Face4 無視できない過去
万丈恵美。外国人規制法を生み出した原因。大使館で韓国人が彼女を射殺したあの日が、日本を決定的に変えた。
そんな死人がJACのボスだと?あり得ない。生き返ったとでも言うのか?キリストじゃあるまいし。俺は早速、デュラハンと交信した。
「デュラハン。JACのボスがわかった」
〈誰だ?〉
おおよそ信じてはくれないだろうが、やむを得ない。
「万丈恵美だ」
〈──では、現在の組織は指導者がいないと〉
デュラハンは少し間を開けて答えた。こいつ、何か知っているのか?
〈だとしたら変だ。数年前に指導者は亡くなったというのに、今更JACが動く理由がわからない。ラグが大きすぎる〉
確かにそれは謎だ。だがテロ組織に秩序などないのは歴史が証明している。デタラメな動きをしたって、別に変な話ではないだろう。ならば他のことを──つまり、
「確かめついでに本拠地を攻めようかと思う。TBラボという名前だ。知っているか?」
またもや沈黙。やはりこいつは秘密を隠している。何だ?
〈ああ。秩父の山間に存在している〉
「そのTBラボで、JACの武器は生産されている。ここを叩けば、奴等はジリ貧になる。エレキガンだって、ストックを無くせばただの銃さ」
〈エレキガン?〉
「俺が名付けた。電気の弾薬を撃つからエレキガン。──で、一つ聞きたいんだが…」
〈何故自分達に効果を示すのか、だろう?〉
先を越された。奴は心理学者か何かだったのだろうか。人を弄ぶのがお得意らしい。
〈簡単なことだ。電気を吸収できるということはつまり、電気と反応しやすい。それも異常なまでに。諸君の『武器』はエネルギーとして吸収してくれる。が、『諸君』は電気に関して言えば人一倍敏感になっている。吸収をスムーズに行かせるために〉
「ノブレス・オブリージュ、か…」
俺は呟いた。大きな力を得るために、大きな傷を負わねばならない。
〈確かに厄介だ。出処がわかっている以上、躊躇する理由もない。ボスもいない。いいだろう、やろう〉
そうだ。今度はこっちから仕掛けてやる。JACという名の獲物を狩るなら、今しかない。
そういう訳で今、俺達はTBラボに通ずる地下水脈を歩いていた。敵が圧倒的に大多数である以上、正攻法よりは奇襲の方がはるかに賢明だ。
「これじゃ、どっちがテロリストかわかんねぇな」
単細胞が爆弾を触りながら言った。JAC対策に用意したセルフメイドの武装。神経ガスに閃光弾。確かに、一般的なテロリストの装備と酷似しているのは、今にして思えば皮肉めいたものを感じる。
「それより、このランドセルは何なの?」
ブルーフェイスが言った。四角くて大きい背負い物を全てランドセルと呼ぶのは乱暴すぎるだろう。江戸気質という意味ではベストかもしれないが(『ランドセル』はオランダの背嚢である『ランセル』を江戸時代の日本人が訛らせた呼称)。
「アダプターだ。吸収した電気を溜めておける。他にも、装着することで電磁の壁が生まれ、エレキガンに対する防弾チョッキの役割も果たす」
つまり、これさえあれば俺達に電気は通用しない。再生した身体の分析をしておいて正解だった。思わぬ所で役に立つものだ。まさかデュラハンが工房を持っているとは。
これまでの戦闘から、JACは電気を利用した作戦を行う傾向にあると仮説を立てた。当然、対策はあちらも考えているだろう。が、奇襲なら?頭の働かない中では、最も慣れ親しんだ動きに帰結するのが人間心理だ。それに、対策を立てるにも時間がいる。時間など与えずに奇襲をかければ、こちらの勝利はまず間違いない。俺は本気でそう考えていた。この時までは…
「着いたぞ。この上がTBラボだ」
周囲に林立する柱を見渡しながら、俺は言った。天井に向かって爆弾を投げる。大爆発。上の方では軽い揺れが生じたことだろう。柱を蹴って跳び、蹴って跳び、開いた穴に飛び込んだ。
ドンピシャ。ちょうどラボの生産ラインの真下に俺達はいた。ここを壊せば大幅にJACの戦力はダウンする。
「残りの爆弾を投げろ!」
物々しい首の像を見つめながら、二人に指示する。部品を乗せたベルトコンベアに投げ入れられる手榴弾。ガラクタと化して飛び交う部品。見る影もなくなったベルトコンベア。あとはここを──TBラボを爆砕するのみだ。
「指定の位置に『葉っぱ』を!」
もちろんただの葉っぱではない。ダイナマイトの隠語である。TBラボは秩父山間の、過疎地域に存在している。人的被害を気にしている訳ではないが、あまり人目につきすぎるのも考えものだ。そういう意味では、いい場所に建ててくれたものである。『撤去』しやすいからな。
俺達は葉っぱ仕掛けに散らばった。頼むから上手くやってくれよ。
まずは順当に地下一階にダイナマイトを仕掛けた。予定通りならブルーフェイスが二階へ向かっている頃だ。俺は三階へ走った。
しかし妙だ。何故『ここまで上手くいっている』?自分達の本拠地だというのに警備は薄すぎるし、アダプターに格好の餌を与えると言わんばかりに、磁場があちこちに発生している。リニアモーターカーが頭をよぎった。何故?
