第二話 聖霊
ブクマ、ポイントありがとうございます。序章はもう少し続きます
出発するまでの苦労を思えば、大樹までの道のりは拍子抜けするほど問題が無かった。すでに辺りは暗くなりかけていたが、姉が呼び出した炎の精霊、【紅炎鳥】のおかげで、石に躓くことさえない。
「あれか」
目の前に大樹が生えた丘が見える。遠目でも立派さが分かるくらい、大きく、堂々とした枝ぶりの樹木だ。恐らく樹齢は百年、二百年ではきかないだろう。
(相変わらずデカいな)
ハンスは大樹の近くまで辿りつくと、跪いて聖印を切った。彼は特定の宗教の信者というわけではないが、この儀式では、こうすることになっているのだ。
(さて、帰るか)
ハンスがそう思った時、突然頭に声が響いた。
“よくぞ参った。救世主よ”
ハンスはびっくりして辺りを見回した。当然だが、誰も居ない。
気のせいかと思い込み、再び歩き出そうとすると、再び声が響き、彼の足を止めた。
“何処へ行く、救世主よ”
「俺は救世主なんかじゃない!」
ハンスは、謎の声が聞こえるという不思議さ以上に、“救世主”という大仰な言い回しに腹が立った。何故なら、毎日修業をする度、自分の力のなさに苛立っていたのだから。
“世界に迫る危機を払う存在として、そなたが選ばれたのだ”
「世界の危機って、二大国が戦争でもするのか?」
“とはいえ、そなたはまだまだ未熟。ワシがそなたに導きを与えてしんぜよう。明日の正午にまた来るのだ”
「人の話を聞け! それにこの道は普段は立ち入り禁止だ」
“確かに申し伝えたぞ”
その言葉を最後に謎の声は消えた。それと同時に目の前の木から空に向かって五色の光が伸びていく。光は空の果てまで伸びると突然、五つに分かれ、地上へと落ちていった。
赤の光は東に。
青の光は西に。
黄の光は南東に。
緑の光は南西に。
そして、最後に白い光が北の方向へ向かった。
ハンスはその光景に暫く呆気にとられていたが、そんな彼の頬を姉の【紅炎鳥】が軽くつつき、現実に引き戻した。
「………とりあえず、帰るか」
そう呟き、ハンスは帰路に着いた。
その後は、特にトラブルもなく、村についた。……が、着いた途端、問題が待っていた。
姉のリンダである。
いや、姉を筆頭とする村人全員だった。
「何があったのかを説明して」
リンダは有無を言わせない迫力で、ハンスに詰め寄った。彼はその剣幕に押されながら、まるで弁解するように返答した。
「説明も何も。姉さんは、【紅炎鳥】を通じて見てたんだろ?」
「いいから!」
正直、ハンス自身、説明が欲しい気分であったが、彼は求められるままにさっきの出来事を話して聞かせた。
空に上がった五色の光の意味を知っていたのは、村長と姉だけだったが、他の村人にも何かが起こったことぐらいは分かる。皆、宴会の準備の手を止め、ハンスの帰りを待っていたのだ。村人全員が固唾を飲む中、ハンスは話し始めた。
「ハンスが救世主……」
あまりにも突拍子もない話のせいで、しんと静まりかえった中、ある程度事情を理解していた村長はポツリと言葉をこぼした。
「この村から、再び救世主が。そして、それをワシが見届けるとは…」
村長の体がプルプルと震える。
(こ、これはまさかっ!)
ハンスには、村長のこの状態に心当たりがあった。かつて、彼がイタズラ三昧だった少年の頃に何度も見た。村長の怒りが頂点に達し、ハンス達を狂ったように折檻する直前に見せる行動だ。
(ヤバイ、でも、俺のせいなのか?)
理不尽な気もする。だが、この状態の村長に話が通じないのは知っていた。それこそ身をもって。だが、ハンスもイタズラ小僧だった頃のままでは無い。
(先手必勝だ。村長の怒りが爆発する前に謝ってしまうんだ)
みっともなくても良い。とにかく、この場を乗り切ることが重要なのだ。
ハンスはそう結論を出し、勢いよく体を九十度に曲げようと身をそらせた。だが、それと同時に、村長が叫ぶために息を吸い込む。
(駄目か、いや、諦めるな!)
ここ一番の勝利、それは常に諦めないものに与えられるのだ。ハンスは躊躇しなかった。想いの強さ、それがハンスが一人で修業し、身につけた一番の力なのだから。
「ごめんな──」
「宴じゃ!」
村長は鬨の声を上げた。
「我らの村から、新たに救世主が生まれた。これを祝わんでどうする!皆のもの、準備じゃ!」
何十人もの村人は一斉に賛同の声を上げ、準備に取り掛かった。とはいえ、元々途中まで終わっていたことだ。さほど時間はかからずに準備は終わるだろう。
「おい、ハンス!地面でも見ておるのか?」
勢いよく頭を下げた後、予想とは百八十度違う展開に呆気に取られていたハンス。そんな彼を村長は軽く小突いた。
「救世主たるもの、もっとシャンとせんといかんぞ。まあ、大衆を味方につけるには、そういうところも必要だろうが」
「はあ」
言われていることが今一つわからず、気のない返事をするハンスを村長は再び軽く小突くと、彼を自分の家の方へと押しやった。
「まあ、いい。お前にも準備が必要じゃ!」
「準備?」
村長はハンスには答えを返さず、リンダに向かってこえをかけた。
「リンダ、宴の準備はいいから、ハンスの準備を手伝ってくれ」
「分かりました」
姉の声を聞いて、ハンスはふと、彼女が沈んでいるのではないかと思った。確かめようと姉に声をかけようとするが、村長に引っ張られてしまう。
「ほらっ! お前はこっちじゃ!」
結局、ハンスはリンダの表情さえ見ることが出来なかった。見ることが出来たのは、逃げるようにその場を離れる姉の後ろ姿だけだった。
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