Face6 退路無き道
私達がJACの幹部?何を言っているの?
「銃を降ろしてくれ。第一、俺以外の人間がここにいる証拠はあるのか?」
グリーンフェイスが言った。
「復旧した署のパソコンが一台、お前達のことを映していた」
「情報元もわからない映像を信じたと?」
「合成の跡は残っていなかった。潔く認めるんだな」
それってつまり、ここの監視カメラから生の映像が警察の所に届いたってこと?一体、誰がそんなことを?私の戸惑いを遮るように、グリーンフェイスは叫んだ。
「本当に俺じゃない!JACの首謀者は別にいる!」
「構成員達が吐いたんだ。三村湊人、お前を含めた三人の幹部に言われてやったんだと」
まるで会話になっていない。モヤモヤだけが溜まる。
「さぁ、おとなしくこちらに来るんだ。もう逃げられないぞ」
グリーンフェイスの手だけ見えた。人差し指で、静かに壁をさしている。何かのサインを送っているみたいだった。何をするつもりなの?
と、考える間もなく、再生したグリーンフェイスが私達を連れて、外の壁を破った。銃声が鳴る。弾丸が皮膚をかすめる。心臓の音がドクドク聞こえる。時間が永遠に感じられた。自由落下していく中で、私はこの先のことを考えていた。けれど──何も見えない、何もわからない。
TBラボから抜け出し、それぞれに別れる。二人とも大丈夫かしら?警察に捕まらなければいいんだけど。あれって、体育館でも会ったテロ対策の人達だったはず。あの時は気が動転していてわからなかったけど、警察って場合によっては射殺もするんじゃなかったっけ。
再生した身体ならともかく、あの様子だと私達の顔もバレている。だってもし再生した身体を映していたんだったら、再生をやめたグリーンフェイスを見てあんな態度をとる訳ないもの。だとしたら、誰がどうやってそんな映像を撮影したの?
電灯にもたれる。TBラボからずっと走りづめだった。ふと表面に手をかける。紙の感触。息も上がったまま見てみると、そこには私の顔が貼ってあった。手書きで描かれた、私に似せられた顔。だけど、明らかな悪意の混じった顔。指名手配犯・能海雲雀。それが私だった。
「逃げなきゃ…」
手配書を見てそんなことを口にしていた。何にも悪くないのに。
公園に来てみる。誰もいない。ひとりでに胸を撫で下ろす自分がいた。私、何にも悪くないのに。
後ろから声がする。声の主なんてお構い無し、咄嗟に茂みに隠れた。これじゃ、本当に私が悪いみたい。視線があちこちから刺してくる。お願いだからこっちを見ないで。たまらず茂みから公園の外へ出ると、誰もいない。けど、視線を感じる。また私を監視しているのかもしれない。きっとそうよ。そして、その時が来たら私を殺しに来るんだわ。そうに違いない。
すると、急にパパとママのことが心配になってきた。考えてもみたら、今の二人はテロ組織の幹部の親なのよね。このままじゃ、パパとママが危ない!
仮設住宅へ走る。人目を避けながら。一歩進むごとに、不安が増していく。もしも二人が死んでいたら?それで、家に来た私も…想像するだけで恐ろしい。私が何をしたって言うの?
「パパ、ママ!」
仮設住宅に着く。古びているのを除けば、前の家とほぼ寸分違わなかった。そんな家の目の前で、大勢の人達が罵声を浴びせていた。瓶を持っている人、鉄パイプを持っている人。色んな人達の憎悪がごった返していた。
「娘を出せ!」
「責任取れ!」
「許さねぇ!」
身体が震え上がる。裏庭へ逃げ込んだ。パパとママの顔が見たかった。耳を塞ぎながらドアノブを捻る。鍵がかかっていた。けど、私は知っている。すぐ側の壺を持ち上げる。やっぱり鍵が下敷きになっていた。ママはいつもここに隠す。すかさず鍵を開け、中へ入った。
部屋の中から漂う異臭。物が散らかったリビング。よく見ると血の跡も少しだけ付いている。吐き気が襲ってきた。頭に酸素が回らなくなってきて、息も浅くなってきて、目の前のもの全てを否定したくなった。もう嫌、もう…嫌。
目を覚ます。どれくらいの時間が経ったんだろう。直後、怒鳴り声が外から聞こえてきた。これは夢なんかじゃない。
温度を感じる。誰だろう?懐かしい匂いに混ざって、不快な匂いも──
「起きたか、雲雀!」
パパ…?
「大丈夫?雲雀」
ママ…?
