表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

とりあえず生きたクソな26年と、その後のこと。

私小説です。


私は1983年に生まれた。


北関東連続幼女誘拐殺人事件が起こり、ケイサツの軽率な冤罪で真犯人は捕まらず。

宇都宮病院事件が起こり、医療関係者の聖人説がだだ崩れになり。

佐賀隣人一家殺人事件が起こり、キレやすい大人の存在は当たり前だったのか『キレやすい子ども』程には取り沙汰されず。

ラストダンス殺人事件が起こり、モラハラダメンズと付き合って人生ダメになってしまった女性が男の身体を文字通り腐らせた、

あの1983年生まれです、はい。

ファミコンとディズ○ーランドとチョコパイが同級生。


「2008.6.8 秋葉原無差別殺傷事件」

「1997.6.28逮捕 神戸連続児童殺傷事件」

「西鉄バスジャック事件」

犯人たちはは1982年生まれで、1983年とは関係ないよ?と思いつつ。

1983年生まれで出てきたからしょうがないな。

早生まれの私にとっては同学年で、うわぁと思った記憶がある。

子どもの頃に見たニュースなんてほとんど覚えていないけど、

連続幼女誘拐殺人と酒鬼薔薇聖斗さかきばらせいとだけはテレビの画面ごと覚えてる。

報道機関に「人の死が見たくて見たくてしょうがない」という犯行声明文を送った少年。

悪魔憑きみたいなテレビだかロードショーだかを見たばっかりで、悪魔憑きってこと?と思った。いや、キモいしかないでしょ?こわいよ。自分より小さな子どもの首を切ったあいつがそこら辺にいると思うと、外歩けないってば。

あれ?同学年に多い引きニート製造したの、サカキバラ氏なん?じゃあ不景気引き起こしたのもヤツだね。

14歳の少年が残虐な犯行に及んだとか「心の闇」とか、マスコミがそんな風にある種悲劇の主人公みたいな扱いするからさぁ。調子に乗って本とか出版したんじゃないの?

そこら辺、大人はどう責任取ってくれるん?

反省してたら普通には生きていられないと思うんだけど、今ヤツは、どこで何をしてるんだろうね。


犯罪者は心臓に自爆チップ入れて、次何かやったら死刑ね、って感じにしてくれ。マジで。



私はここまで打ち込んで、上から読み返した。


うん、カオスだね。

だから良いんだ。

読みづらくたっていいじゃない。私小説の冒頭だもの。


呪われた1982-3年の一人の女が、名前がない世代としてどう生きてきて、どう死んでいくのか。

私小説って本当のことを書くんだよね?

じゃあ私にはおあつらえ向きだと思う。

クソみたいなただの日記だなって感じたらゴメンね。回れ右。わんわん。


あーあ、人間は糞袋だって言った、あの私小説家に会ってみたかったな。

彼が死んでしまった時は少しだけ悲しかった。

私が風俗にいた時に来てくれていればよかったのに。

見知らぬ他人が死んだ時、私はそんなに悲しみを感じない。好きな作家が死んでも、少し悲しい、でも仕方がない、そう思うくらい。

なのに、ニュースで子供が死んだのを知ると涙が出る。

昔からそうだった。私はきっと、死んだ子供の中に自分を投影している。

私の中にはいつまでも成長できないでいる子どもがいるんだ。


バブルが弾け、ゆとり教育が始まるまでのあのクソみたいな時代を、私たちは閉鎖的な学校というシステムの中で生きた。教育現場は、世間の縮図だ。


あの頃、いくつもの学級が崩壊したのは自然の成り行きだったと思う。

私がいた教室の教師も一人は辞めて、一人はビクビクしてるなと思ったら来なくなった。登校拒否教師、結構いたと思う。いじめは普通にあって、教師もクソみたいなのが普通にいて、たまにいる良い先生が神様みたいに見えた。


世紀末、ノストラダムス、2000年問題、援助交際にオヤジ狩り、ボックスカーに拉致されるからJKは皆、団子になって歩いて帰ってた。

薬害エイズ、女子高生コンクリート詰め殺人事件。イージートゥダンス、セクシービーム。偽り、上げ底ブーツに白ダウン。

狂っていたし、狂わせられていた私たちの世代。


でも、それよりも2020年から23年までの間に思春期を迎えた子どもの方が、なんだかヤバイ気がするんだよ。私たち以上にやばいニュースや大人を見て育った子どもたちって、どうなっちゃうんだろう?


