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永遠のライバル

作者: まきむら 唯人

 

 堀 勝利(かつとし) 16歳。

 俺には毎年夏に熱い戦いを繰り広げる好敵手(ライバル)がいる。

 名を、堀 勝一(しょういち)

 御年89歳の爺ちゃんだ。一緒に住んでいるわけではない。

 父方の田舎は長野の方にあり、そこで爺ちゃんは弟夫婦と同居しているのだった。


 代々続く農家で、今も現役バリバリ元気に畑に立っている。毎年夏休みに帰ると、畑の中で手を振る麦わら帽子の爺ちゃんが待ち構えていたもんだ。


「おー、よう来たの! みんな変わりないか」

 笑うとちらりと覗く金歯が眩しい。日に焼けた赤ら顔だから余計に目立つのかな。

 長年黒髪を保っていた爺ちゃんも、85歳を超えたあたりから白髪が目立つようになり「儂も修業が足らんか」などと訳の判らない事を言っていたが、どうやら爺ちゃんなりに気にしているらしい。


 夏休み、お盆の間は爺ちゃん家に泊まる。

 父の田舎の平屋はほんと広くて、客間もたくさんあるんだよな。小さい時から訪れていたけど、まだ秘密の部屋があるんじゃないかって未だにワクワクすることもある。

 ここでずっと暮らすのは無理と思えるんだけど、限られた期間だけ過ごす田舎暮らしは、不便なだけじゃない小さな楽しさがたくさんあって、俺は俺なりに毎年ここへ来るのを楽しみにしていたんだ。

 そして、その中でも一番の楽しみが俺にはあった。アレだ、アレ。


「フッ。来たな勝利(かつとし)。待ちくたびれたぞ」

「主人公は遅れて現れるものなんだぜ」

 2人、芝居がかった(てい)で不敵に笑う。


 俺は婆ちゃんから渡されたスイカと麦茶が乗った盆を置きながら、爺ちゃんの隣に胡坐(あぐら)をかいた。恰好(かっこう)は爺ちゃんと同じく寝巻代わりの甚平(じんべい)だ。足の裏の畳の感触がひたすら気持ちいい。

 爺ちゃんの部屋は10畳程の広さがあって、必要最低限の家具とテレビが置いてある。これがまた、地元じゃリサイクルショップでも見なくなったアナログのテレビ。


いい加減新しいの買えばいいのに。なんて言うと『何を言うかー。まだまだ儂と同じ現役だぞ! それにこいつはビデオまで見られる優れものだ』と、すっかり映りが悪くなったテレビデオを叩いたりしていた。そもそもビデオ? と首を傾げた俺はさて置いて。

 そのテレビに繋がれている、もの。これが重要だ。


「爺ちゃん、俺手加減しないからな」

「望むところだわい」

 俺が産まれる前に発売されていたレトロゲーム機だった。俺の親父が使わなくなったものを爺ちゃんが保管していたらしい。2年ほど前に、ひょんなことからそれを発見した俺が、爺ちゃんに「やろうやろう!」とせがんだのが始まりだった。

 それ以来、夏の恒例行事と化した俺と爺ちゃんの対戦。


 渋る所か乗ってきた爺ちゃんはその名前の通り「勝ち」に(こだわ)る人だった。

 勿論それは、俺もだ。

 レトロゲームは動画で見聞きはしていたけど、実際にプレイするのは初めてだった。

 そしてそれは、爺ちゃんも同じ。以来、2人の熱い戦いはお盆の間中、毎夜繰り広げられているのだ。


「今夜は風船のやろうよ。ねっ」

勝利(かつとし)はバルーンが好きだなぁ。確かにこれは儂も好きだが」

 爺ちゃんはカセットの差込口にフーフーしている。

「ああっ、それすると息の水分で()びるって言ったじゃん!」

「おお、すまんすまん」

 昨日興味本位で爺ちゃんの部屋を覗いてきた親父が伝授していった余計なことだった。

 全く、世代はこれだから……などと調べて思ったが、もう1つの方法である「叩く」を爺ちゃんに教えなかっただけマシか。

「ササッと敵を落としちゃおー」

「おっほほ。了解だ~」

 ゲームが起動する。

 このピコピコサウンドが今ではたまらない。何ていうかさ、小さな宇宙でオモチャの宇宙人が現れたぞぉ~! みたいな、脳を刺激する音造りが何気にすごいと思うんだよね。

 全然古臭くない、むしろ新しいって感じたんだ。


 俺達がプレイしているのは、背中にバルーンを付けたプレイヤーが、同じ風船を付けた敵を倒すっていう判りやすいゲーム。風船を蹴ると割ることが出来るんだけど、ふわふわに浮いている者同士、中々狙うのが難しいんだ。

