最終話「2人の愛はこれからも続く」
最果は退院後も毎日仕事が終わると必ずウトロから川上の運転で見舞いに来た。その距離は約60km、時間にすると1時間くらいである。
見舞いには必ず手土産に本を持ってきた。これは読書好きの純恋が退屈しないように、最果が家の2階にある書庫から純恋の好みに合わせ選んでくるものだ。日本の小説はもちろん、中には英語圏の小説もある。
純恋は1人の時間を過ごす時は必ず最果が持ってきた本を読み、眠る頃には5冊ほど読み終えていた。
翌日見舞いに来た最果と読んだ本の感想を話すというのがお決まりだった。
そんな見舞いデートを重ね数日後、純恋は退院。足の骨折が完治後最果を札幌の純恋の父親と夕張の祖父母に紹介し、ウトロで結婚前提に同棲することを伝えた。
ウトロで中古の一軒家を購入し、最果の愛犬のチャウチャウも実家から連れて2人と1匹の同棲生活を開始。同棲期間中に最果の元彼女による殺人未遂事件が起こったものの、2人は何とか乗り越え晴れて入籍した。
結婚式と披露宴はともにさいはてホテルで行われ、両家親類はもちろん、ウトロの観光・役所関係者らを招き、盛大に執り行われた。
式後、2人はさいはてホテルのスイートホテルのベットでいちゃついていた。
「純恋のドレス姿、すげぇ綺麗だった」
「試着の時も同じこと言ってたよ?」
「そうだけど、照明とか化粧で変わるじゃん。ウトロの関係者とかに取られねーか心配だわ」
「うーん、それよりも燈夜さんの元カノさんにまた怖いことされないかの方が心配だよ…」
「それは大丈夫、精神障害持った元カノは梓だけだから。それ以外みんな結婚して道東にはいない」
「そうなの…なら良かった」
「あの時は怖い思いさせちまってごめんな…俺がヒグマになる前にあいつにはっきり『別れよう』って言わなかったのが悪いからさ」
ヒグマになる前の10年前のこと。最果には高校時代から付き合っていた彼女がいた。彼女は機嫌がいい時は美人でかわいらしい女性だが、一度怒らせるとヒステリックになり、DVや殺人まで起こすため耐えられなくなった最果は自然消滅を図りそのまま別れようとしていた。
しかし、彼女は最果と別れたとは思っておらず10年間想い続けていた。そこに純恋が現れたため、怒りを覚えた彼女はある日事件を起こしたのだ。
「本当にごめん…」
「ううん、梓さんのことはもういいの。あの時大好きな燈夜さんとニクルさん遺して死ななかっただけ良かったと思ってる」
純恋は頭を下げた最果に「頭上げて」といい上げさせると、優しく微笑み唇にキスした。
「純恋…」
「これからもずっと一緒でしょ?」
「うん、一緒」
「ただ、ひとつだけ…もうヒグマにはならないで…?」
「うん。もう釣りしないから大丈夫。ぶっちゃけると、あの生活は怖かったし」
「よく生きてたよ…普通ならサバイバルに負けてる」
「俺は普通じゃないのかもしれないな。生き残るためならヒグマのメスともやったしな」
「え…そこまでしたの?」
その話は純恋には初耳だった。
「まさかまた人間に戻れると思ってねーから、ヒグマとして子孫でも残しておこうかと」
「じゃあ…この知床には燈夜さんのDNAを受け継いだヒグマがいるんだね」
「自然の厳しさに負けてなければな」
「私も燈夜さんの子供、産みたいなぁ」
「産んでくれるの?」
「だって、ホテルの後継のこともあるし、女としてヒグマに負けたくないでしょう?あと、純粋に燈夜さんとの子供ならかわいいだろうなって」
「後継のことまで考えてんのか…できた嫁さんだ。じゃあ、クオーターの子何人欲しい?」
「2人がいいなぁ」
「まぁ、2人がちょうどいいか…きょうだいいすぎても大変だしな」
最果は子供時代、この最果ての小さな町で5歳下の3つ子の妹たちと育ってきたことを思い出した。どこに行くも一緒で、目を離すと必ずひとりがいなかったり怪我の連続で気が休まらなかった上、年々重度のブラコンぶりを発揮する長女のウトロに驚かされることがあった。
また子だくさんの最大の問題点は、代々ホテル経営でもこの最果ての地では色々かなり厳しいということ。最果はそれを肌身で感じていた。
(まあ…子供育てるのは大変だけど、純恋との子供は欲しいよな…)
2人は視線が絡み合うとキスをした。繰り返し唇を重ねる音だけが部屋中に響く。
「今日から俺頑張っちゃうからついてきて…?」
「はい…」
さいはてホテルのスイートルームの明かりがひとつ消えた。
天の川流れる星空が大自然を包みこみ、小さなシレトコスミレがそれを見上げていた。
ーfinー