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無面─ノーフェイセズ─  作者: 上野祐太
7/25

Face7 無実の証明

 今の俺はテロ対策部隊隊員である。デュラハンが何故この身分を偽造したのか、俺にはわかっていた。警察内部に『ガサを入れる』ためだ。それ以外、この役職を与える意味が見つからなかった。

 初めは反論した。あの単細胞のR-ONE(ローン)が臨時政府のボディガード?冗談じゃない、と。盾を使える俺の方が向いているじゃないか、と。それで押し切るつもりだった。B-ONE(ボーン)の素があんな小心者でなければ。作戦計画中、ずっと無言。それで、デュラハンが役割を振ったら振ったで、

「私は…いいです。迷惑かけちゃいますし…」

 これには呆れ果てた。これがあのブルーフェイスだと?人違いじゃないのか?そしてトドメにデュラハンの説得だ。

「警察機関に最も精通しているのは君しかいない。それに、ボディガードは人を『助け』なければならないぞ?」

 狙いすましたように、人の弱みを的確に突いてくる。これでは話し合うだけ無駄だ。また眠れない、なんてことは勘弁したい。

 何はともあれ、俺は地方から東京に派遣された機動隊員として、部署内にいた。

「本日付けで本庁に派遣されました、権田です」

 もちろんG-ONE(ゴーン)をもじった偽名である──G-ONEにしたって、俺の本名ではないが。

「この部署を担当する厚木だ。よろしく頼む」

 握手はした。が、俺の心はそうした気分になれなかった。あまり考えたくはないが、もしかすることもあるだろう?厚木さんがJACの一員だってことも、な。

 と、厚木さんが俺を見つめた。沈黙。

「お前、まさか…」

 まずい、悟られたか?

「いや、そんなはずはないな。すまない、知人に雰囲気が似ていたものだから、つい」

「知人って〇〇〇〇っすか?」

 厚木さんの後ろから声がした。途中、ノイズがかかって聞こえない。俺の名前か?名前を失った影響…なのだろうか。

 いかにも卑屈そうな恰好をしたそいつは、更に続けた。

「厚木さんも可哀想っすよねぇ。まさか目かけの天才君がテロリストだったなんて」

 その瞬間、厚木さんはそいつを睨んだ。すると、さっきまで飄々としていたそいつは、

「いや、すんません…何もないっす」

 と、閉口した。情けない奴だ。温かいものがしたたるのを感じる。血だ。目をやる。そうか、俺は握り拳を作っていたのか。


 挨拶も終わって、俺はいつものごとく新聞を広げ、コーヒーを嗜んでいた。見事に俺達のことで満たされているな。少年院時代の『お友達』が勝手な憶測で俺のことを語っている。俺はそのページを握り潰した。

「おっす、天才君──いけね、つい癖が…」

 厚木さんが隣にいた。言われて席を確認し、いつもの所に座っていたのだと気づく。癖が出るのはお互い様だな。厚木さんは向かいの席に座る。

「初日からすまんな。関根にも注意しておいた」

 何の事情も知らない人間からしてみれば、テロ対策本部のリーダーが何故か幹部を掩護しようとしている風にしか見えないのだから、ああいう輩が出るのは必然だろう。おかげで一つわかった。厚木さんはシロだ。

 何はともあれ、早速本題をぶつけるとしよう。

「先程の様子を見るに…JACの三幹部を疑っているようですね」

「今、日本中のネットというネットが使えないのに、いきなりパソコンが一つ復旧して秩父の小さなラボを映している。疑わない方がどうかしているだろ」

 やはり同じか。話のわかる人間がいるのは心強いな。

「それで…どうするんです?」

「決まっている。警察内(このなか)を探るんだよ。あれを見てほしかった人物がいる、ということだからな」

 それなら何のことはない。

「第一発見者を問い詰めたらどうです?」

「やった。が…ダメだ、奴である証拠が見つからなかった」

 最初に見たからといって犯人であると断定するのは、些か軽率だったな。だがそうなると誰にあたれば──そうだ、あいつらならきっと。

「逮捕した隊員を洗うのは?」

 すると厚木さんは黙りこくってしまった。おおよその察しはしつつも尋ねる。

「…何かあったんですか?」

「ああ、実はな…」

 刑務所へ行くと、なんと全員死んでいたのだ。『闇の町に主は舞い降りる』という血のメッセージを残して、一人残らず。


 白い空箱のような刑務所で、JACの隊員達は鮮やかな赤を撒き散らして死んでいた。

「見ての通りだ。幹部を明かした途端、集団自殺してな。気味悪いことこの上なかった」

 とある合図を皮切りに、集団で自殺するといったカルト組織は珍しくない。秘密を漏らされては困るからだ。奴等にとってのそれは、俺達へ罪をなすりつけることだったのだろう。これで無実を証明できる人物はいなくなってしまった訳だ。

「録音したテープが部屋にある。聞くか?」

「当然。奴等、案外何かを漏らしているかもしれませんしね」

 もし俺の予想が正しければ、少々厄介な漏らし方をしているかもしれないがな。奴等、相当に訓練されているようだから。

「じゃあ取ってくる。そこにいろよ?」

 あくまでこれは秘密裏にやっていることだ。表立ってできることではない。警察内にJAC隊員がいるやもしれないというのに、そんなことをしていたら馬鹿である。

 しかし録音テープとは珍しい響きだな。俺も実物は使ったことがない。ネット系列がダメになっている今、これほどアナログ機器が心強く思えるとは夢にも思わなかった。アナログ機器と言えば、インスタントカメラを買っていたんだった。撮っておくか──

 その時、壁を破砕する音がした。気づけば俺は身構えていた。こんな荒事が可能なのは…奴しかいない。TBラボで辛酸を舐めさせられた、あのパワードスーツ。生首の亡霊を彷彿とさせる、黒いパワードスーツ。

 微塵の隙もなく、奴の刺付きワイヤーが襲いかかる。間に合うか?

