第一夢 探索者の夢
色彩あり、鮮明。
この世界には『門』と呼ばれる構造物あり、この『門』の中には『ダンジョン』と呼ばれる不思議な空間が存在する。世界各地にある『ダンジョン』はひとつも同じものが無く、石造りの迷宮であったり、『門』の内側のはずなのに草原が拡がっていたり険しい火山であることもある。
この中には異形の生物『モンスター』が存在している。そのモンスターの体内にある魔石や体の一部を素材として回収したり、ダンジョン内で発見される魔法の力を宿した『遺物』と呼ばれる武器や道具を持ち帰り、これらを換金することで生計をたてる『探索者』という職業が存在する。
「『ダイヨン』で待ち合わせだったな」
駆け出し探索者の俺は『探索者ギルド』の建物を見つめ「帰りにウマイ飯食えるくらい稼げるといいな」と思いながら『門』をくぐった。
『探索者』たちを束ねる組織『探索者ギルド』は『門』のすぐ側に建物が建築される。建物の中にはモンスター素材や遺物をギルド職員が鑑定、査定するブースとダンジョン帰りの探索者が飲み食いするための酒場に分かれている。
俺の暮らす『洞窟都市』は『氷山ダンジョン』が発見された洞窟を魔法で大きく拡げ、その中に街を作った世界でも類を見ない都市だ。この街だけでも不思議なのに、輪をかけて不思議なのは『氷山ダンジョン』だ。
『氷山ダンジョン』は、一年中氷雪に閉ざされた森と高山で構成されているが寒くは無い。風景は極寒の雪国であるが、薄手の長袖に外套一枚で平気な程度の気温でしかない。ダンジョンは本当に不思議な存在だ。
『氷山ダンジョン』は『門』をくぐってすぐに凍りついた森があり、この森によって道が二つに分岐している。左の道は氷の森の中を通りダンジョン奥地へと続いている。
反対の右の道はしばらく進むと行き止まりで、切り立った崖に二つ洞窟の入り口が開いている。この洞窟は『⬛⬛⬛休憩洞』と『ダイヨン休憩洞』という呼び名が付いている。
ダンジョン探索のための探索者パーティーは、この『休憩洞』で待ち合わせをするのが探索者同士の暗黙の了解である。
俺はパーティーを組んでいるアーノとの待ち合わせ場所『ダイヨン休憩洞』に付き、背負い鞄を下ろした所で……外の氷の森から、今まで感じたことの無いイヤな気配……背筋に氷柱をいきなり付き込まれたような、ゾッとする気配を感じたのだ。
主武器の鉄の戦槌だけを持ち、おぞましい気配のする氷の森へと気配を極力殺しながら向かう……。慎重に森を進むと、狼の様な頭部を持つ人影を見つけた。何か探しているのか地面を掘ったり、茂みをがさがさとかき分けてみたりしている。
(……ウソだろ。ウェアウルフ? しかも異常行動個体……。安全地帯だぞっ!?)
本来、『門』から入ってすぐの場所は『安全地帯』と呼ばれる場所で『モンスター』が現れることはない代わり、目ぼしい素材も採取出来ない場所であった。
また、『ウェアウルフ』は狼を人型にしたような容姿のモンスターであり、このダンジョンの中層に生息し群れで探索者を襲う。こんなダンジョンの浅い場所に一匹で行動することはない。
(はやくっ、ギルドに報告しないと!。でも、見つかったら、死……。)
ウェアウルフに見つからない様に息を殺し、恐怖に震えだしそうな身体を無理やり抑え込み、ひたすら気配を消してじっと隠れ続け…………どれだけ時間が過ぎたのか分からない。突然、ウェアウルフは後ろを振り返り、俺の眼では追うのがやっとな速さでダンジョン奥へと走り去った。
「……はぁぁぁ、た、助かった。ア、アーノと合流して、ギルドに行かなきゃ」
大急ぎで『ダイヨン休憩洞』に戻る。……誰もいない。置き去りにした荷物の隣に座り、アーノがやってくるのを待った。
……三十分。…………一時間。………………二時間が過ぎてもアーノは来なかった。一抹の不安を胸に抱きながらも、先程の異常行動個体を報告するために探索者ギルドへと向かった。
◆◆◆
探索者ギルドに入ると、素材や遺物の買い取りカウンターでギルドマスターが受付嬢に業務報告を受けている所であった。眼鏡をかけ綺麗な髪を肩口で切り揃えた妙齢の受付嬢が話を終えたのを見計らって、ギルドマスターに声をかけた。
「ギ、ギルマスッ。安全地帯で異常行動のウェアウルフを発見しました」
「なんだと! ……すぐに調査隊を組んで…………」
ギルマスはその場で調査隊のメンバーや人数分けなどを思案し始めたが、報告を終えても立ち去らない俺に気が付き怪訝そうな表情を浮かべて質問をしてきた。
「なんだ? 他に何かあるのか」
「アーノが……パーティー組んでるやつが……二時間待っても来なかっんだ」
俺の言葉を聞いて、苦虫を噛み潰したような顔をしたギルマスに対して、眼鏡の受付嬢は無表情を一切崩さずに「マスター、先行します」と言うや否や疾風の如く駆けて行った……ようだ。俺には全く動きを追えず、消えた様にしか見えなかった。
「行方不明者捜索だ! 上位の探索者は付いて来いっ!」
「おうっ!」
ギルマスの緊急要請に一番先に応えたのは、俺たち新人探索者たちに煙たがられている先輩探索者だった。スキンヘッドで顔は凶悪、何かにつけて新人に『先輩からの有難いお言葉』と言い、やたら長いお小言を浴びせる人だった。そんな人が一番に名乗りをあげるなんて……俺は、何か誤解していたのかもしれない。
ギルマスと上位探索者たちがぞろぞろとギルドから出ていくのを見届けると、全身の力が抜け木張りの床にへたりこんでしまい動けなくなった。
◆◆◆
ギルドの入り口の方から複数の足音が聞こえたので、そちらに視線を向けるとスキンヘッドの探索者と目が合った。彼は「チッ」と舌打ちをして酒場の奥の方へと、苛立ちを隠せない大きな足音で歩いて行った。
続いて来たギルマスは外套に包まれたアーノを抱えていた。そっとアーノを俺の前に降ろすとそのまま立ち去って行った。
「アーノ?」
嫌な予感を拭えぬまま名前を呼ぶ。すると、ゆっくりとまぶたが開かれた。
「アーノ! 生きてっ…………っ!」
望外の喜びにアーノの身体に飛び付き……凍り付く。そんなはずはない、アーノは生きているじゃないかと、アーノを包んでいる外套をめくりあげる。
腹部が無い。
胸から上の上半身と、腰から下の下半身に分断されてしまっていた。断面を氷の魔法で保護してあるが、死をほんの少しだけ先送りにしているだけだった。
「うああああああ! アーノォ! 俺が、俺がっ居なかったからっ! 探しにっ!」
アーノはほんの少しだけ口角を上げると、そのまま息を引き取った。
「アーノォォォォォォッ!」
◆◆◆
ガバッとベッドから飛び起きる。ぼろぼろとこぼれ落ちる涙。あの時の悲しみが癒えることなど無い。あの喪失は、長い俺の探索者人生の…………。
第一の挫折の記憶なのだから。
◆◆◆
ここで目が覚める。
主人公との同化率60%くらい。
目覚めた時の疲労度 中