9.牛串うめ~!
カルワルナでは現在、目前に控えた春祭りに向けて、町中でその準備が行われていた。
普段は静かな住宅街もお祭りならば例外だ。住人は自身の家を飾り付けており、暗がりなどこの時期に限っては室内や地下でもない限り存在しないほどであった。
早いところでは既に屋台が出ており、先入りした観光客や小休憩している住民で少し賑わっていた。
「売店もそうだったけど、町の活気が凄いな。」
「ここまで規模の大きなお祭りとは想像していませんでした。」
四人組の学生が近くの屋台で買った牛串を食べながら歩いている。
「俺は何回か大会とかの方に連れてきて貰ったが、町のほうがこんなに活気だってたとは知らなかった。」
「へぇー、自由行動も出来なかったのか?」
「いいや、学生同士の試合の方に興味があったから、そっちばっか見ていただけだ。」
「恥じることは無いぞ。人含め生物は分かりやすいほうに靡くものだ。」
今日は休日。アルマスとイグテス、アデケイラ、ケテルは町を散策していた。現在時刻は朝の11時、もう三時間は歩きっぱなしだ。
「それはそうとお前らこの祭りの成り立ちを知っているか?」
ケテルは三人に問い掛けた。
「冬を越したことを祝い、作物が良く育つように願うというものだったと記憶しています。」
イグテスは即答する。
「流石、概ね正解だ。ちなみに越冬を祝う祭りと作物が育つのを願う祭りのルーツは別らしい。
越冬についてだが、現代の都市部ではあまり意識されないが、冬は死の季節。越冬は想像よりも厳しいものだったらしい。食物連鎖によってではなく、ただただ自然に淘汰される。村が死ぬなんてこともざらにあったらしい。そんな中で生き残れたなら喜びたくもなるだろう。そんな喜びが年々大きくなって祭りに発展したという。
そして、作物が良く育つように願うというのは太陽信仰から来ている要素であると言われている。昔、人は太陽に神を見た。万物に熱、光を通して力を与えるそれは正しく神と言っても過言ではないだろう。春は誕生の季節。昔は生まれた生命に祝福を与えてやって欲しいという神への願いを祭儀として行っていたという。
結果、同時期に行われる祭りは気が付けば一緒になっていたという訳さ。」
ケテルの解説に三人はケテルは物知りだなと思った。
「根拠のない予想だが、この祭りには魔法的効果もあるのか?」
アデケイラがそう言うとケテルは頷いた。
「無事に冬を越えれれば、盛大に祭りを行える。これをひっくり返して、盛大に祭りを行えば、無事に冬を越えれるって感じにしているってことか?」
アルマスがケテルに聞く。
「そういう事。ひっくり返すのは普通は無理だが、魔法は代価さえ払えれば無法だから無視できるし、伝統的なものだから再現もしやすい。この手法が広がってから越冬が若干楽になったとかならなかったとか。」
ケテルはそこら辺に詳しいのは公爵家の跡継ぎとして育てられているからなのだろう。
「一旦その話は置いておこう。少し早いが飯にしないか?混む前にすましておいたほうが楽だろう。」
丁度レストランの前を通りかかったのでアデケイラの言う通り、四人は昼食にすることにした。
レストランの内装もお祭りに向けて装飾されているようで普段は厳かな雰囲気があると評判だが、この期間に限ってはとても楽しそうで賑やかな感じだ。
「席は空いてるが意外と人がいるな。」
アルマスは周囲を見渡して言う。
「服装からするに内装の作業員に早めの昼休憩を与えているところだろう。」
アデケイラはメニューを見ながら言う。様子を見るに何を頼むべきかと迷っているらしい。普段は厳かな雰囲気のレストランであるが値段は対照的にかなり安いため、値段で困っているわけではないようだ。
「そんな迷うことあるか?」
アルマスとイグテスもメニューを見る。するとそこには彼らが知らない名前のメニューが大量に広がっていた。
(カルボナーラ?マルゲリータ?トマトジュースはわかる。唐揚げも、わかる。イグテス、これわかる?)
(すいません、わかりません。取り敢えず、無難にわかるやつを頼みますか?)
(いや、ここは聞こう。)
「ケテルおすすめとかあるか?」
アルマスは既にメニューを決めたケテルに聞いた。
「おすすめか。お前ら、肉とかジャンクフード好きだったよな。だったらステーキとかハンバーグ、唐揚げとかがおすすめだぞ。あと、ピザとかも」
「へぇー、じゃあ、聞いたことないしピザとかにしてみるか。」
「俺はステーキを頼む。」
「私は万が一のことも考えて唐揚げ定食にしときます。」
イグテスはアルマスがピザが苦手だった時ように安定策を取った。
ケテルは三人の注文をきき、店員に自分のも含めてそれを頼んだ。
「お前は何頼んだんだ?」
アルマスはケテルに聞く。
「ああ、俺?火吹きトカゲの尻尾の丸焼き。あの火を吐くような辛さがたまんないだよ。」
「火吹きトカゲとはあの赤い火を吐く害獣のことか?」
アデケイラが外を指さしながらケテルに聞く。
「そうそう、看板に描かれてた奴。」
ケテルは看板のある外を向く。そこには実際に全長は五メートルはあるだろう巨大な赤いトカゲが居た。
「「「は?」」」
「グアアアアァァァー----!!!!」
突如として現れた赤いトカゲは火を吹いて暴れ始める。勿論、唐突過ぎて衛兵などは来ていない。
「イグテ、」
アルマスは咄嗟にイグテスに指示を出そうと呼びかけるが、ことは呼びかけの途中という瞬きの間に終わった。
パンッという音と共にトカゲの頭は高速の物体に貫かれトカゲは絶命した。
「様子からして、狩ってもいいと判断したが問題なかったか?」
アデケイラは三人に聞く。よく見るとアデケイラに置かれていたナイフが一つ無くなっていた。
「お、おう、問題ない。よくやった。」
ケテルがそう言うとアデケイラは問題がなかったことに少し安心して、その後当たり前のように食事が運ばれてくるのを待っていた。
(あの音、ナイフ音速超えてたよな?)
