婚約破棄をされましたけれど
よくある婚約破棄、よくある話。
一度書いて見たかった!
「ソフィア、お前との婚約を破棄しリネを新たに婚約者とする」
この国の陛下と王妃を始め、実在する貴族のほぼすべてが集まる、王太子であるキース様自らの誕生パーティーでなんということを仰るのでしょうか。
でも、わたくしにはとても好都合でございます。しかし、パフォーマンスは必要ですかね。
「…理由をお伺いしてもよろしいですか?」
「何を言う!自らの胸に問うがよい!」
はて、と首をこてんと傾げながら右手を胸に当てましたけれども、思い浮かぶことはございません。
「キース殿下、わたくしには心当たりがございません」
「はっ!何と白々しい!この私の愛しいリネを散々いじめたというではないか!そんな性根の腐った女など、この国の王太子妃には相応しくない!」
「いじめでございますか?そのようなことをした覚えもされた覚えもございません。ましてや、リネ様とおっしゃいましたか?わたくし、初めてお会いいたしましたわ」
この数年間の王太子妃教育の賜物をこれでもかと見せつけるかのように、お手本のような見事なカーテシーでご挨拶いたします。
この姿勢、意外と大変なのでございますよ。一度お試しあれ。
「ソフィアさん、ひどいわ!いろんな人を使って私をいじめてたくせに!」
上位貴族であるわたくしに対してその口調はいかがなものでしょう。教養の有無を疑ってしまいますわ。
持っていた扇子で口元を隠さなければ、呆れた顔を見られてしまうところでしたわ。それでも開いた口はすぐには塞がりませんけれど。
そんな何も口に出来ないわたくしを見て、何を勘違いされたのか殿下は踏ん反り返ってこちらを見ながらお話を続けられます。
「ほらみろ!何も反論はないではないか!そんなお前とはやっていけない!父上、母上、私はリネを新たに婚約者とする!ソフィアはこの国から追放だ!」
「ちょっと待て!」
「お待ちなさい!」
陛下と王妃は扉から入った途端に殿下のパフォーマンスが始まったために、その場に固まって動けなくなっていたようでございます。
ハッと意識を取り戻されて、初めてお見かけする速足で殿下の方へ向かいながら声を荒げられます。ですが何やらお話される前にわたくしが先に口を開き、先手を打ちますわ。
「陛下、王妃様、わたくしはこの婚約破棄を受け入れますわ」
ゆっくりと、静かに、公爵令嬢として厳かに申し上げます。
「そんな…では…」
「はい。もちろんご報告させていただきます。…と言いましても、既にご覧になっていらっしゃいますが…」
わたくしはそう言いながら、こっそりと展開されていた魔法を、この場の全員に見えるように開放いたします。
『×××』
ぱあっと眩しい光が会場中を照らしたかと思うと、白い壁の一部がスクリーンのようになり、一人の人を映し出していました。
「カイン皇帝陛下…」
誰かがそう呟くと、一斉に皆が深く礼をいたします。わたくしも皆さまに合わせて、頭を垂れます。
「皆、かしこまらずとも良い」
深く凛とした声が響きわたり、皆さま礼をゆっくりと解かれます。
そうして、スクリーンに映る皇帝陛下をしっかりと見つめながら、わたくしは問います。
「カイン皇帝陛下、あの時のお約束はまだ有効でございますか?」
「ふっ…何を言っている。この私が加護するほどの大事な女だぞ。何年経とうが有効だ。それこそ来世でも構わないと、そう言ったであろう?」
そう言いながら、わたくしの周りがキラキラと光ります。皇帝陛下のご加護ですわ。そう、ずっと守られておりましたの。
「わたくし、ソフィアはカイン皇帝陛下のお申し出を受け入れます」
「そうか!ようやく私のものとなってくれると決めたか!」
皇帝陛下がにこやかに微笑んだかと思うと、スクリーンから目が開けられないほどの光が放たれます。
あまりの眩さに体がふらりとよろつき倒れそうになりましたが、倒れこむことはなくそっと誰かに体を支えられております。
光が収まり、目を開くといつの間にか目の前に精悍な顔つきの男性がいらっしゃいました。
「あの頃のように名前で呼んでおくれ、ソフィ」
「カ、カイン様…」
そこには、先ほどスクリーンの先にいらっしゃったはずの皇帝陛下。思いの外近い距離で思わず顔が赤くなるのが自覚できます。
そして何気にしっかりとわたくしの腰に腕を回していらっしゃいます。こらっ。
「こちらに来られてもよろしかったのですか?」
「ははっ、滞在するわけではない。少しくらいなら大丈夫だ。私の嫁を連れて帰るだけなのだからな」
誰一人として声も出せず、動くことも出来ないこの状況の中で、空気を読めないお一人が何やら喚きだしましたわ。
