第十話 復活
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ハンスは立ち上がり、目の前の鉄格子を飴細工のようにひしゃげさせると、少女の前に立った。
「行こう。君を姉さんのところへ連れて行くよ」
少女はハンスのよく分からない言動に多少面食らっていたが、すぐに気を取り直し、ハンスの手を取った。
ハンスが捉えられていた砦の名はヴァーリア。首都からは遠いため、日々の仕事は行商人同士のいい争いの仲裁やスリの摘発といった危険度の低いものばかりだ。
だが、帝国最強の騎士が捕虜を連れて訪れてからは大変な騒ぎが続いている。そのため、勇者の周囲の人は過度の緊張に晒されている一方、勇者が来なさそうな場所はむしろいつもより警備が手薄になっていた。
ハンスと少女はそんな状況は知らない。が、ハンスのマナサイトを使えば、人気の無い場所を移動するくらい訳はない。彼らは順調に地下から地上へと上がっていった。
「凄い。なんでこんなに暗いのに道が分かるの?」
「壁とか床にもマナが含まれているからね。生物と違って周りと循環しないから、薄く弱いけど、道を見分ける分には問題ないよ」
「???」
ハンスの説明は少女にはあまり理解されなかった。最も、これはハンスの方が悪い。ハンスの話は魔法の知識が無い一般人にするような説明ではないのだ。少女のリアクションからそのことに気づいたハンスは若干慌てて言葉を足した。
「その、訓練で色々と見えるようになったんだ。こんなとこで役に立つとは思わなかったけど」
「あなたって何をしていた人なの? 冒険者?」
「いや、その……」
何と答えたらいいのか、ハンス自身分からない問いだった。しかし、幸いそれに悩む必要はなかった。何故なら、彼のマナサイトが二人の兵士らしきマナを捉えたからだ。彼は傍にいる少女にジェスチャーでじっとしているように伝え、物陰から様子をうかがった。
(こちらには気づいていないな)
天井近くにある窓から落ちる月明かりが、彼の目に並んで何やら喋っている二人の兵士を映す。その内一人は松明を持っているが、注意はおざなりだ。
(談笑しながら巡回しているのか? 随分お粗末な見回りだな)
今見つかるわけには行かない。ハンスがそう結論づけると身体が自然と動く。彼はまるでやり慣れたことのように、音を殺し、身を屈めてゆっくりと移動して、自分が攻撃しやすい位置についた。
(さっき取り込んだ義賊の技能がこんなに自然に使えるなんて)
内心そのことに驚きながらも、目の前の二人を無力化することに意識を向けた。
(今だ!)
ハンスは、相手が十分に近づいたところで石を明後日の方向へ投げて注意をそらす。そして、次の瞬間、ハンスは松明をもった男のみぞおちを突き、一瞬で昏倒させた。
「何っ……」
突然の襲撃に驚き、声を上げたもう一人をハンスは締め上げて意識を奪う。
(取り込んだ死霊の力を得るのが《死霊食い》の力。それは俺の体を癒すだけではなく、身体能力や技能も向上させるってことか)
ハンスは何となく自分の力を理解した。姉の霊魂を取り込んでいたときに精霊魔法が使えたように、今は先程取り込んだ霊魂の力を使える。そして、霊魂が手元から離れない限り、本人のように力を使えるのだろう。
「もう大丈夫」
ハンスが少女に小声で合図をすると、彼女は小走りで近づいてくる。月明かりて照らされた少女は少々やつれていたが、整った顔立ちをしている。快活そうな栗色の目が印象的な女の子で、年齢は十三~十五才だろうか。
「怪我はない?」
「大丈夫」
「よかった」
ハンスはそう言うと気絶した兵士達の体の上着を脱がせ、その服で猿ぐつわをかませた後、地下牢に続く階段の踊り場に放置する。勿論、彼らが持っていた剣も忘れずに頂戴し、腰に下げた。
「これでしばらく時間が稼げる」
不審がる少女に説明するようにハンスが言うが、少女は険しい顔を浮かべたままだった。
「さっきといい、何か手際が良すぎない? 実は結構悪い人なの?」
「違う違う!」
ハンスは《死霊食い》による技能獲得が思わぬ誤解を生んだことに焦り、慌ててかぶりを被った。
「何て言うか、昔ちょっと」
「やっぱり悪いことしてたんだ」
「え? イヤイヤ、間違えた。仲の良い奴の特技で……」
「怪しい人が友達って聞いて何を安心しろって?」
喋れば喋るほどボロがでるハンス。そんな彼には自分をジト目でみる少女にどうすれば納得してもらえるかなんて分からない。そもそもハンスは要領の良い方ではないのだ。小さい頃にはバカな言い訳をしては姉に叱られていたものだった。