二人とも、無事だったんだ。たまらず抱き着いていた。二人とも、手や鼻に黒ずんだ血がこびりついていた。
「私、私…」
パパは黙って首を振った。
「わかってる。雲雀がそんなことをする子じゃないのは、パパとママが一番よく知っているから」
その言葉にホッとしたのも束の間、窓が石を破る音でまた不安になる。ママはテーブルにあった新聞を取って、私に見せた。そこには異様なほど、私達のことを煽る文面が載っていた。
「何かの間違いなんじゃないかって、何回も電話したわ。けど、間違いないの一点張りで…」
それって警察と出版社両方のこと?だとしたら、私は無実を証明できない。だってそれは、警察もマスコミも私達の言い分を聞く気がないってことなんだから。
「とにかく雲雀は家にいて」
「でも…」
「大丈夫。私達なら、大丈夫だから…」
そう言うと、ママはいきなり倒れてしまった。緊張の糸を張り詰めすぎたのかもしれない。息が荒くなっていた。ママの肌から汗が吹き出す。
「ママ!?」
パパが抱き上げ、ママの額の汗を拭う。
「ずっと寝てなかったからな…無理もない」
そうやって言うパパの目元にも隈が出来ていた。手も震えているように見える。
「ごめんなさい、私のせいで…私のせいで二人を…やっぱり、私なんて…」
その時、私の頬に衝撃が走った。けど、不思議と痛みはない。パパのビンタだ。
「落ち着いたか?」
ゆっくり頷く。パパの大きな手が、私の肩に乗せられた。そしてパパは静かに言った。
「いいか、雲雀。罪を背負うことは決して、責任を背負うことにはならない。謂れのない罪なら尚更だ。今の雲雀は罪を言い訳に、自分の殻に閉じ籠ってるだけだよ。それじゃ何にも変えられない」
「だったら、どうすれば…」
「立ち向かえ、最後まで」
一息おいて、パパが続ける。
「そのための助けなら全力でやってみせる。だから雲雀は考えてくれ。自分のアリバイを証明する方法を」
刹那、瓶が飛んできた。あっという間に火が広がっていく。ママの服に燃え移りかけたのを、パパが咄嗟に庇う。
「パパ!」
「心配するな!雲雀は二階へ行きなさい!」
私は二階へ駆け上がった。後ろからガスの臭いがする。ママは大丈夫なの?不安になる。その時、首にかけたアルケ・ロゴスが目に入った。
「再生!」
私は顔の無い人形に姿を変えた。赤く燃え盛る炎を、青く輝く剣が斬り裂く。それから私は家を飛び出し、そして、暴徒を鎮圧させた。
息つく間もなく、アテもなく走り出す。しばらく走ってからようやく、自分がさよならも言わずに家を出たことに気づいた。顔もないのに、目頭が熱くなっているのを感じた。
しばらく走っていると、目の前にデュラハンが見えた。
「何でここに!?」
「私に着いて来い」
先行するデュラハンの後を追いかける。再生した身体なのに、デュラハンを追うのが精一杯だった。
突然、デュラハンが足を止める。彼の視線の先には、開けた入口があった。穴ぐらみたいに暗すぎて、どこに繋がっているのかわからない。けど、デュラハンがここに進もうとしているのは確かだった。
振り返ってデュラハンが言う。
「ここが私達のアジトだ。これからはここを拠点としてもらう」
唖然とした。こんな所にデュラハンはいたんだ。そしてこれからは、私達もここにいなくてはならなくなる。そういうこと?
「そしてもう一つ。──諸君の全てを変えてもらう。顔も、声も、名前も。つまり…別人になってもらう。他に助かる術はない」
何を言っているのかわからなかった。でも、それで今が変わるのなら。こんな苦しい悪夢が終わるのなら…
「…わかった。任せる」
再生を止める。地面に落ちてあったガラスの破片に、自分の顔が写る。涙でグショグショになっていた。それでも、この暗闇に足を踏み入れた。私の後ろにはもう、道はない。
「完了だ」
目を開ける。頭がまだぼやける。
「これが新たな『君』だ」
デュラハンの渡した手鏡を見る。そこに私はいなかった。いや、正確には私じゃない私がいた。これが新しい私。
「これが…私…──」
思わず両手で口を塞ぐ。聞き慣れない声が自分の喉から発せられた。誰?私…なんだよね?
「これから君の名前は『B-ONE』だ」
とても人間の名前とは思えない。ふと自分の名前を思い出そうとする。誰であったのかを確かめるために。でも、思い出せない。そうか、これが『自分』を失うということなんだ。
二人の男性が入ってくる。誰だろう?何故か、会ったことのある雰囲気を醸し出している。
「紹介しよう。『R-ONE』と『G-ONE』。レッドフェイスとグリーンフェイスだ」
彼らもまた、『自分』を失ったんだ。
この戦いの果てなんて見えやしない。JACに勝てる保証なんてありはしない。それでも私は戦うしかない。パパとママにもう一度会うために。今度は本当の家で、本当の自分として帰るために、私は『自分』を捨てる。私は…B-ONEとして『再生』する。