すると、デュラハンから通信が来た。
〈まずいぞ、グリーンフェイス。地下二階のダイナマイトが全て反応をロストしている〉
「どうなっている!?」
あり得ない。爆発時間はもっと後ろに設定している。この短時間で地下二階全てのダイナマイトが消えただと?どういうカラクリなんだ?
〈何か近づいて──うわっ!〉
〈レッドフェイス!〉
「何なんだ!?」
『近づく』?俺は頭の中で、最悪の回路が繋がってしまっていた。突拍子もない予測。だというのに、冷や汗が止まらない。リニアモーターカー、首、磁場──まさか!
〈こっちにも──きゃっ!〉
〈ブルーフェイス!〉
「今度は俺か…!」
盾を取り出し身構える。俺の予測が正しければ、部屋の壁に張りついておけば最小限のダメージで済むはずだ。腰を落とす。左腕に全神経を注──
「下から!?」
顔面が地面を破ってきた。間一髪で避ける。そんなバカな。俺の予測が外れた?黒い顔面は磁場を受け、目にも止まらぬ速さで四肢を掴まれた。
「なっ…!」
言葉を発する間もなく、顔面の突起物が俺の懐に食い込む。激痛。恐らく、肋骨にヒビが入った時はこんな風に痛むのだろう。勢いのまま、壁に吹き飛ばされる。衝撃でアダプターは粉々になった。が、この身体が思ったよりも頑丈で助かった。まだ動ける。
「こんな…強化外骨格が…!」
そうだ。リニアモーターカーの一件は、このパワードスーツを作るための出来事だったんだ。不可解な行動をしていた隊員はきっと、リニアモーターカーに内蔵された超電導リニアを採集するために、近くで待ち伏せていた。だから管制室に用が無かった。
何かの駆動音が思考を遮る。距離を取った黒いパワードスーツはローラーを展開した。随分と小回りが利きそうだ。俺の三倍はある体躯で、何をしようと言うんだ?震え震え、盾を構える。力が入らない。奴はリニアモーターカーよりもはるかに小回りの利く『兵器』だ。超電導リニアから発した電磁波を自在に操れる。こんな敵とどう戦えばいい?
すると、大きく開いた穴から二人が飛び出してきた。アダプターは完全に故障している。
「あいつ、ここまで!」
二本の剣が黒いパワードスーツを襲う。しかし奴は振り向きもせずにアンカーを射出。ブルーフェイスを捕らえ、ラボの一室へ放り投げた。破砕。俺達でも対ラボ用武装無しではできなかったことを、奴は標準装備でやれるというのか?化け物だ。
「この野郎!」
単細胞の鉄拳さえも、奴の前には何の効力も見せなかった。黒いパワードスーツは角に電磁波を集める。すると、プラズマの剣が現れた。電磁反発で単細胞が吹き飛ばされる。剣は俺の胸めがけて突かれる。吉か不幸か、俺は当たる直前で痛みに倒れ、攻撃は免れた。
〈諸君、ここは撤退するんだ〉
撤退?冗談じゃない。と言いたいところだったが、こんな壊滅的な状況で戦闘を続けるのは、最も愚かな考えだ。
「…そうさせてもらう」
一縷の安堵すら感じたのも束の間、デュラハンは言った。
〈救命ドローンを飛ばした。屋上で待っている〉
何を言っているんだ?こんな満身創痍の衆でどうやって屋上まで行けと?薄れる意識。冷える身体。ふと触れた固い球体。閃光弾?──これだ。
最後の力を振り絞って、俺は閃光弾を投げた。黒いパワードスーツは機能をわずかにフリーズさせる。この隙が永遠にも感じられた。俺はすかさず二人を連れて、ラボの屋上まで無我夢中になって走った。膝が痛くて仕方ないが走った。息をする度に肺が痛んだが走った。二人を背負うのは重かったが走った。とにかく走り続けた。
屋上まであと一歩。それなのに、力がもう出ない。その場で倒れ込む。後ろから音がした。ローラーの駆動音。あいつだ。このまま死ぬのか?やめろ、俺に悪夢を見せるな!