(はい、しっかりと超えてました。)
結局、そのあと、衛兵が駆け付け、事情聴取が行われ、食事は冷めてしまうのだが、これはご愁傷様ということで。
◇ ◇ ◇
もう日が暮れて空には月が昇っている頃、アルマス達は学校の売店でぐったりとしていた。
「今日はすまんな。手伝って貰って。」
店長のカザマルは彼らの机にドリンクと軽食を置いた。
「素材が足りないからちょっと採ってきて、とか聞いてないですよ。」
アルマスはドリンクを一気に飲み干し、軽食を平らげ、そうカザマルに言う。
「それはそうだ。事前に予想出来てなかったからな。気が付いたら倉庫が寂しい状況だったんだ。せっかくの掻き入れ時に商品がありませんは悲しいだろ?」
「じゃあ、自分で行けよ。あと、在庫管理くらいしっかりしとけ。」
「在庫管理はしっかりしているぜ。祭りを忘れていただけだ。」
「カレンダーも読めねえのかよ!」
現在、どうしてこうなっているのかという話だが、これはアルマス達がレストランを出た時に遡る。
レストランを出たアルマス達は死骸処理に嫌々駆り出されたカザマルと遭遇した。
カザマルはその時にアルマスとアデケイラに様々な素材の採取を依頼する。勿論、アルマスは断ろうとしたが、面白がったケテルが行こうぜと乗り気になったため、アルマスの抵抗虚しく、彼らは森に向かうことになった。
結果としては大漁だったものの、アルマスからすれば、熊に追いかけられ(不意をついて伸縮剣で眼から脳を貫いて討伐)、蜂の大群に襲われ(イグテスの火炎で焼き殺した)、足を滑らせて川に落ちる(溺れかけました)など散々なものだった。
「アデケイラも手伝ってくれたら良かったのに。サクッと鹿とか熊とか狩ってたじゃん。」
アルマスは恨めしそうに言う。
「人の物を取るのは良くないと教わっているが?」
アデケイラの考えではアルマスの獲物はアルマスの物であり、横やりを入れてはいけないと本気で思っているようだ。
そんな様子にケテルは愉快に笑う。
「アデケイラっていつもズレてるよな。そのせいでほとんどの言葉が嫌味になってるし。」
「そうか。それはすまんな。人の言語を覚えてまだ1年も経っていないのでな。常識が身についていないことが多いが大目に見てくれ。」
「マジか。」
ケテルの感想にアルマスも同意する。
「そういえば、アルマス。頑丈な弓を作ってはくれないか?攻城戦の試合で使いたい。」
アデケイラは話を変えてアルマスに話しかける。
「店長に依頼しないのか?」
「道具作成についてはお前の方が腕がいい。第一頼むしても、オーダーメイドなら依頼までの時間がかなりかかるだろ?」
「おい、本人の前でそれをいうよ。まあ、確かに言う通りだし、知り合いの方も仕事で忙しいからな。」
アデケイラの言葉にアルマスは納得する。
「オッケー、代金は材料費と技術料を貰うぞ。」
アデケイラは問題ないと頷いた。
(イグテス、取り敢えず頑丈なもん洗い出しといてくれ。)
(わかりました。あと、攻城戦の作戦の方はどうしますか?)
(プロクスに大枠は一任する。)
(わかりました。ということは今回はプロクスの本格稼働も視野に入れている感じですか?)
(勿論だ。普通の奴らならともかく、前のロティカやアデケイラ相手には今の装備ではまともに対応も出来ないだろうからな。まあ、あくまでも本選にいけたらの話だが。あと、敢えて言うなら、今日のトカゲの一件とかいう不安要素があるしな。)
(わかりました。調整しときます。)
アルマスはイグテスとの脳内会議を終わらせる。ちなみにこの後、アデケイラのついでに銃を作ってくれというケテルの依頼とカザマルのもう一狩行って来てくれという依頼が飛んできたが、アルマスはきっぱりと断った。
「それにしてもアデケイラに弓か。正直投石の方が強いと思うんだが?」
ケテルがアデケイラに聞く。
「武芸というものに興味が湧いてな。自身に見合った武器が手に入った時のための予行演習はあったほうが良いだろ?」
なるほどとケテルやアルマスは納得した。
雑談をしていたら、いつの間にか店内の人は気が付けば、アルマス達だけになっていた。
それを見計らってカザマルはアルマス達にとある情報を流した。
「今回のお祭りなんだが、少し面倒なことになる可能性があるんだが知ってるか?王子様が来るらしい。」