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第十三話 追跡者

興味を持って下さりありがとうございます!

 夜空に星がまたたくのが二人の目に映る。馬上で触れる夜風は少し肌寒かったものの、今までよどんだ空気にいたため、かえって清々しく感じるくらいだ。


「私、あそこから出られたんだ…」


 ルツカが思わず呟く。


「あいつらの言いなりになるか、奇跡でも起きない限り、外の景色を見ることなんてないと思ってた。ハンス、あなたは私にとって、奇跡そのものね」


 ルツカは感極まったかのように目尻に涙を浮かべる。無理もない。地下牢に入れられた者のほとんどはそのまま朽ちて死んでしまうのだ。


「礼を言っておくわ、ハンス。あなたがいなかったら、私は一生あそこに閉じこめられていたかもしれない」


 振り返ってハンスの顔を見て、ルツカはハンスに感謝を告げる。その顔にハンスに対する思慕しぼが見え隠れしているのも自然なことだ。何故なら、今のハンスはルツカにとって、救世主そのものなのだから。


 しかし、ハンスの顔はルツカの予想とは違い、緊張感に溢れていた。


「いや、まだだ。とりあえず、出来るだけ砦から離れる。それから君の姉さんのところへ行こう」


「どうして? 砦の人達は追って来なさそうだけど」


「俺も砦の兵士達が追ってくることはないと思う」


「だったら──」


 ルツカが続けて何かを言おうとした時、彼女の耳に聞いたことがない音が聞こえてきた。それは、彼らが乗る馬の蹄が立てる音のような速さと腹の底にまで響く強さを持って、耳朶じだを打つ。次第に大きくなるその音を聞いて、ハンスは舌打ちをした。


「クソッ、早いな。追いつかれる!」

「一体何?」


 ただならぬ雰囲気にルツカは不安を煽られ、ハンスに尋ねる。だが、ハンスには答える余裕がない。ルツカには見えないが、彼らを追うように紡錘形をした炎が移動しているのだ。


(ヤツが追いつくまで後数分といったところか)


 ハンスの聴力は義賊の死霊の影響で常人より遥かに優れている。従って、ルツカが気づくよりも早く、奇妙な音がすることには気づいていた。


 そして、彼が気づいていることがもう一つある。


 同じように義賊の死霊の力で夜目がきくハンスには、その音を出す正体も見えていた。念のためにマナサイトを使って間違いないか──むしろ間違っていて欲しいと思わないでもなかったが──を確かめる。しかし、結果は思った通りだった。


(マナサイトで見ても間違いない。ヤツが、勇者が追ってきている!)


 彼の目には紡錘形をした炎の先に白く光る鎧が見えていた。今はまだ、距離はかなり離れているが、勇者は信じられないスピードで移動しているなのだ。


「なんだ?」


 ちらちらと背後を伺うハンスの目にふと小さな蛍のような光がが見えた。ただ、蛍ではない。何故なら、その光は炎のように紅い。


「ルツカ、しっかり捕まって!」


 ハンスはそう言うと手綱を操作し、馬が進む方向を左に大きく曲げた。すると、次の瞬間、ついさっきまでハンス達が乗った馬が走っていた場所をリンゴくらいの大きさの炎がえぐる。


「何あれ、魔法なの!?」

「舌噛むぞ!」


 そういうとハンスはさっきよりも激しく手綱を操作した。それに従い、馬は右へ左へと優雅にステップを踏み、飛んでくる炎をかわす。


「凄い。これなら!」


 華麗に炎を躱すハンスの馬術に感嘆したルツカが安堵した声を出す。しかし、現状はルツカの思いとは正反対だった。


(ヤバイ。このままじゃ、すぐに追いつかれる!)


 ハンスは騎士の馬術に加え、マナサイトを使うことで魔法が発動される兆候を読んで攻撃を回避している。一見、ハンスがしのいでいるように見えるが、そうではない。攻撃を回避するために進行方向を変えれば、その分失速するのだ。


(くそっ!)


 二度、三度と放たれるあかい蛍火を躱すが、その度に勇者はハンス達に近づいている。


(当たろうが、当たるまいが、俺達は追い詰められる)


 一見、頭を使った戦法に見えるが、そうではないとハンスは感じた。


(俺達をなぶってるんだ)


 リンダの精霊魔法を使って来ないのがその証拠だ。ハンスは勇者との距離を測ろうと再び、後ろを振り返った。


「いない!」


 ハンスが振り返った時、そこには勇者はいなかった。勇者には逃げる理由はないし、ハンスを見逃す理由はもっともない。ならば、後ろにいない理由は一つだけだった。


「ハッ!」


 ハンスは左手を自分の右側に振るう。すると、それと同時に鋼がぶつかり、甲高い音を立てる。彼は、勇者の攻撃が自分が最も防ぎづらい場所、つまりは手綱を持つ右手だろうと直感し、腕を振ったのだ。


 しかし、ハンスが閃いたのは勇者が何処を攻撃してくるかだけ。《霊剣アンドゥリル》を受け止めたものは、彼が無意識に使った力だった。

 

「何だ、その剣は!」


 吐息がかかりそうな距離まで肉薄した勇者の目にはハンスが逆手に持った剣が映っている。


(これはあの時の……)


 ハンスの脳裏に彼が初めて《死霊食い(ソウルイーター)》を発現させたときの光景が蘇る。姉とハンスを槍で貫いた兵士を目の当たりにしたとき、まるで殺意が形になるように紫の炎で出来た武器が現れ、彼は兵士の命を奪った。


(これが《死霊食い(ソウルイーター)》の力……取り込んだ死霊を使って想像したものを生み出せるってことか)


 これを突き詰めれば魔物を生み出すことが出来るのだが、今のハンスにはそんなことを考える余裕はない。


「精霊魔法はお前の救世主としての力ではないというわけか? まさか、あれほどの力を元々備えていたと?」


「ゴチャゴチャうるさいぞっ!」


 ハンスは勇者が動揺した隙に、手にした剣に更なる力を送り込んだ。


(想像した通りになるならっ!)


 途端に霊刀を通して紫の雷が勇者を襲う。予想外の攻撃に勇者は苦悶の声をあげる。


「ぐっ!」


 かなりのダメージだったのか、勇者の集中が途切れ、彼の足元にあった炎が消える。すると、勇者はそのまま地面に落下し、見る見るうちにハンス達から遠ざかっていった。


(今ならアイツを倒せるんじゃないか)


 ハンスの脳裏に一瞬そんな考えがよぎるが、その考えはルツカが震えていることを知ると同時に霧散した。


(ルツカを姉さんに合わせてやらないと。アイツはそれからでも良い)


 ハンスは馬に鞭をやり、距離をとるために加速した。

読んで頂きありがとうございました! 次話は明日の七時に投稿します

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