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お母さんには似合わない天使

作者: ろるばれも

お父さんの会社にいつもいるお姉さん。平たく言って、浮気相手のお姉さんからメールデータを譲り受けた。お母さんからはたたき割れと怒鳴られたが、単純にこの人の甲高い声が気に入らないのでお土産の方を優先する。

生存本能のままに、でろでろに溶けた地面を突き破ると天国に着くんだ。

目を掻きながらエジャが「ここまで退いてきちゃったね。債務だけが残っているのに、きみはここを天国と名乗らせるの」と、後悔ぎみに当たってくるのに、

「お母さんがここに送ってくれたんだもん」

私は満員電車の車窓から顔だけ出して見送ってくれた母にも責を少しなすりつけた。

猫をかぶるのはうまい。母を騙してここまで連れてくるのはさぞ可笑しい格好だろうな、とそう思いたいのに、バカ正直に「受験頑張ってね」とロクに化粧もしなくなった顔で久しぶりに笑う肉親を見て、どうしてこんな人なんだ?あんたは。とイライラすることしか頭には浮かばなかった。

地球の中には天使の街があって、裁判所があって、生存欲に負けた天使を毎夜天国に更迭している。そしてお父さんは食欲に目覚めて共食いを起こし、それ以来会っていない……生殖作業については友達の親グループ内でも異常に執着するとは感じたが、食べてしまいたいくらい興味があるとは。友達のお父さんは、浮気も知らなかったのにその上奥さんを呑み込まれ、ショックで寝込んでしまった。自殺しないだけ友達も助かったのかな。

「父の日だってのに、主役がいないんじゃあ張り合い無いでしょ。お母さんも今日は残業あるっていうし。あんたも。満天の星に照らされる檻ならきれいかな、って言ったじゃん。」

「帰ってくるめどのない人に、そうまで付き合ってやれる気持ち分かんないけど」

ツンツン気味の友達だけど、こいつも欲求不満がある。探究心というか、暴いてやりたいという気持ちが強いんだよね。

実は自分は、比喩じゃなくそういう人たちの、ガス抜き不全みたいな状態が分かる。そういう匂いを受け取る器官が生まれつき変異していたらしい。珍しいが、四つ葉のクローバー並みの浸透度。いわゆる「才能」だった。

エジャは気づいてないけど、今はここだけの話。進んでこちらから差し出せば、万一しくじってもエジャだけ生け贄にできる。お父さんに会う保険として、欲をさすってやった。

「教科書どおりの醜悪さだよ。もっぱら星をながめるしか頭にないんだね」

歩いている途中にはいくつも、生命が怒濤に渦巻く湖を見た。彼らはここからよほど出たいらしい。たとえ湖からすくってやっても、恥も外聞も無く、己の欲望をさらけ出しているのでは、厳格で命令式にまみれた外気に触ったとたんに蒸発する。

「これじゃあ、いくら大天使といえど、私のお父さんも刑期満了で死んじゃうね」

「きみのご両親はうちの区画の役員だったろ。才能にあふれて、順当につかみ取った地位なのに……」

もったいないことをした、君の家にはほんとうに良くしてもらったのに、恩がどう、礼節がこう、とか話すのに相打ってやりながら、私たちは檻にむかった。1,000度の空気が、シャンプーしたての髪に心地いい。勉強を終えた後の風呂上がりは何度やっても変わらず、たまらなく快感だ……。


しばらく歩いて檻に着く。サンダルと足の裏が汗ばんでじゅぐじゅぐといっている。

そして、天の川に向かってゆるゆると伸びた柱をいくつも見た。檻をまるごと飲み込んで、大樹みたいに膨れ上がった人たちもいた。昔、職場で先輩の体をまさぐって捕まったという、ご近所のおばさん一家もこのブロックに留置されてたハズ。ひょっとしたらこの木だったりして?

