第7話「ヒグマの魔法の謎」
晴れて恋人同士になった2人は、入院期間中検査や食事などの時間以外、ほとんどを2人で過ごした。
最果が純恋を車椅子に乗せ、病院の中庭で花々を愛でながら、北海道の心地よい爽やかな風に当たって過ごすこともあった。
最果の退院が迫ってきた前日、純恋はあることを質問した。
「最果さん」
「どうした?」
「最果さんは10年前、ヒグマにオショロコマをあげなかったことによって逆ギレされてヒグマになったじゃないですか。それは魔法って言うんですかね…ヒグマの魔法はどうして存在するんでしょう…?」
最果は母親のエヴァが家から持ってきたスウェーデン土産の木彫りの熊と、網走監獄土産のあばしりニポポ人形を純恋の目の前に置いて答える。
「昔々、知床に最果の先祖に当たる熊撃ちの猟師がいました。その人は当時まだ20歳、女の子と付き合ったこともない真面目くんです」
「ヒグマになった最果さんより若いじゃないですか」
「そう。俺より若かった…で、人を襲う悪いヒグマが出たのでいつものように撃ちに行きました。彼は真面目くんですから、仕事に忠実で指示どうり悪いヒグマを撃ったわけです。そしたらどうなったと思う?」
「え…?どうなったんでしょう?」
「『よくも私の彼を撃ったわね!この人間め!許せぬ!』と言う声が聞こえたそうです」
「“私の彼”って…ヒグマの彼女…?」
「うん、繁殖期だったらしいから交尾相手だわ。
で、キョロキョロ周りを見てもいなかったのに、気づいた時には目の前にメスのヒグマがいました。
『殺した罪は大きい!罰として、そなたには死ぬまでヒグマの姿でいてもらおう!だが、ひとつだけ人間に戻る方法がある。それは、“人間の女と恋に落ち、よほどの深い愛で愛されること”だ』
とメスのヒグマは言って、魔法でヒグマの姿に変えたそうです」
「…もしかして、その人は最果さんと同じように愛してくれる女性が現れたってことなんですか…?」
「そうなんだよ。よほどの物好きなんか知らねーけど、出会って結婚したから何代か先に俺がいるの」
「ちなみに…ヒグマになったのは何人なんですか…?」
「俺で7人目らしい…魔法が解けたのは7人のうち2人だけ。他の5人はずっとヒグマで戸籍上死んだことになってる」
「じゃあ…運が良かったってこと?」
「純恋は幸運の女神ってことじゃねーの?てか、親父も母親もこんな話があるなら先に教えろって話だわ。熊狩り好きのスウェーデン人が結婚した途端やめて里帰りしてもやらずに急にクマグッズ集めだすっておかしくね?とは思ってたけどさ」
「いつ聞いたんですか…」
「昨日…」
「遅すぎます」
「だろ?ニポポだっておかしいって思ってるよ」
「ニポポさんって、狩りに行く前に『狩りがうまくいきますように』ってお願いするためのお人形ですもんね…今じゃ網走を代表するお土産ですけど」
「ま、いいよ…無事人間に戻ったからさ…あ、そうだ。俺純恋に言い忘れてた」
「なんですか…?」
「もう彼女だからタメ口でいいよ。恋人同士って対等な関係じゃないとうまくいかねーから」
「そう…なの?」
「好き同士には年の差とかそんなことは関係なく対等な関係が必要なんだよ。いつまでも敬語だと壁がある感じだし」
「わかった、気をつけるね?でも、なんとなく名前だけは“さん”づけで」
「なんで?燈夜でいいじゃん」
「“燈夜さん”がいい。ねぇ、燈夜さん♫」
最果は真っ白な頬をボッと赤らめた。
(…かわいいしなんか…純恋が言うとエロいかもしんねーな…)
「もっと呼んでいいよ…?」
「燈夜さん」
「もっと…呼んで?」
最果の要望に答えるように、顔を近寄せ耳元で囁く。
「燈夜さん…大好き♡」
「ふっ!…俺も大好き」
(純恋、声もかわいくて癒されるんだよなぁ…幸せすぎる)
最果が純恋に目を向けると、目が合った。オホーツク海に沈む夕焼けを背に、2人はキスををした。