変わってくる」
それに、推定僕への恋心が大きな原動力ってなっているならやれることもある。
「雛香としては、こう、お兄ちゃんを賭けてもう一回勝負だ! でもいいんだけど」
雛香、それ絶対負けること考えてないだろ。絶対駄目だぞそんなこと。
「僕としては、きちんと僕自身が向き合って話し合う必要があると思うんだよ」
雛香を通じてではなく、ちゃんと僕が対話する必要がある。
「……つまり、飛鳥さんとしては、自分を餌にして呼び寄せるって考えていますか?」
「そんな感じ」
推定……もういいか、僕の恋心が原因だったとしたら、僕自身が行けば会いに来てくれるんじゃないか? って話。
「もちろん、僕自身はダンジョン空間に入ることはできないけど、現実をダンジョン化した場所なら入れるからね」
前にゴーストタウンをダンジョン化した時みたいに。というか、今もこの家は一応ダンジョン化してあるか。
「えー、でもお兄ちゃん一人で大丈夫なの? あのミミちゃん、めちゃくちゃ強かったよ!」
「そりゃな、ミミが強いのなんて百も承知だよ。戦闘になったら絶対に勝てないよ」
僕には戦闘能力なんて皆無なんだから、そもそも雛香でさえ無理だったんだから、僕なんて相手にならない。
もちろん、ダンジョンを操作して、抵抗はするけど、それだってどこまでできるか……
それでも、僕がやらないと駄目なことだと思うから。
「私としては、飛鳥さんの覚悟が決まっているならばいいと思いますが、しかし、1つ考慮しないといけない点がありますよね」
「考慮する点?」
なんだろ?
「そもそも、恋心が原因だとするならば、なぜ他の冒険者の妨害なんてしているのでしょう? そんなことすれば飛鳥さんの不興を買うことになるのは明確ですのに」
あー、それかぁ……
「えっとだね……僕もそれについて少し考えて、これじゃないか! っていうのが思い当たったんだけど」
「それはどういう理由でしょう?」
ちらっと雛香の方を見る。
「うん? 何? お兄ちゃん」
ちょっと言いづらいな……まぁ、でも推測だしね。
「端的に言って、あの黒ミミは雛香の真似をしているんじゃないかってね」
「えっ? 雛香のマネ?」
「……なるほど」
僕の答えに2人は対照的な反応をしてきた。
「えー、お兄ちゃん、いくら雛香でも他の冒険者さんに手を出したりはしないよ!」
ぷりぷりと怒る雛香。だけど、そうじゃないんだよ。
「えっとだな、前に雛香は、僕の事を考えすぎて暴走してたよな?」
僕と仲良くする里楽さんに嫉妬をして、自分だってできるんだぞって、役立つところをみせようとした時のこと。
「あの状況がまったくそのまま、ミミと雛香になったんじゃないかと」
つまり、ミミは雛香に嫉妬をした。それで、自分が雛香よりも役に立つというのを見せたくて……
雛香のことを倒そうとしなかったのも戦闘を見せつけたかったって理由からかなと。
「雛香さんの特徴は戦闘。雛香さんよりも強い……というのが役立つの定義となってしまったわけですね」
「そんな感じ」
雛香と言えば、戦闘の強さ。それと比べて自分も役に立つって考えになると、そうなるんじゃないかと。
随分と直接的だけど。
「多分、だけど、あの黒ミミって考える力はそこまで高くないんじゃないかと思うんだよね」
そもそもが本体から切り離された一部のはずだし、短絡的になっていてもなにもおかしくないと思う。
「まぁ、あくまでも推測だけど」
推測続きで嫌になっちゃうけど、こればっかりは本人に会って確かめるしかないことだからね。
「わかりました。その点について考えられているのであれば私も反対はしません」
こうして、僕自身を囮にする作戦を実行することが決まった。
「ところで、里楽さん、ピグマリオンの話だけど……ひょっとして、前に一緒にゲームやった時からミミの気持ちとかなんとなく察していた感じ?」
今思えば、随分と唐突な話の切り替えだったように思うし。そう考えると納得がいくんだけど。
「……言いましたよね。調べておくといいって」
確かにあの時ちゃんと調べておいたら何か変わったのか? 少なくとも、何か思うところはあったかもしれない。
「飛鳥さんは、随分と鈍感な部分がありますからね。次からはもう少し直接的に言うとしますよ」
鈍感ってところを否定したいけど、何も言い返せねぇ。
「……それはありがたいねぇ」
結局お礼を言うしかできなかった。