「余計なお世話。見たままの姿が彼ら彼女らなんだから、罪人にお節介焼かないで」

「新作のエロ本置いてくだけだって」

ちょっとおぼろげな頃の記憶通りなら、毎月コンビニに並ぶ「月刊シリコーン」がおばさんたちのお気に入り。絵柄はアナログでくどい内容だけど、ギャグものも載っていて、お使いから帰りながら読んでいた。マウイ棒はもうお釣りで買えなくなったな。

暫定ご近所さんの隣にお父さんの檻はあった。

「おじさん、天体観測ついで、挨拶に参りましたよ」

背中の四枚羽根は惨めに焼け落ちていたし、銀髪が尻まで伸びている。これが後2年もすれば、周りと同じような背丈まで成長する。口はもちろんきけなくなる。それがお父さんだという証拠は、檻の位置を除いて、何一つ無くなる。それなのに、

「ありがとう!久しぶりの娘とお友達だものね。もらうばっかりでなんだから、ぼろでも受け取ってよ」

お父さんは屈託無く笑いながら、手編みのセーターを手渡し、お茶を無から汲みだしてみせた。

「これ、差し入れのチョコ。バレンタインは申請通んなかったでしょ。知らないと思うけど、今日父の日だし、下のターミナルの地盤の緩さには、前から目つけてたんだよね」

「あそこは頻繁に雨漏りしてたしな。それでも、固有魔法で鉄板くらい貫けるようになったんだなぁ。死ぬほど教師を見下していた頃のお前がこうも……」

よよよ、と大げさに眉間をつまんで懐かしさの方に浸っている。正直、魔法には面白みを感じないし、私に「才能」があると知ったらびっくりするだろうな。就職戦争に巻き込まれる心配はほぼ無いんだよね。

「でも、試験に受かっても、私のスーツ姿は見られないんだね」

「その割には悲壮感あまりないじゃないです?」エジャはもうもらったお菓子を頬張りつくしている。

ここの人達の欲求がたとえ分かったところで、更生する手段は無い。ある日予測もつかず、本能が爆発するんだ。ただし自分にとってはそれがきっかけには良かったな。両親は父の悪い物心が付く前から妙に敬遠し合い、一種の惰性で保たれていた。

子供の頃はまだどっちも人なりに好きだったけど、いい加減その関係が邪魔くさかった。まぁ、これで母の扶養の類いには多少法的にヒビが入ったので、私こそサイアクなのは認めるけど。

「また来るよ。出来れば正月に、今度は正規の手段で」

「おじさん、お菓子ありがとうございます。当分、家族も食べていけます」

忘れてた。同じ地区に住んでるけど、エジャん家はスラム街に位置する。お菓子みたいな贅沢品は高く買い取られるので、ウチと先祖からの付き合いがある彼女を釣ってきた。

「再来年は大学卒業だろ?父さんがしょっ引かれても、コネは用意してあるから、いざとなったら遠慮無く役所に飛び込みなさい。天使は義理が堅いからね!」

そのコネは遠慮無く蹴らせてもらおう。悲しいけど、仕事が決まる頃には物言わぬ木と化している。吉報が耳に入らないのは本当に、……ちょっぴり残念かな。

「学寮の門限近いぞ、早く帰ろう。」

ガバガバの看守と職員だからね、そこまで焦ることないよ。

帰る道すがら、赤黒くぬめぬめと光る湖が群れをなしていた。大樹を、ごぶり、ごぶりと飲み込んでいるその口から、数年前にニュースで見た、国会議員たちの顔がのぞいていた。


数年後。もくろみ通りに法務省の事務管轄に就いた私は、おやつを頬張りながら、目の前の囚人候補たちを目利きで流していた。先日、エジャの一家と周り数軒が集団自決を図った。そして、

「■■自治区、会社員……、生存本能を起こしました、エジャ、です……」

右腕が飛んで顔も包帯ぐるぐるだけど、彼女。

ここで勤めて色々な人たちを選別してきて、実際百発百中の敏腕ウーマンの私が、唯一見極められなかった奴。

「あのときの好奇心、生物学者的なものと思ったけど。哲学?生き方?だったってこと」

よくわかんないんだけど、と付け加えて、生き残ってしまった彼女を見送った。それから、忙しいけど今夜は珍しく、私も食事の付き合いにお呼ばれした。

もっとも、学者という人種もれっきとした犯罪者である。学校で学んだことで満足できない、国家転覆予備軍と呼ばれる。地球の中心に創られたこのコロニー群は、旧時代の大絶滅から逃げ延びた、当時の「新人類」が建造したらしい。今は天の使いと名乗って、地上(コロニーの言い分なら地下)の、死にきれずかろうじて適応した人たちに大きい顔をしている。

今年度、出生率は0.5を切った。コロニーも2つほど、消滅集落に認定された。私たちの自治区は、鑑みて今後さらに施策に乗り出すみたいだ。そんなことしなくてもなぁ、とつぶやくと、晩餐の席に座った市長は突然、「むしゃあ」自分の羽を貪り始めた。また選挙の準備依頼が舞い込んでくるな。舞い散る羽根を眺めて思った。


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