第5話 決断と部下
第5話にして主人公が空気です。ごめんなさい。あと地味に文字数が多いです。
「暗殺ですじゃ!?」
アルマドが予想以上に驚くので思わず面食らった宰相は、
「...不死のスキルがどういうものなのか知るためには、殺す他にないだろう?」
と、戸惑いながらも付け足した。グレオンも、
「私はこのことを手紙で知らされた。それで戦場から早馬を飛ばして戻ってきたというわけだ。」
と説明し、ようやく彼女の中で辻褄が合っていった。彼女の顔に落ち着きが戻るのを見て宰相は、
「この計画の一番の問題は、ヤマダが我々に不信感を抱いてしまうことだ。自分を実験感覚で殺す気でいる国だと思われないようにすることが重要なんだ。そこで、アルマド。そなたの力が必要となる。そなたに睡眠薬と麻痺の魔法の準備をしてもらいたい。睡眠薬を飲み、彼が熟睡している間に、アルマドが麻痺の魔法をかけ、グレオンが斬るのだ。」
熱心に聞く二人に、彼は続けてこう言う。
「その際、スキル次第では薬の効果が切れて起きてくるかもしれないからの。オズローの暗殺者に見えるような服装を装うのだ。仮面はつけさせるが、万が一はあるからの。準備は万全を期す。グレオンが適任だと判断した。」
城内にいる兵士達は、全員顔を見られている可能性がある。万が一マスクを外されたとき、それは即ち、不死の兵士を失うことと同義である。ヤマダがもし目を覚ましたときに、マスクを取られずに逃げおおせる。戦場で数多くの死を目の当たりにし、不足の事態を冷静に収めるには、確かに彼が適任だ。しかし、
「申し訳ありません。今朝、彼に顔を見られてしまいました。」
そう。彼は見られてしまっていたのだ。彼は手紙で勇者を暗殺する命を受け、着いたのが今朝の4時過ぎだ。彼は勇者や部屋の中を寝ている間に見ておこうとしたが、早起きした勇者と遭遇してしまったというわけだ。着いたのがもう少し早ければ、あるいはもう少し遅ければ、鉢合わせることもなかっただろう。彼の仕事に対する忠実さが仇となったのだ。
「...そうか。では、そなたの代わりはどうすべきか...。」
宰相は少しうつむいてそう言った。彼にとっては、グレオンでは任務をこなせなくなったからというよりかは、グレオンを無意味に戦場から戻してしまったというショックの方が大きい。
「しかし、ご安心ください。私の部下を一人、一緒に連れてきております。優秀な男です。」
「そうか。では、彼にやってもらおう。今どこに?」
「...馬車にて待機させております。」
代わりも難なく見つかり、その後も話は続けられたが、その間アルマドは動揺を隠すのに必死だった。
「(マズいマズいマズい、マズいのじゃ!ヤマダの能力は不死ではなく火炎!首を斬られてもトカゲの尻尾の如く甦るなんてこと、ありはしないのじゃ!そして、その責任は虚偽の報告をしたワシに...また戦場送りだけはごめんじゃ!どうする、いっそのこと不死の能力ではなかったことを白状するのじゃ?だがそうすれば、グレオンを戦場からわざわざ呼び戻した責任は受けるじゃ。能力の落差から、罰が大きくなることも考えられるじゃ。では、ヤマダに全て打ち明けるのはどうじゃ?あやつのあの時の言葉はその場しのぎにも見えなくはないし、もし嘘であれば万事解決...いや、そもそも殺されたくなくて嘘をついたわけじゃし、おとなしく殺られる訳がない上、国への信用もゼロじゃな。どうすればええんじゃ...)」
彼女は絶体絶命であった。これほどまでの窮地に立たされたのは、第二次東西戦争以来生涯二度目である。そして、思考に思考を重ねた末に思い付いた作戦が、
「(禁術じゃ...!)」
禁術とは、国際法により基本的に使用を禁じられている魔法のことである。そもそも、この世界で魔法がどのように扱われているのかというと、強さや利便性などによって等級が割り当てられており、ものによって資格が必要である。例えば医師であれば回復に使える魔法、兵士ならば攻撃や防御に使える魔法の資格を取る必要がある(無論、兵士が回復関連の魔法の資格を取ることもできるが職種によって資格の取りやすさに違いがあり、医師と比べると兵士がその資格を取るのは幾分か難しくなる)。そして、国家魔術師とは禁術を除いた全ての魔法の使用が認められている魔法のプロフェッショナルであり、国家とはあるが、その実態は主要五か国から選りすぐられた審査員達による厳正な審査の下、認められた者にしか与えられない、言うなれば世界の魔術師なのである。その魔術師にさえ使用を禁じられている魔法を、彼女は使おうとしていた。
