第6話 魔術師と軍人
すみません。ノリノリで書いていたら、普段と書き方が変わっていました。駄文しか書けない人間が、ノリに任せちゃいけないですよ。
放たれた魔力の塊は、さも銃弾のように、圧倒的な速度をもってしてアルマドに牙を向く。しかし、
「サイコキネシス!」
すんでのところで、彼女の魔法がそれを止めた。サイコキネシスは念力とも呼ばれ、触れずして物を動かす魔法だ。魔力そのものを捉えるのは容易ではないが、そこは流石、国家魔術師。老いても健在である。
「舐めるんじゃないぞ若造!」
激昂し、口調も荒々しくなった彼女は、留めていた魔力に自分の魔力を上乗せしてグレオンの部下へと返すが、彼はそれを無駄のない動きで避ける。制御を失った魔力は、危険な薬品が山ほど置かれている棚を容赦なく蹴散らし、霧散した。彼は懲りずに、
「やれやれ。若造に煽られたからって、物に当たんなよ。」
と、火に油を注いでいく。彼女は、彼の避ける間に地面に手を置き、
「クワイト」
と、唱えた。辺り一体を覆う空間魔法の一種で、音を内部に留める、要は外部に一切の音を聞こえなくさせる魔法である。そして、彼の発言を受けて彼女は、
「丁度模様替えがしたくてのぉ。どうじゃ、音が外に響かん部屋は?」
と返した。一瞬の静寂が流れた後、
「別に上手くないっつーのっ!」
彼は跳躍し、あちらこちらの棚に、壁に、あるいは天井に、高速で飛び移っていった。にも関わらず、棚はピクリとも揺れない。それほどまでに、彼が軽やかに動いているということである。
「(今、この部屋は婆さんの馬鹿デカい魔力に覆われている。恐らく、魔法を当てられずとも、俺の動きはそれで全て感知されている。近づいたところでカウンターを食らわせるって魂胆が見え見えだ。)」
しかし、相手の腹が割れていながら、彼は次の行動に移れずにいた。それは、彼が戦場で培った直感が、そこら中に置かれているビンに手を触れることを、危険だと告げていたからだ。
「(棚に置いてある危険な薬品の数々...適当に投げつけまくる。薬品によって、危険度や対処の仕方が異なることもあるだろう。その隙をついてもう一度、固めた魔力をぶちこむだけだ。だが、これらのビンは何か臭い。何かある気がしてならねぇ。)」
その時、アルマドが口を開いた。
「なんじゃ、来んのか?なら、わしからいくぞ?」
次の瞬間、彼女はやたらめったらに光線を撃ちまくった。まばゆい光が視力を奪うが、彼は当てずっぽうで当たる相手でもなく、部屋にはビンの割れる音だけが響く。
「(目を潰せば動きが鈍くなると思ったか。残念だが、俺は常日頃から五感をフルに使っている。鼻は薬品の臭いでダメだが、耳さえあれば十分!そして、この光のせいで、お前も何も見えていないんじゃないか?だとしたら馬鹿だぜ。光線の方に魔力を使っているから、今は感知もできていない!終わりだ!)」
彼は、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべ、彼女にとどめの一撃を放とうとした。しかし、それが実際に放たれることはなかった。その原因は、彼の着地した足場にある。足場となった棚には、大量の薬品がこぼれていて、彼はそれに足をとられてしまったのだ。
「(馬鹿な!?俺はちゃんと耳で聞き、棚のビンの割れていない段に乗ったはずなんだ!)」
無様にこけた彼に、すかさず彼女はサイコキネシスをかける。それは見えもせず、触れもしないが、絶大な力で彼を拘束した。体の動きの一切を封じられ、彼に残された行動は、問うことだけだった。
「...なぜだ...俺が乗った段ではまだビンが割れてなかったはずだ...」
自分のミスだとは一片も思わない、この自負心も彼の強さの由縁なのかもしれないが、実際には、這いつくばっているのは彼で、見下しているのがこの老婆である、それでしかないと結果は告げる。しかし、彼女は違った。
「簡単な話じゃよ。わしがクワイトを唱えた時に、部屋全体を覆うものと同時に、もう一つ、棚の段を一段覆うものを張ってあっただけじゃ。光で視力を奪って、耳に頼らせたら、後は待つだけじゃった。意外とギリギリで、内心ホッとしとるがのぉ。」
「...ではなぜすぐにしなかった?最初はカウンターを決める気でいたろう?」
「ああ。最初はお主がビンを使って攻撃してくると思っとったからのぉ。」
「!(やはりビンには何かあったか...)」
「まぁここにあるビンじゃが、全部に特殊な魔法が施してあっての?わしの意思で好きな時に割れるんじゃよ。」
「...なるほど。知らずに投げようとしてたら、手がお釈迦にになってたかもしれないな...」
彼の直感は当たっていたが、それだけではどうしようもない年季の差が、部室に引きこもって、日夜研究に明け暮れている老婆が、よもや自分に勝るはずがないという傲りが、明暗を分けた。
「まぁ、今聞いたことも全部、忘れてもらうでの。」