「な、何故!お前が皇帝陛下と知り合いなんだ!」
殿下のその言葉にわたくしはまたもこてんと首を傾げます。
しかし、その前にいまだにわたくしの腰に手を回していらっしゃる方に一言申し上げますわ。
「カイン皇帝陛下、皆さまへの威圧はおやめくださいませ。怯えていらっしゃるではありませんか」
「皆がソフィに敵意を向けているこの状況は、私には許せん」
「わたくしは大丈夫ですわ。とにかく、この国ではお控えくださいませ。それこそ戦争になってしまっては困りますわ」
「ふむ…」
しぶしぶといった様子でしたが、少し殺気を緩められたようで先ほどまでの張りつめたような緊張感は和らぎました。
そっと皇帝陛下の腕から少し離れまして、殿下に向かってわたくしは説明をいたします。
「キース殿下、わたくしは幼い頃にラフトル帝国のカイン皇帝陛下より婚約のお誘いを受けておりました。陛下と王妃様はご存じのことでございますし、当然ながら殿下も伺っておられると認識しておりましたが…違っていたのでございますね。
婚約のお話ですが…わたくしはこの国の貴族でございます。ましてや幼き歳。わたくしの判断では難しく、公爵家で考えました結果、皇帝陛下よりのお申し出のことを陛下にご相談いたしました。そうしましたら、翌日、何故かキース殿下との婚約と相成ったのでございます。
わたくしはこの国の貴族…皇帝陛下には一度お断りしております。その節は申し訳ございませんでした」
皇帝陛下へ向けて軽く頭を下げます。距離が近すぎて正しい姿勢を取れるほどのスペースがございませんでしたの。
本来であれば断るという行為は戦の引き金になりかねませんでしたが、当時の皇帝陛下はまだ皇帝陛下ではなく幼き歳の子。
お互いの国のことをを考えて、皇帝陛下のご両親からの温情でございますわね。
「いや、あの時は私も急いて悪かった」
少しばつの悪そうなお顔で仰います。あらまあ…かわいらしいですわ。ふふ。
「皇帝陛下は無暗に他国への干渉はなさいませんし、わたくしが正式な王太子妃となった暁には、この国に祝福をしていただけると…。お断りしたにも関わらず守っていただけると仰ってくださいました」
皇帝陛下の祝福、それは帝国との繋がりが強い国である証拠であり、他国へ見せつけるものでございます。小さな国の集まりであるこの周辺では、小さな諍いは絶えません。
しかしながら、祝福を受けた国が助けを求めたら帝国はその国を守ってくださる…小さな国にはとてつもない守りとなるのでございます。
「ですが、もしもわたくしが…わたくしの婚約が白紙となった際には、皇帝陛下の元に嫁ぐと…幼い頃の口約束ですので、正式なものではございませんが…。そう、皇帝陛下とお約束したのでございます」
「そうじゃ…ソフィアを婚約者と決めた時にそう話したではないか」
「そうですわよ、キース。その時に、ソフィアが婚約者だからあなたが次期国王になれるのですと言いましたよね」
肩を落としてしょんぼりとする陛下と対照的に、怒りか呆れからか少し震えながら王妃が殿下に向かって言葉をかけられます。
殿下はその言葉に唖然とされていらっしゃいます。
「そ、そんな…それでは私は…」
「そうです!あなたの王位継承権は剥奪です」
「そうじゃ、ソフィアとの婚約解消をもって、お前の王位継承権はなくなった。第二王子であるリオンへ継承権は移動する。お前の処遇は追って決める」
「えっ!?ちょっと待ってください!」
甲高い声で女性の声が響き渡ります。リネ様ですわ。空気の読めない者同士でしたのね。意外とお似合いだったのかしら。
「そんな!私、王太子妃になれるんじゃないの?それって話が違うわ!私は未来の王妃になる女なのよ!」
突然のリネ様の言葉に、皆さまの注目が集まります。
「そうだわ!そうよ、カイン様!貴方が私と結婚すれば良いのよ!」
名案だといわんばかりな素敵な笑顔で、何とまぁ、とんでもないことを仰りだしましたわね。
これにはさすがに陛下、王妃様、殿下が止められます。
「「「ちょっ…」」」
あら?さりげなくまた腰に回っていた腕に少し力が入っております。これはよろしくないですわね。
「カイン皇帝陛下?あまり怖い顔をなさらないでくださいませ」
そっと皇帝陛下に向かって囁きます。
「ソフィの鈴のような声はずっと聞いていたいが、私は許せぬ」
あら、これはダメみたいですわ。更に腕に力が入るのが分かります。お顔も眦が上がって…凛々しいですわ…いえ、怖いお顔になっていらっしゃいます。怒りで魔力がちりちりと静電気のようになっていらっしゃるわ。
「リネと言ったか?」
今までにない冷たく低い声が会場内に響きわたります。
「はい!カイン様にこんなに早く名前を覚えていただいたなん…むぐっ」