 ステージを進める度に敵の数は増え、雷が妨害してきたり、下の水場には魚がいたりで油断ならない。水面近くを飛んでいると、たまに魚に食われるんだよね。

 初めてアレを見た時は目を疑った、っていう。


「だあぁー! 爺ちゃん上手すぎだろ!?」

「敵を倒した後の落とし合いこそ真理! ほれほれ」

 そうこうしている内に敵を倒し終えた爺ちゃんが素早く間をつめてくる。

 だけど、俺だって負けてはいない。ふわふわ飛んで、お互いにぶつかり合い、弾け合いながら手に汗を握る攻防。時に暴言を吐きながら、ぎゃははと笑いながらさ。

これって正しい楽しみ方だと思うんです、はい。

結局、この時は俺の負け。


「あーあぁ」

「どうした勝利(かつとし)、勝ちを諦めたのか?」

「えー、違うし。明日もう帰る日かぁって思ってさ」

 その場で盛大に仰向けになると、茶色く色の変わった天井を眺める。何故かちょっと傾いて釣り下がっている照明電気のカバーの中には小さな黒い虫がいた。

「そうだなぁ。楽しい事はあっという間だ」

 取り出したジッポーでくわえた煙草に火をつけると、爺ちゃんは旨そうに白い息を吐き出した。 

「何事も、諦めてはいかん。なりたい自分があるなら尚更だ」

「なりたい自分ねぇ。そう言う爺ちゃんはどうだったのさ?」

「儂の時分は、選択肢が無くてな。親父も頑固。ここを継ぐしかなかったがな」

 でも、爺ちゃんはちっとも暗い顔をしていなかった。

勝利(かつとし)の時間は自由やろう、今は。だが自由いうのも難しのう」

 爺ちゃんが(しわ)くちゃの顔をさらに皺くちゃにして、はにかんだ。

「うん」

 まだ高1。なりたい自分なんて、想像もしていなかった。

 でも不思議と、この時は静かな気持ちで爺ちゃんの話を聞いていた気がする。

「ほれ」

「ん、あんがと」

 勝った方が大きい方のスイカっていうのが決まりだけど、爺ちゃんはいつも俺に自称「小さい方」のスイカをくれる。

 やはり孫は可愛いのか。爺ちゃんからすると俺なんてまだまだ子供なのかもしれない。

「スイカうめえ!」

「んむ」

 きつい煙の匂いとスイカ。

 煙草を吸いながら食うスイカって旨いのかな?

 疑問顔でじっと見つめていると「一人前になったら判るて」と爺ちゃんが笑った。

 



 会場にはたくさんの供花(きょうか)が供えられていた。

 そこには黒い服を着た人達が、本当にたくさん訪れていた。

 祭壇の高い所に飾られた遺影の爺ちゃんは、あの日に見たような笑顔だった。

「……勝ち逃げかよ」

 最後にゲームをした年の冬。

 風邪をこじらせた爺ちゃんはあっけなく天国へと旅立ってしまった。

 突然の訃報(ふほう)に親父達はバタバタとしていたけれど、当時高校生だった俺は上手い事回らない頭で、とりあえず親の後をついていくしか出来なかった。

 



 そして2020年、夏。

 世界を混乱に(おとしい)れているウィルスが現れて、もう半年以上になる。

 俺はライターの仕事に就く事ができ、今季はeスポーツの記事を任される事となっていた。

 書く前に、俺はどうしてもここに来ておきたかったのかもしれない。


 叔父さんの了解を取った上で、俺は久しぶりに父方の田舎に訪れた。

 懐かしの品と対面する為だ。

 そのままになっていた爺ちゃんの部屋。田舎の夜は、本当に静かだ。

 窓を開けると遠くに虫たちの音が聞こえる。

 俺はガチャンと人数分乗ったスイカと麦茶を、畳の上に置いた。

 この部屋は変わらず、爺ちゃんのままだった。

 網戸からの風が気持ちいい。たまーにチカる照明電気には相変わらず虫がいるしで、雰囲気もばっちりじゃないか。


 「あった~」

 がさごそと納戸を開けると、それは見つかった。

 アナログテレビを付けて、ゲーム機にカセットをフーフーして差し込む。

 流れ出したサウンドが俺を、何度だって過去にタイムスリップさせるんだ。


 すっかり大人になった俺に爺ちゃんは何て言うのだろうか。

 ちゃんと仕事にも就いて、なりたい自分に完璧なれたってわけじゃないけど、それでも近付いているって思える。

 爺ちゃんとのゲームの時間。あの日の記憶がきっと、今の俺を形作ってくれたんだ。

 俺が今年この場所に来たかったのは、このわくわくする楽しさと、爺ちゃんとの勝負で味わった熱さを思い出したかったからだ。

 この気持ちを抱いて、eスポーツっていう分野に積極的に関わっていってみせる。

 わけの判らんウィルスになんて、俺は負けねえ!


「やーっぱゲームって、いいもんだよな」

 『楽しい事はあっという間だ』と言った爺ちゃん。

 いつか爺ちゃんのあの味が判るくらいの男になってみせるよ。

 なのでこれからも『勝ち』にいかせて頂きます!


 今日はノーミス目指して……


「いざ、尋常に勝負!!」 

  





お読みいただき有難うございました。

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