「(幸い、ヤマダの暗殺を行うのはグレオンではなくその部下。その部下に禁術『記憶操作魔法』を使い、ヤマダを殺したことにする...それしかない。)」
度重なる精神への負担が、それによる疑心暗鬼が、彼女の考えから誰かの力を借りるという選択肢をなくしていた。自分一人でなんとかしなくてはいけないという孤独が、重罪、最低でも終身刑と呼ばれる禁術の使用に走らせてしまったのだ。そして話が終わり、二人は王の間を出た。ちなみに王は終始無言だった。
「まぁ、そういうことだ。お前のペアは私の部下になったが、安心してくれ。さっきも言ったがあいつは優秀だ、怖いくらいにな。」
アルマドは黙ったままだった。グレオンは続けて、
「国では初めてかもしれんが、お前も戦争経験者なんだろう?死なん人間を斬ったりなんだりで、いちいちそう気を落とすな。」
「わしはそういうのがしたくなくて、国家魔術師にまでなったんじゃ。偉くなればただ研究に没頭できると思うとっ───」
「待て」
アルマドの愚痴は皆まで言わせてもらえなかった。グレオンは何かに気付き、この場に静寂を作り出した。
「噂をすれば影か...この足音は勇者だな。」
「!」
そう、彼女が恐れていたのはこの隙のなさである。グレオンは一級防衛魔術資格(魔法による攻撃及び防御に関する資格の最高位)というものを持っており、加えて類いまれなる格闘のセンス。戦うことにおいては国家魔術師であるアルマドでさえ一歩引かざるをえない。ゆえに、相手がグレオンではないということが逆に彼女の犯罪への道を後押ししてしまったのである。
「私達が二人でいる分には問題ないが、ここは王の間の前、いらぬ不信感を与えかねない。私は去るが、言い訳を考えておけよ。」
そう言って彼は足音とは逆の方向に走っていき、あっという間に消えてしまった。そして、彼の言っていた通り山田が現れた。
「あれ?アルマドさん。そんなところで何を?」
「別に何でもないじゃ。通りかかったところにお主が現れただけじゃ。」
研究室に戻ったアルマドは、急いで記憶操作魔法のための準備をしていた。さすが禁術とあって、唱えれば発動するほど簡単なものではないのだ。必要なものは、巨大なヘビの前頭葉や青いネズミの尻尾などの、およそ現代日本で生きている上で、単体で見ることはないだろうものばかり。それを壺の中で煮詰めているアルマドの姿は、白い服でなければ完全に魔女である。そのとき、彼女は背後に気配を感じるとともに、
「手を上げろ。」
おぞましい殺気を放ちながらそう言われ、彼女は自然とかき混ぜていた棒を離し、手を上げていた。
「だ...誰じゃ!?」
彼女は恐怖で振り向くことができない。気色悪い色で煮たっている壺の中を見つめたまま問う。
「...王の間で聞いただろう?」
初めて聞く男の声に、彼女は思考を巡らせる。
「まさか、グレオンの言っていた部下か!」
「軍隊長をつけろ。グレオン軍隊長だ。」
その言葉は質問の答えにはなっていないが、彼が誰なのかを理解するには十分だった。
「今朝6時2分、グレオン軍隊長から一つ任務を仰せつかった。その内容は、お前の尾行だ。」
「!」
その時からすでに...!彼女は驚愕した。現在時刻14時28分、馬車から彼女の下への移動時間を除いても8時間近くは尾けられていたことになる。そして今になって姿を現したということは、彼女に不利益をもたらす何かを得たということに他ならない。今この場にそうなりうるものは一つしかない。
「尾行してたやつが尾けられてちゃ世話ねぇな。ところでだが、そこにある壺、禁術に関するやつだろ?」
中に入れた材料で察したのだろう。彼女は少しずつ体を彼の方へ向ける。フードでやや隠れてはいるが、顔はそこそこ整っていて、しかし目は死んでる、18かそこらの青年のように彼女は見えた。
「軍隊長言ってたよ。ヘビの脳ミソを入れたら記憶操作魔法かもしれないって。訓練で何度か見てるんでね。すぐに分かったよ。」
そこまで読まれていたとは...よもや衝突は避けられず、引き金は相手が握っている。アルマドは、腹を括って、自分の中で逆立つ魔力を整えた。
「それで?...どうするつもりじゃ?」
彼は少し微笑んだ。手は銃の形を模しており、指先には魔力がこめられている。これは、変換魔法の一種だ。魔力の質をいじり、まるで実弾のように飛ばす。
「言われたかもしれないけど、安心していい。」
一拍、間が空く。
「殺しはしないから。」
彼は、指先の魔力を解き放った。
ちなみに、グレオンの部下の年齢は16です。目が死んでますし、老けたんですね、もう。なんか難しい設定とか名前とかが今回一気に出ましたが、これからもこんなかんじで少しずつ情報開示していきます。矛盾しないよう、がんばります。