名前がないというのは、それだけ混沌としていたからだ。それでも今よりまだ少し、マシな大人もいた。

それでも私たちは狂った世代だ。


じゃあ、『今』の子どもたちは?今の大人はクソだらけだよ。あの頃以上にカオスな時代だよ。

今の子どもたちのために、だから私は『私小説』を書くことにしたんだ。


私はくそな母親から生まれ、最底辺を這いつくばって生きてきた。

だから、今、キツい子どもたちと同じか、ちょっと下かちょっと上だ。

中学に普通に行けて、高校に行けて、大学なんて天国みたいな場所に当たり前に行けた、幸せに生きてきたヤツらよりずっと君たちに近い。

私の過去を見たら、ちょっとは溜飲が下がるだろうさ。だからどうか、読んで行ってほしい。


それ以前もなかなか酷いんだけど、まず途方に暮れたのが中学を出たら私には家が無くなったこと。

ホームレス中学生よりはマシだけど。

15歳で契約できたのは国道沿いのラブホテルの隣に立つ安アパート。

自力で進学しても、生活が成り立たずに退学した。


派遣ばかりの求人の中、契約社員と言う名のアルバイトのようなブラックな服屋に就職した。

高額な店服は買い取りだった。

手取り13万からの天引き。支給される交通費の方が高い月もあった。生活なんてできるわけがない。

更には母親の借金返済の仕送りがあったから、夜の仕事を掛け持ちした。最初は違法キャバで、バーテンで、スカウトされて普通のキャバクラ。全部服屋をやりながらだよ?昼間働いて、夜は飲み屋で、あの頃は深夜営業OKだったから明け方まで。

で、身体を壊した。立ち仕事は無理で退社。

そりゃそうだ、って感じじゃない?字面よりきついからね?


で、自分の生活費と、母親と、血の繋がらない母親の夫と、見知らぬ子どもの為の借金をして、私は風俗に堕ちた。

あの時も、思い出すばかりの今も、あの時に堕ちたのは悪くなかったと思ってる。

言い触らしたい訳じゃないけど、顔を知ってる人にバレたらちょっと嫌だなと思うけど、

恥ずかしいとも、思っていない。だって、それしかなかった。

あそこには、それしかないって思ってる子ばかりだった。


だからあのスカウトに出会えたのはきっと、神様からのプレゼントだったんだと思う。

アイツは使えるヤツだった。


バーテンのアルバイト中にキャバクラのスカウトをされて、店の常連さんで、ママさんにも頼まれたからちょっと手伝いに行ったのが始まり。

池袋にしてはいい時給を貰った。8千円で、指名は折半。場内が入れば1万。当時の池袋じゃ破格だよ。不景気で、取り締まりが厳しくなり始めた時期だもん。アイツは仕事のできるスカウトだったね。

で、まとまった額を稼ぎたいって頼んだら、18歳から働ける川崎に連れていってくれた。

6万か1万5千円か選んで良いよって言われて、高い方はなんで高いの?って聞いた。

講習があって、マットとか潜り椅子とかやらなきゃいけないことが多いって言われたからやめた。立ち仕事がキツイ女に、肉体労働はムリムリ。

スカウト的には紹介料は変わらないからどっちでもいいらしい。

1万5千円のほうは45分で実質30分、フリーなら1万、指名がついたら1万2千円。90分4万と30分1万2千円なら、時間計算なら4千円しか違わない。働いてみたからわかるけど、安い店は指名で埋まる。気に入った子は、指名しないと入れないから。

最低1日12万。休みなく指名で埋まれば13万。当然日払い、とっぱらい。週3で40万弱。月に10日働いて120万以上の収入。週4はお休み。飲み屋みたく営業はいらないし、完全衛生対策店だったから、カバーできない部分の性病にだけ気を付ければ大丈夫。

生活費に20万、交通費に3万、店で使う自分用の備品に2-3万で、トータル25-6万。自分だけならね。


3ヶ月分の生活費は常にストックしていたけど、残ったお金はばあちゃんと母親にほとんど消えた。


決まってたのは母親の生活費に25万、ばあちゃんの生活費に20万で45万。

母親の借金の返済に10万~20万、ばあちゃんの病院に10万…まぁ、今思えば母親が使ってたんだろうけど。

その他にも、

ばあちゃんと美味しい物を食べに行く。

ばあちゃんと温泉に行く。

ばあちゃんをあんまさんに連れて行く。

ばあちゃんと、

ばあちゃんと…。

ばあちゃんが死ぬ前に、って何回聞いただろう。


スカウトに紹介されて、20歳ちょいで吉原に入ったけど、やっぱりそこもいい店だった。


お客さんから貰った6万から店に2万引かれて、ぼったくりかよ、と思ったのは内緒。

それが普通だって言われて引いた。16万-20万稼げたけど、やっぱりそれも『家族』に消えた。

家族って何だ?血のつながりって、何なんだろうね?


