第十二話 戦う理由
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「おのおの方、ひかえおろう!」
生まれながらに人の上に立ってきた者しか出せない声色がハンスの口から飛び出す。その迫力に問答をしていた兵士と商人達は水を打ったように静かになった。
「我が名はローエングリン。故あって、このような成りをしているが、帝国騎士である。この騒ぎは一体何事か!」
ハンスの口上に驚くルツカを尻目に、責任者らしき兵士が前に出た。
「ローエングリン様。ご高名はかねがねお伺いしております。その武名は勿論、民を思う義侠心は帝国に並ぶもののはないとも」
ハンスは死霊の言うとおり大仰に頷いた。尚、ハンスは呪術で自らの姿をそれらしい姿に見せている。
「火事によりこの者共が開門せよと我らに訴えておったのですが、我らは主であるダミアン様より許可無き開門を禁じられている身。したがって、道理を言い聞かせておるところでございます」
片膝をついて説明する兵士に向かってハンスは再び頷く。その姿はまるで高名な騎士そのものだ。
「其方の言い分、あいわかった。なれど、力を持たぬ民草が、恐ろしき火事から一時身を遠ざけたいというのは当然のこと。其方の言い分も最もだが、ここは私の顔を立ててはくれまいか。無論、責任は私が取ろう」
末尾の言葉がもたらした効果は絶大だった。兵士達は、後で責任を問われるために門を開けなかっただけで、出来れば門を開けてしまいたかったのだ。
「ありがとうございます、ローエングリン様!」
「ローエングリン様、感謝いたします!」
嬉々として門を開ける兵士を背に一般人達が感謝を伝えにハンスの元へやってくる。あっという間にハンスとルツカは囲まれた。
(しまった、これじゃあ、逃げられない!)
ハンスは兵士に何とか馬を持って来るように伝えたものの、門が開いても彼らを囲む人達はあまり減らなかった。しまいには、ルツカにまであれやこれやと物を押し付けようとする始末で、ハンス達を離す気配はない。
一体どうしたものかと悩むハンス。しかし、次の瞬間、彼に更なるピンチがやってきた。
「これは一体何の騒ぎだ!」
一向に消えない火事に苛立ち、ついに砦の最終責任者であるダミアンが一階まで下りてきたのだ。すると、開門を命じていないのに南門が開いているとの話が聞こえ、現場に急行したというわけだ。
一般人達は先程とは打って変わって、蜘蛛の子を散らすように門から逃げ出し、ハンスとルツカだけがその場に残された。
「なんだお前らは!」
ルツカがあたふたするのを背に、ハンスは死霊が叫ぶままを声にした。
「なんだとは、ご挨拶だな。ダミアンよ。お主に会いにわざわざ地獄から舞い戻ってやったというのにな」
「何だと!」
「見忘れたというなら、教えてやろう。我が太刀筋でな!」
言うが早いか、ハンスは腰に下げた剣を抜いて斬りつける。あえて速度を落としているとはいえ、その斬撃は長年の熟練のみが可能にする無駄のなさを持っている。
「くっ!」
ダミアンも剣を抜き、ハンスの斬撃を受け止める。その時、ダミアンの顔色がハッキリと変わった。
「この太刀筋、お前、何者だ!」
「まだ分からぬか。地獄より舞い戻ったといったろうに」
ハンスは剣を天へと掲げ、高らかに宣言した。
「忘れたなら、教えてやろう。我が名はローエングリン。汝に罪を着せられた騎士だ」
「ひぃぃ~」
ダミアンは驚きのあまり、剣を取り落としてその場に尻餅をつく。そんな彼の鼻先にハンスは剣先を突きつける。
「そして今は汝に己が罪の報いを受けさせる者なり。汝が踏みつけた民の痛みを知れっ!」
ダミアンは何かよく分からない悲鳴を上げながら、ハンスに背を見せ、逃げ出した。
(追わないのか?)
ハンスは己が内にいる騎士の死霊が踵を返そうとするのを感じてそう問うた。
“此度の一件であの者には裁きが下ろう”
淀みのない答えだった。
(恨みとかはないのか)
“無論ある。しかし、その為に剣を振るうこと、能わざるなり”
我欲の為に剣は振るえないということなのかとハンスは解釈したが、真偽は分からない。所詮、ハンスを動かしているのは復讐と妄執でしかないのだから。
(戦う理由か……そう言えば、姉さんは最後に何て言おうとしたんだろう)
ハンスは今の今まで、そんなことも考えようとしなかった自分に腹を立てつつ、思いを馳せる。最後の言葉、それはハンスにとって今後の指針とすべきもののハズなのだ。
(俺が姉さんを癒やす力を求めたことを姉さんは止めた。それはつまり……)
ハンスがそんな感慨に耽っていると、遠慮がちな兵士の声が彼を現実に引き戻した。
「あの、ローエングリン様。用意が出来ましたが……」
その声に振り返ると、目の前には馬を連れた兵士が立っていた。
「ありが……う、うむ」
ハンスは手綱を受け取ると、状況について行けていないルツカを後ろから支えるようにして共に馬に乗り、門から外へ走りだした。
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