第十一話 脱出作戦開始
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夜もふけてほとんどの者が眠りについた頃、ヴァーリア砦では突然騒ぎが起きた。数カ所から一斉に火事が起こったのだ。砦というものは外敵の侵入を防ぐために出口が少なくなっているため、たとえ小火でも火事は大事件である。
「ダミアン様、一階で火事が起こったとのことです。しかし、火の勢いが強く、消火は難航しているようです」
火事が発見されると同時に連絡を受けた砦の主、ダミアンは突然の報告にすっかり動揺した。勇者がいる時にこんな事件が起きてしまえば、失態が直に皇帝に報告されてしまう。
着替えもそこそこにして聞いた報告に顔を青くするダミアンに対し、兵士からさらに絶望的な情報がもたらされた。
「中には火の気のない場所もあり、放火の疑いが強いとのことです」
「何だと!」
泣きっ面に蜂とは正にこの事。火の不始末なら部下のせいにできるが、放火では不審者を砦の中に入れた管理者、つまりダミアンの責任になってしまう。
「とにかく火を消せ。備蓄している水を全て使っても構わん」
「はっ!」
ダミアンに命じられ、兵士は部屋を後にした。その姿を見送り、彼は大きくため息をつく。
(勇者様に何と説明したらいいか……)
早くも消火後の対応に頭を痛めるダミアン。しかし、天は彼に更なる試練を与える。今、一番聞きたくない声が背後からかけられたのだ。
「何やら騒がしいようだが……?」
ダミアンが背を向けていた部屋の入口には、勇者が立っている。その声色に幾分ダミアンを揶揄するような調子があるのは気のせいではないだろう。
(終わった!)
ダミアンは天を仰ぎたくなる気持ちを必死で抑え、報告する。すると、それを聞いた勇者は含み笑いをしながらこう言った。
「万が一、砦を焼失するようなことがあれば、大変だな」
誰がとか何がとかは聞くまでもない。
「助けてやりたいが」
「おおっ!」
地獄に垂らされた蜘蛛の糸に縋ろうとするダミアン。しかし、それは彼を嬲るための偽りの希望だ。
「生憎私の属性魔法は火。火で火を消すことは出来ん」
属性魔法とは、体内にある火・水・地・木・雷の五種類のマナの内、一つの属性を活性化して望む成果を得ようとするもの。様々な面で使い勝手は良いものの、最初に習得した属性以外のマナを用いることは一般的に難しい。万が一、二種類の属性魔法を習得出来たとしても、後で習得した方は威力、速度、精度等が大きく落ちる。
従って、いかに勇者が強力な力を持っていても火事に対しては何も出来ないも同然であった。
「いえ、元より勇者様のお手を煩わせようとは考えておりません。この砦の管理者は私ですから」
ダミアンはせめて体面だけは取り繕おうとそう言うが、勇者はそんな彼を嘲笑した。
「流石は帝国騎士。その働き、包み隠さず皇帝陛下にお伝えしよう」
そう言うと、勇者は部屋を後にする。後に残されたダミアンは執務室へ移動しながら、出火している場所の情報を集めてくるように部下に命令した。
※※
(上手く行った!)
ハンスは物陰に隠れながら心中で歓声を上げた。火事を起こしたのは、勿論彼らである。しかし、単純に火をつけただけではない。出火を目撃した人に呪法をかけて、焦りを煽ったのだ。
そして、焦った人を見れば、ハンスが呪法をかけていない人までパニックになる。何せ、彼らは勇者のせいでいつも不安な状態に置かれているのだ。
(この状況なら、騎士は無理でも、砦で商売をしているだけの人は逃げたいと思うはずだ)
ヴァーリア砦には騎士などの職業軍人だけが駐屯しているのではない。武具を製作/修理する鍛冶屋、城壁等の修理/メンテナンスを行う大工や左官屋、衣類や靴などの日用品を作る職人まで多種多様な人が住み込みで働いている。
そして、それらの人々はただ雇われているだけ。したがって、やばいと思えば逃げたくなる。ハンスはそんな彼らに便乗して脱出するつもりなのだ。
「ハンス、兵士に詰め寄る人達が南門に集まってる!」
「分かった。ありがとう」
ルツカは目端が利く子で、せっせと油や薪替わりに使えそうなものを見つけては火をつける一方、情報収集までこなしている。おかげでハンスが火を見た人に呪法をかけることに専念することができた。
「それにしても、ハンスは一体何者なの? 盗賊みたいなことだけじゃなくて、呪法まで使えるなんてあり得ないよ」
ハンスは真っ直ぐに少女の目を見つめた。
「ゴメン、説明出来ない。だけど、君との約束は守る」
ルツカは先程と同じようなやり取りになったことにやや辟易しながら、手を振った。
「いや、それはもういいよ。ハンスのことは信じるって決めたし。今のは単純に驚いただけ」
「よかった。まあ、説明しても信じて貰えるかは自信がないけどね」
「サラッと私の決意を揺らがすようなことを言わないで!」
こんな雑談をしながらも、ルツカは周りに目を配り、ハンスは呪法をかける。火が大きくなってからは、呪法で焦りを煽るのがどんどん簡単になっていった。
「そろそろ南門に行ってみよう」
「分かった。ついてきて」
そう言うと、ルツカは小走りで駆け出した。彼女についてしばらく走っていくと、門の前で人だかりが出来ているのが見えてきた。
「早く開けてくれ! このままじゃ焼け死んでしまう!」
「夜間の開門は許可されていない! 早く立ち去れ!」
門の前に一般人らしき人達と兵士達がそんな押し問答をしている。彼らは十人~二十人くらいだが、夜間ということもあって兵士達は二~三人だ。
「あれ、やばくない? 下手したら流血沙汰かも」
ハンスに耳打ちするルツカの意見は正しい。兵士達が腰に差した剣の柄に触れる場面がちらほらと見られる。
(武器を見せれば引くと思ってるのか? でも、彼ら達も必死だ。自分の方が数が圧倒的に多いんだし、頭に血が上って強引な方法に出る可能性が高いな)
鬼気迫る一般人達の剣幕が視界に入り、ハンスはそう考えた。
「一般人達が応戦すれば、兵士達は門を開けさせないように開閉装置を壊そうとするかも。どうしよう、ハンス?」
「例え兵士達がそこまでしなくても、争いになれば怪我したり、死んだりする人がでるかもしれないな」
火事を起こしておいてなんでと言われるかも知れないが、目の前で人が死ぬ危険を見過ごしたくはない。
(砦や勇者とは無関係な人達には被害を出したくない)
ハンスがそんなことを考えたとき、取り込んだ死霊の一つが彼に語りかける。
(これしかないな)
ハンスは死霊に言われた通りに手を上げ、大声を上げた。
読んで頂きありがとうございました。次話は明日の7時に投稿します。