彼女が右手で彼の頭を掴み、魔法を唱えると、彼の意識は闇の中へと消えた。
「ふぅ...まだまだ青いわい。グレオンなら、こうは行かなかったはずじゃぞ。」
そう呟き、彼女は記憶操作魔法の調合を再開した。彼女には、戦争に行きたくない本当の理由がある。さきほど、グレオンに話したことももちろん嘘ではない。人を殺したくはないし、研究に没頭していたいというのも本心である。しかし、何よりも恐れているのは、先ほど見せたような獰猛さを抑えきれなくなってしまうことだった。そのことを、当時、別の部隊だったグレオンは知るよしもなかった。
夕暮れ時、城の武器庫の中を、一人の大柄の男が見回していた。グレオンである。彼が時間を持て余しているときは、大抵の場合、鍛練か、武器を物色しているかのどちらかである。剣を1本手に取り、銀色に輝く刀身を凝視し、よく観察する。
「良い...」
口から、無意識に言葉が出ていた。それほどまでに没頭していたということだ。しかし、次の瞬間、何かに気づいた彼は剣を元の位置に戻し、扉の方に目を向ける。間もなくして扉が開き、一人の男が現れた。
「ナイル、アルマドはどうだった?」
それは、アルマドを尾行していたグレオンの部下こと、ナイルである。しかし、
「驚くほど何もなかったですよ。早々に睡眠薬作り終えて、いつもの研究に~ってかんじでした。まぁ、いつもどーなのか知らないですけどね。」
ナイルは既に敗北しており、記憶を彼女の都合の良いように書き換えられていた。グレオンも、まさかあの普段はオドオドしている老婆が、自分が育て上げた部下よりも強いとは、夢にも思わなかっただろう。
「...杞憂だったか」
「軍団長の勘が外れるなんて、珍しいですね。」
「まぁ、しょせんは勘だからな...しかしそうなると、今朝の尾行は説明がつかんぞ?」
二人の間に、沈黙が流れる。ふと、ナイルが何かを思いついたような顔をしたが、すぐにそれを止めた。
「なんだ?何を思いついた?」
「いえ、その、かなり馬鹿馬鹿しいんですけど...」
口もとを手で押さえ、少し恥じらいながら彼は続けた。
「狙ってるとか?...勇者を。」
「はぁ?」
再び、二人の間に沈黙が流れる。それを破ったのは、グレオンの笑い声だった。ナイルは呆気に取られているが、彼からしてみれば、死んだ目をした部下が、そんなことを真顔で言い出したら、それこそ、吹き出さずにいる方が難しい。
「なるほど!それなら合点が行くな!確かもう50代後半だったかな?その歳で独身、突如若い男が現れたら、そうなってもおかしくないか?あの時感じた殺気も、もしかするとダラダラの執念だったのかもしれないな。」
「いや~自分で言っといて何ですけど、そんなコロッと行くもんですかねぇ、恋心とかって。」
目の死んだ部下が、恋心などと言うものなので、再び吹き出しそうになるのを堪えて、
「自分で召喚したんだ。召喚した人が運命の人的な、焦って変な思考回路になっているんなら、ないこともないんじゃないか?ほら、言っちゃあ悪いが、あいつ、彼氏とかいたことなさそうじゃないか。」
「それについては同意しますが、随分、無理矢理ですね。らしくない。」
「だが、現に何もなかったんだろう?多少、強引でも結論づけた方がスッキリするじゃないか。それとも、まさか尾行がバレていて、尻尾を出さなかったとか?...」
グレオンの瞳が一気に鋭くなる。しかし、ナイルは顔色一つ変えずに、
「それはないです。」
と断言した。現に、彼は彼女の背中をとるまではバレてはいなかったし、その後、彼がわざわざ言葉をかけたのも決して慢心などではなく(確かに侮りはしていたが)、彼女が背後の自分の存在に気づいたからであった。グレオンはさっきまでの温和な顔つきに戻って、
「そろそろ、勇者達は飯の時間だ。アルマドが睡眠薬を仕込む手筈になっている。私はここに残るが、お前はどうする?」
「一度、馬車に戻ります。やはり、手慣れた武器が一番ですから。」
「食堂にさえ近づかなければ問題ないとは思うが、一応、警戒は緩めるなよ。顔を見られたら、ここに来た意味がなくなってしまう。」
「はい、分かってます。」
彼が部屋を出ようとドアノブに手を掛けたとき、グレオンは、ある足音の存在に気がついた。その音は、本来、彼が察知する足音の距離よりも、ずっと近かった。辺りが静かでなかったこともあるが、こればかりは、完全な油断であった。
「待て!」
しかし、既に扉は開かれた。
「あっ、こんにちは。」
そこには、今一番会ってはいけない人間がいた。
最後ら辺の―――本来彼が察知する足音の距離よりも、ずっと近かった―――この部分が個人的に分かりづらいかなって思ったので補足します。例えば、20m先でコインが落ちた音を察知する男がいたとします。そんな男が、うっかり5m先で落ちたコインの音を聞き逃しかけるほど油断してたってことです。多分、もっと分かりやすい例があります。