(そう言えば、姉さんには“どうせバカなことを言うなら、バカ正直に行きなさい”とか言われたこともあったな)
ふと、今となっては懐かしい日々を思い出す。それはハンスに戻れない苦さを感じさせるものではあったが、同時に彼にとっては姉が自分の中に生きていると感じる瞬間でもあった。
(また、助けられたな……ありがとう、姉さん)
ハンスは突然少女に向き合い、しゃがみ込んで彼女と視線を合わせた。
「適当なこと言って悪かった。実はまだ詳しいことは話せないんだ。だけど、君をここから出して姉さんのところまで連れて行くことを誓う」
「何にかけて?」
少女の顔は真剣だ。ハンスが信じていい人間なのかどうかを言動から見極めようとしている。しかし、姉の言葉を思い出した今のハンスは動じなかった。
「俺の姉さんの霊魂にかけて」
うそ偽りのない表情で訴えるハンスに少女はふぅとため息をついた。
「分かったわ。なんかごめんなさい。せっかく牢から出してくれたのに疑ったりして。私の名前はルツカよ」
ルツカは立ち上がり、ハンスに向かって手を差し出した。ハンスもそれを見て手を伸ばす。
「無理もないと思うよ、ルツカ。俺も自分に起こったことが信じられないくらいだから。あ、俺はハンス」
ルツカの顔から警戒心が拭われたのを見て、ほっとするハンス。だが、いつまでもそうしているわけには行かない。ハンスは手早く、彼女がこの砦について知っていることを聞き出し始めた。
ルツカが、砦の兵士に捕まったのは三日前。換金できそうな薬草を一人で探していたルツカに兵士達が絡んだのが発端だった。
兵士達に構われることを拒否した彼女は無理矢理砦に連れて行かれ、尋問されてから、地下牢へ送られた。ちなみに、投獄されたのはハンズが意識を取り戻す二~三時間前くらいだったらしい。
こうした経過のため、ルツカも砦の構造について詳しく知っているわけではなかった。出口といえば、兵士達が大勢詰めている大きなものしか知らなかったし、唯一地下牢以外に出入りした一階でさえ、知っているのは尋問のための部屋だけだった。
しかし、彼女の次の言葉はハンスの注意を引いた。
「後、何か偉い人が来ているとかで、一番上の階に人が集まってるって」
「偉い人って勇者か!」
ルツカは急に声を荒げるハンスに驚きながら否定した。
「帝国最強の騎士が帝都から動くはずがないでしょ。ただ、城主よりも偉い人が上の階に、多分最上階にいるって話」
ハンスは急に大きな声を出したことをルツカに詫びながら、考えた。
(勇者が最上階にいるのはほぼ間違いない。そして、この砦の人間がヤツに粗相があってはいけないと考えていることも)
ハンスが取り込んだ霊魂の内、重要そうなのは三つ。
一つ目は先程まで活躍していた義賊、ディルクの力。
警戒が厳重な場所にも忍び込める力はこの状況にうってつけだ。この力を使えば、城壁からロープなしに飛び降りることも出来るかもしれない。ただし、その場合、ルツカをどうやって脱出させるかが問題になる。
二つ目は村人を虐げる貴族に反発して獄中死した騎士、ローエングリンの力。
彼の馬術があれば、月夜に馬を走らせることだって可能。追っ手から逃げ切るためには必須とも言える力と言える。しかし、馬の入手と門をどうやって空けるかが問題になる。今のハンスなら力づくで開けることも出来るかもしれないが、そうすれば目立ってしまう。静かに門を開けなければ逃げきれないだろう。
三つ目は禁呪法の研究に反対して牢に入れられ、そのまま餓死した呪法使い、マーリンの力。
呪法とは、マナの動きを乱し、精神を揺さぶることを目的とした魔法である。強力な使い手なら、幻覚を見せたり、錯覚を起こさせたりして事実に反することを植えつけることもできる。
やり方次第では呪法で誰かに門を開けさせることが出来るかもしれないが、この場合、誰をどういう状態に追い込んで門を開けさせるかが問題になる。大体、誰が門を開けることができるのかさえ分からないのだ。
この状況とハンスの持つ力で出来ること。一つのアイデアが彼の脳裏を過ぎった。
(行き当たりばったりすぎるけど、仕方がないか)
元々警備が厳重な砦から脱出しようという時点で無理があるのだ。彼はルツカに自分の考えを説明し始めた。
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