「耳障りだ、うるさい」
そう言って皇帝陛下が手を振ると、リネの口が閉ざされます。
「まず、キース王子。お前はソフィを蔑ろにしたあげく婚約破棄をお前からしたな。ソフィがいじめなどするわけがないだろう。私という後ろ盾があるのだ。リネの言っていたソフィのいじめのことだが、すべてリネの虚言だ。証拠もなく信用し、騙されたお前は愚かだな」
ばさりと、どこからお持ちになったのか、束になった証拠の書類が殿下の目の前に落とされました。
いつの間にそんなことをしていらっしゃったのかしら?そして、何故知っていらっしゃったのかしら…もしや皇帝陛下のご加護?少し怖いですけれども、気にしないようにいたしましょう。
「国王夫妻」
皇帝陛下に呼ばれ、二人ともびくりと大きく肩を揺らされました。
静かにお怒りになられているお声は怖いですわよね。
「ソフィを守れなかったことについては遺憾だが、愚かな王子の早急な継承権剥奪の判断は評価する。最悪の結果を想定しており、かつ対応を迅速に出来るのは称賛しよう。王は腐っていないようだから、この国に手出しをするつもりはない。まあ、この国にとっては最悪の結果だが、私にとっては最良の結果となったからな」
そう言い終えると、突然甘い顔になられて、するりと頬を撫でるものですから、わたくし顔がぽっと熱くなりましたわ。
「そんな顔をするな…」
そっと甘い声を耳元で囁くものですから、ますます顔が火照ります。恥ずかしいですわ。
そしてすっと甘い顔を解いて、皇帝陛下のお顔に戻られて更にお言葉を続けられます。
「それとリネといったか?ソフィを貶めたあげく、王子を婚約者に持ちながらこの私にも懸想したな。お前にはどんな処罰が良いだろうか?皆の者!どう思う?」
「むぐ、むぐぐー」
いまだに口が閉じられて喋ることの出来ないリネ様が何か喚いていらっしゃいますが、この際無視いたしましょう。参考になるご意見をいただけると思いませんもの。
「こ、この者の処遇については私共の国で…」
「そうか…。皇后となる者に手を下したのだ。温い処遇は許さんぞ」
「はい、承知いたしました」
「よし、では帰るか」
最後のお言葉はにこやかにわたくしに向かって仰いましたが、この惨状のままでよろしいのでしょうか?どうしましょう…あら…もう魔法を展開していらっしゃるわ。気が早いお方なんですから。仕方ありませんわね…。
「皆さま、ごきげんよう」
王太子妃教育で学んだ完璧なカーテシーをもって、この国を出ることにいたしましょう。この教育だけは、感謝いたしておりますわ。
あ、今思い出しましたけど…リネ様のお口はどうされたのでしょう。帝国に着いてから皇帝陛下にお伝えいたしましょう。
ラフトル帝国に着いた後、わたくしの家族を呼び寄せたり(貴族ですので領地等の問題がございましたが、彼の国がどうにかしてくださったようですわ)王太子妃教育とは難易度が違う皇后教育でなかなかに大変でございましたが、無事に教育終了後、結婚式と相成りました。
いわゆるスピード婚ですわね。本来でしたら、婚約後最低でも1年はかかります。何といっても大国、ラフトル帝国ですもの。各国へご挨拶に伺って後、結婚式のご招待をしましてから盛大な式が開催されます。
それなのに…「ソフィが他の者に攫われるのはもう嫌だ」と何とも皇帝陛下とは思えないかわいらしいことを仰いましたので、思わず承諾してしまいましたのよ。
結婚式にお呼びしました各国の方は皇帝陛下が魔法を使ってこちらへお越しいただきました。範囲、人数、魔法技術…どれをとっても桁違いの難易度ですのに、難なく魔法を展開された皇帝陛下の魔力に、他国は青い顔をされていましたわ。まあ、このことで皇帝陛下に歯向かおうと思われる方が僅かになりましたことは良かったと思いましょう。
そして今までになく盛大な式になった理由が「わたくしを見せびらかしたい」ということは忘れることにいたしますわ。
結婚後は(いえ、結婚前からでもございましたが)皇帝陛下と仲睦まじく過ごしました。2男1女のお子も授かりまして、帝国はますます栄えました。
彼の国がその後どうなったのかは知りません。徹底的にわたくしの耳には入らないようになっていましたわね。皇帝陛下ったらわたくしにはとことん甘いですわ。そんなカイン様と結ばれて本当に良かったですわ。
こうして、婚約破棄されたわたくしの物語は終わりです。わたくしにとってはハッピーエンドですわね。
あ…口を閉ざした魔法のことを忘れておりましたわ。
(更に後日、思い出したときに伺いましたら彼の国を出た時に魔法を解かれていたようですわ。さすがわたくしの旦那様)
読んでいただきありがとうございます。
楽しかったです~!