最低辺だ。仕方ないでしょ。そう思って、生きていた。

お客さんは変な人ばっかりじゃない。優しい人が8割。

早く辞めなと言って、指名してくれる人が多かった。高級店はチップも多い。

みんな寂しくて来るんだ。寂しい人は、優しい人だよ。

私もきっと、寂しかったんだと思う。だから仕事は楽しかった。優しくしてもらえたから。

一人4万でできる最大限のことをしたよ。うん。

嫌いなお客なんて、ほとんどいなかった。


私はたぶん平均値より、ちょっとズレてる。

今ならわかるけど、アセクシャルって言うんだってさ。

一瞬疑ったんだよね、性嫌悪ってやつかな?って。あの頃には「性嫌悪」っていう言葉は聞いたことがあったから。

でも、性行為に嫌悪感はないわけで。

だからできたんだと思う。うん、性嫌悪ではなかった。ただ、楽しんでる演技をしないとダメなだけ。

体は物理的には反応しても、心は何も感じない。

性的に興奮しない。ただ、優しくしてくれる人に優しくする、それだけの行為だったから、罪悪感も何もなくできた。


キャバクラで働いていた時と同じく、必要な仕事だと思った。だから恥ずかしくなかった。

キャバクラでは癒せない部分を癒せるからね。


ただ、『死』を覚悟して入ったのは確かだった。

原始的な仕事は死に近いと思う。夏の始まりの匂いっていうか、そういう生き物くさい感じ。

小説家も、漫画家も、俳優も、一度は死んでいく自分を詳細に想像したことがあるんじゃないかな。

自分の身体を使って生み出したり、表現したり、お金を稼ぐ人は、死が怖くない人が多いようにも思う。

私も怖くなかった。


私は本が好きで、本を読むことも自分を殺すのに似ている。

本の中に潜れば潜るほど、自分は死んで違う人になる。とにかく物心がついた時から、本が好きだった。


NHという風俗嬢作家がいて、本当かどうなのかはわからないけど何冊か本を出してから自殺したと知って、

『ああ、わかるな』と思った。

もしあれが架空の人物なら、私は逆にそれを書いた人を尊敬せざるを得ない。あんなにも私の脳内に共感を生み出した文章を、私は他に知らない。



祖母が死んだと母に聞かされ

母が死んだと他人(母の5番目か6番目かの夫に)に聞かされ、私はやっと、解放された。そう思っていたら連絡がきたので私は逃げた。

逃げたから、彼らの増え続ける借金から解放された。

全てを切り捨て、知らない町に行きたかった。

どこか遠くへ行きたいと歌いながら場所を決めた。

東京で某有名携帯端末の本社で派遣の仕事をしながら、それでも少し残された借金を返すために地方で風俗を続けていた。


全てがきれいに無くなったら、自由になると感じていた。

色んな場所に、風に吹かれて進んでいければそれで良かった。


そして、地方の店で出会った人を好きになった。

私は結婚した。


何年か二人で過ごした日々は不思議で『その前』と『二人の日々』と『今』とでは、全てが違う世界のことのように感じている。


人には『繁殖』をするための本能的ななにかが備わっていて、私はその『二人の日々』の期間中で全てを使いきったらしい。

その時にだけ芽生えた本当の性欲は、子どもが生まれた瞬間に消え失せ、家族への愛情だけが残った。



私は『ちゃんとした家族』を知らない。


『ちゃんとした母親』を知らない。


だから、ちゃんとした母親になるために努力が必要だ。




ちなみに、結婚して少ししてから、母親がもう一度死んだ。


はじめは『母親の夫』の戸籍に入れられていたから、あの人が再婚をし、その妻が死んだのかと思った。

そう思いたかったのかもしれない。同じ名前だったんだから。



それを受け入れたのは少し経ってからで、もうその時には、私は何も感じなくなっていた。


生きていたのか。そうか。

そう思っただけで。


借金を返すようにと言う裁判所の人に、相続放棄を告げた。


相続放棄の手続きは引っ越しの多かった私にはかなり手間だったが、ドライブ気分で夫が同行してくれた。

夫には結局、ちゃんとは言えなかった。


あの時、私は『おばあちゃんは本当に死んでるんだよね?』とだけ、ほんの少しの間の何日かだけ、考えて、頭がどうにかなりそうだったよ。


ねえ、夫。ありがとう。生きていてくれて、私以外の人と結婚しないでいてくれて。

居てくれるだけで良いんだ。そういう人に、私なんかが出会えたんだよ。


だから、きっと誰でも出会えるさ。

『今』私には子どもがいて、夫がいて、彼らを心から愛している。



2020-2023年、その後も何年か、混迷が続いたら、戦争が拡大したら、第三次世界大戦が起きたら。

今の子どもたちは、君たちは何と呼ばれるのだろう。


私は、自分の子どもを守ることしかできない。


『混沌』(カオス)を抱えた母親なら、

『混迷』を抱えることになる我が子の、人生の助けになるなにかを与えることができるだろうか。


私は今、死ぬことが怖い。子供を子供のまま、置いて逝くのが怖い。

せめて10年、できるなら15年、生きていたい。

神様、もう少しだけ。お願いしますね。

私の私小説を書き上げるから、そしたら糞みたいな女の人生が、見知らぬ誰かを、一人くらいすくい投げできるかもしれないからさ。

本とに、まじで。もう少しだけ、時間をください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