「再生!」

 幸い、輪を離すのが先だった。しかし、電磁波を纏った一撃が脇腹を焦がす。痛みに声が漏れる。

 まずいな。アダプターがまだ修理しきれていない今、奴との相性は滅法悪いことになる。それでなくとも、あれだけ苦戦させられたのだ。直撃など喰らう訳にはいかない。

 距離を取ろうと辺りを見回す。だが、ここは刑務所地下。取れる距離などたかが知れている。防御に徹するしかないか。『策』よ、上手くいってくれよ…!

「現象!」

 盾を取り出す。直後、角が襲う。盾でいなそうとするが、勢いで地面に叩きつけられた。すぐに立ち上がってまた構える。なんとか防ぐ。倒れる。構える。防ぐ。倒れる。

 気づけば、足場が崩れていた。

「何っ!?」

《死ね!〇〇〇〇!》

 最後の一言にノイズがかかった。こいつは俺を知っている人物なのか。だとしたら…いや、そんな馬鹿なことが…

 頭に角が飛び込む。冷や汗。まさか首が無いことに感謝する日が来るとは。だが、二度目はない。

《今度こそ!》

 プラズマの剣が滾る。その時、奴の動きが止まった。そして、空へ飛んでいった。予想通り。

 そもそも、超電導リニアが2027年まで実用化に至らなかったのは、その莫大な熱量ゆえのこと。つまり、燃費が悪いから。あれだけの大きさを誇るリニアモーターカーですら、数十年かけてようやく実用化のメドが立ったのだ。小型──と言っても、推定7メートルだが──のパワードスーツが導入するには、あまりにも維持しづらい武装なのは自明の理。だから俺は、こいつに制限時間が設けられているはずと踏んだ。そして俺は賭けに勝った。

 再生を止めると共に、俺は倒れた。痛みが全身を蝕む。身体が焼けそうなほど熱い。再生していたからよかったものの、普通なら即死だ。よくて白血病か。まずい、息が続かない。

 向こうから誰かが走っている。あのくたびれた中年みたいな恰好の男は…厚木さんか。

「おい、権田!大丈夫か!?」

 駆け寄った厚木さんは俺に肩を貸した。いやに早いな。長くて五分程度だったぞ。やはり、そういうこと…なのか?

「病院へ行こう、これではどうしようもない」

 ゆっくり踏み出す。一歩進むごとに不安が増していく。この人がパワードスーツを操っていたのか?いや、そんなはずは…なら、どうして…

「早かった…ですね」

 先に口に出していた。すると厚木さんは答えた。

「テープ自体はポケットにあってな。すっかり忘れていた」

 そうだ、そうだ。厚木さんはド忘れしていただけなんだ。そうに違いない。たとえ、一度たりとも忘れるなんてことをしなかった人だとしても。俺はそう思うことにした。

 そんな俺を見て、厚木さんは微笑んだ。

「やっぱり似てんなぁ、お前」

 と、同時に表情が暗くなった。

「そいつもよく、そういう目をしていたんだよ。勘と頭がすこぶる良くってね。でもそいつ、検事のくせに人間不信でクソほど傲慢なんだよ。笑っちゃうよな」

「それだけ聞くと、とんだ極悪人ですね」

 不服だとも思わないが、それにしたって酷い物言いだな。

「だが…いい奴だ、あいつは。『自分』を決して諦めない」

 一瞬、顔が明るくなったように見えた。

「『自分』を諦めない…とは?」

「言葉じゃ難しいんだが…なんて言うんだろうな、こう…何だかんだ、正義を信じているんだよ。そういうとこ、俺は好きだな」

 正義を信じている、か。そんな崇高な人間でもないんだがな、俺は。

「だからこそ、俺は信じられないんだ。あいつに限って…〇〇に限って、テロに走るなんて」

 一層、顔が厳しくなる。だが、俺の方を見るや否や、無理矢理に笑顔を作って、

「すまんな。参っているだろうに、追い打ちかけるみたいなことして」

 全く、不器用な人だ。俺は厚木さんの顔をじっと見つめて言った。

「いいえ。面白い話でしたよ」

 少なくとも、俺にはね。


 病院の中で、俺はカセットテープを聞いていた。

〈我々は異邦よりカナンを創る者。そう、この死をもって、この国は主に祝されるのだ!〉

 厚木さんは怪訝な顔で首をかしげた。

「カナン?集落の名前か?」

 地中海や死海に囲まれたアラビアの土地だが…特別な意味があるのか?エデンとか、もっとメジャーな所を行くかと思っていたが、見立てが甘すぎたようだ。

「彼等は何を言いたいんだ…?」

「カナン。それはかつて、神の国を約束された地」

 誰だ?何故か聞き覚えがある。俺の知り合いにキリスト教徒なんていなかったはずだが。声の方を向く。なるほど、どうりで知っている訳だ。正体は新井義夫(あらいよしお)都知事だった。胸のロザリオが輝いている。

「JACは日本に神の国を創ろうと言うのか…?」

「邪神の間違いじゃないですかね」

 厚木さんも上手いこと言ったものだ。まぁ、俺は無神論者だからそんなことはどうでもいいのだが。ただ、明らかになったことが一つある。

「奴等…『反対派』か」

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