〈助けて!〉
〈ああ、助けに来たぞ。俺が!〉
懐かしきテレビ番組。迫る悪に敢然と立ち向かう男の物語。孤独になろうとも、誰かに寄り添い続ける男の物語。俺は夢中だった。
「ぼく、大きくなったらヒーローになるんだ!」
けれど、現実は上手くいかない。片道通行の言葉。
「あなたとはもうやっていけない。疲れたわ」
「だが、あれはどうする?」
幼心にわかった。『あれ』って、自分のことなんだ。程無くして俺は、どちらの子にもなれなくなった。どちらも引き取らなかったのだ。生んでおきながら。
結局、俺は孤児院に入った。それでも俺は諦めきれなかった。何故って?ヒーローになりたかったのさ。しかしだ。
「何だよオメー!ちょっと頭いいからって調子に乗んな!」
痛い。どうして?正しいことをしているはずなのに。
「何で庇った!おかげであいつらに目つけられたじゃないか!お前のせいだ、お前のせいだ!」
痛い。どうして?正しいことをしていたはずなのに。
そうか。そういうことか。そうだ、人間とはクズだ。正しささえ貫けないゴミだ。生きる価値もない。だから、俺は──
「俺は…」
「死にたく…ない…!」
ブルーフェイスが胡乱に呟く。その時、目の前に光が射し込んだ。
そうだな、俺もだ。俺も死ねない。何もないまま死ぬのはゴメンだ。ミッションを果たすまで──JACを潰すまで、俺は絶対死んでやらない。それが俺の生きる意味。ただそれだけでいい。
もう理性も吹き飛んでいたと思う。まるで覚えていない。だが、俺は確かに二人を連れて、救命ドローンに運ばれた。空の上から朝日を眺めながら、俺は深い眠りについた。
「やっと起きたか」
厚木さんの声がした。そうか、ここは警察病院か。まだ光が目に痛い。節々は包帯で巻かれている。
「お前のことだ。どうせまた、メチャクチャな証拠集めでもしていたんだろ」
「まぁ、そんな所です」
「ホントお前、素直じゃないよな」
厚木さんは笑いながら言った。何のことだ?
「人嫌いが人に対して、自分を懸けてぶつかっている。面白い奴だよ、お前は」
俺は左腕を見つめて言った。
「そんなのじゃありません。俺はただ、俺の美学を破るのが嫌なだけです」
「どんな美学だ?」
「──ミッションは必ず果たす。完全無欠な勝利をもって」
拳を固め、俺は確かめるように言った。完全な敗北。この包帯はその証拠だ。俺はこの証拠を覆さなければならない。完全無欠な勝利のために。
「そうか、いいポリシーだ。なら、人生の先輩として少し教えよう。湊人、完全無欠な勝利とは決して、誰かをねじ伏せることじゃない。誰かの尊厳を守り抜くことだ。それがパーフェクトゲームのやり方さ」
誰かの尊厳、か。ならば俺は、俺の尊厳を守るために戦う。勝利者として君臨するという尊厳を守るために。誰にも正しさを踏みにじられないために。
「…肝に銘じておきます」
JACよ、今は悦に入るがいい。俺がすぐに、お前達を潰してやる。組織も尊厳も、完膚なきまでに。そう、ミッションは必ず果たすのが、俺のポリシーだからな。