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『日本における心中の系譜』

『日本における心中の系譜』



日本における心中の系譜について、書いてみようとしたが、日本のどの時代まで遡れば、適切だろうかが、正直全く分からないのである。心中の研究者でもなく、心中の経験者でもない自分は、どのように論を運べば良いだろうか。



一つ思い当たるとすれば、『曾根崎心中』である。江戸時代における現代劇浄瑠璃とされ、近松門左衛門の作品だとある。実際に、元禄16年4月7日にあった、現実の心中を、土台としているらしい。『曾根崎心中』は、何とも人気が出た作品の様である。



また、近いところで、思い当たるとすれば、やはり太宰治だろうか。この破滅型の小説家は、昭和23年6月13日に、実際に心中をして、死を遂げている。乱れた作風ながら、日本を代表する小説家であるが、実際に心中してしまうというのは、強烈だと思わざるを得ない。



また、述べておきたいのは、芥川龍之介が、遺作『或る阿呆の一生』の中で、ダブル・プラトニツク・スウイサイド、について述べていることだ。精神的心中のことだが、芥川の場合は、心中ではなく、自殺しているが、遺作にこのような記述があることは、看過できないだろう。



何れにしても、『曾根崎心中』~太宰治、という風に繋がった、日本における心中の系譜、ではあるが、例えば第二次世界大戦の、特攻隊なども、云わば、天皇との精神的心中の様にも理解できるし、日本にはどうも、心中というものへの、美的崇高が、抜けきらないらしい。



時を同じくして、死することは、一種の永遠性への憧れの様なものであろう。一見、非現実的ではあるが、想いを遂げたいという気持ちの、現実化は、まさに、心中に標榜されている。つまり、想いを遂げるための、一つの方法なのである。

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