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無面─ノーフェイセズ─  作者: 上野祐太
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Face24 無垢なる黄金

 曇天が空を覆う。ここは『世界』の意識の世界のはず。つまり、世界中の皆がここにいないと辻褄が合わない。なのに、人は万丈恵美しかいない。その万丈恵美も、翼の折れた黒い大蛇に姿を変え、人と呼べる者はもうここにはいなかった──少なくとも、私達を除いて。

「あいつが万丈恵美だと?バケモンじゃねぇか…!」

 そう。今、目の前にいる万丈恵美は聖書に記されているサタンそのもの。それが彼女の心の象徴。

「それでもやるしかない!俺達以外、こいつを倒せる奴はいないんだ!」

 G-ONE(ゴーン)が光の線を放つ。大蛇の胴体を囲い、収束を利用して引きちぎろうとするが、その身体は光の線をすり抜けた。

「何!?」

《その程度?弱いわねぇ》

「まだまだぁ!」

 今度はR-ONE(ローン)が間合いを詰め、右腕を突き上げる。だが、幻さえ殴れる拳も攻撃できなかった。そこですかさず左腕から、大量の粒を噴出した。あれは…量子を吸収できるの?

「オレ達の武器は電気を吸えたんだ、量子を吸えたっておかしくねぇ!」

 道理として正しい。だって、元々この身体──ノーフェイスは量子世界に適応するための身体で、その武器が回収していたのが電気と、それに含まれた量子なんだから。つまり、量子の塊である万丈恵美には滅法効くのが筋というもの。でも、そんな粒までもが大蛇を捉えられない。

「どうなってんだよ…!?」

「なぜ攻撃が悉く…!?」

 G-ONEも戸惑いを隠せない。

《当然よ。ここは『私の世界』なんだから。この世界における摂理、それが私。勝てる訳ないでしょ?》

「まさか、それも見越して…」

《あなた達が『私の盤上』から逃れることなんて、万に一つもありはしない!》

 邪な笑いが轟く。けど、私にはわかっていた。『彼女と同質』である私には。彼女もまた、これが最後の一手なんだと。文字通り、奥の手なんだと。

 この戦いで全てが決まる。そう、全てが。だからこそ、

「あなたの盤上にいるのなら、壊してでも取り戻す!私達が失った全てを!」

《煩わしい!──決めたわ、あなたも『私』の一つにしてあげる。元々、二人で一人だったんだから。光栄に思うがいい!》

 と叫ぶや否や、折れた翼から何束もの蔓が伸び、私めがけて追いかけてきた。いくら量子移動でかわそうとしても、蔓の先に付いた手は先回りして待ち構えている。忘れていた。私が万丈恵美と同質ということは、逆も言える。つまり、万丈恵美もまた私と同質。そして、彼女は意識の集合体とも言える量子の身体を持つ。なら、私の思考を読めて当然なんだ。

 ついに捕まってしまった。振りほどこうとする。しかし、ここにきて『呪い』が私を邪魔してきた。意識の世界にいる、すなわちそれは深層に埋め込まれた『呪い』を強化することにも繋がる。

《これで…終わりよ!》

 手から声が聞こえる。私達への罵詈雑言。そうか、意識の世界だから偽りの顔は意味をなさなくなる。それでいて、世界中の意識を万丈恵美が掌握している。都合の悪いことにはどうとでも蓋ができる。だから、今の私達は犯罪者なんだ。万丈恵美に仕立て上げられた罪、それが私達の何もかもを奪い去った。初めから勝算なんて──

「諦めんじゃねぇ!」

 力なく取り込まれかけていた私の身体を引っ張りながら、R-ONEが叫んだ。

「『呪い』が邪魔しようが、あいつが何しようが、オメーにはオレ達がついてる!それを忘れんな!」

 続いて、G-ONEの手が私の身体を引っ張る。

「世界が敵になろうと、お前は正しさを貫け!その正義を俺達が守る!なにせ俺達は『世界の外側』の人間だからな!」

 不思議だ。二人がいるだけで、私は強くなれる。不意に襲いかかる弱気さえ、一瞬にして掻き消してしまう。ああ、本当に…本当にこの二人でよかった。大きく息を吸い込む。そして私は大蛇の腹へ手を伸ばした。

──パパ、ママ、聞こえる?私だよ。

《まさか…やめなさい!やめろ!》

 二人のおかげで活路が見出だせた。私達は『世界の外側』の人間。『世界』にとって他者。自他の関係にある、ということは…これができる。そう、万丈恵美と同じこと。『意識の接続』が。ただし、私は彼女のように意識の支配はしない。あくまで語りかけるための『手段』に用いる。『真実』を伝えるための『口』として、私はこの力を使う。

──もし私の声が聞こえたら、これを皆に届けてほしいの。私達の意識を。嘘偽りの無い、『本物』の景色を。

 渾身の力を込めて集中する。JACが国会議事堂を襲ったあの日から今までの、隠しきれない記憶の刻印を伝える。

《『世界』を渡す訳にはいかない!》

 新たな蔓の束が伸びてくるのを感じる。しかし、それは私に触れることなく朽ち果てた。R-ONEとG-ONEだ。

「オレ達の仲間に!」

「気安く触れないでもらおうか!」

 二人が作ってくれた最後のチャンス。絶対無駄にはしない。届け、届け、届け──

──雲雀!

 刹那、私の身体を黄金の光が包んだ。これは…

《ああ、そんな…『世界』の意識が…私の力が…》

 また、声が聞こえた。今度は温かな声。『頑張れ』『負けないで』パパとママが伝えてくれた真実は一人、また一人と繋がっていった。その線が紡ぐ光が私に届き、私の身体に触れていたR-ONEとG-ONEにも届く。もう、誰にもこの『黄金のネットワーク』を断ち切ることはできない。皆で声を揃える。

「『再生』!」

 曇天が割れ、光が私達を照らす。ガラスの身体にヒビが入る。そして、殻が破れた。三つの太陽が万丈恵美の頭上に並び立つ。

《何なの、あなた達は!》

「俺は『三村湊人』!」

「オレは『朴潤発(パクユンファ)』!」

「私は…『能海雲雀』!」

 『本物』の『顔』に決意と覚悟を込め、私達はそれぞれの『声』で名乗りを上げる。『本当の名前』を突きつける。

《どこまでも私をバカにしてエエエエエ!!》

 大蛇が吼えると、あらゆる空間から手が伸びてきた。

「この手に捕まれば、永遠に苦しむことになる。──そうでしょ?万丈恵美!」

《思考を読んだ…!?私を超えたとでも言うの…!?》

 黄金の光が私達に伸びてくる手を焼き尽くす。もはや、彼女の攻撃は私達には通じない。

「あなたの負けよ!」

《負けじゃない…負けてやらない…洋介に会うまではアアアアア!!》

 叫びが私の胸に響く。ビジョンが流れ込む。かつて、同じものを見たことがある。これは…彼女の深層心理?そこに根づいたかけがえの無い記憶…なの?万丈洋介という愛する人と出会い、共に生き、先立たれるまでのありとあらゆる記憶が、私の胸を巡る。

 気がつけば、こんなことを言っていた。

「…私、行かなきゃ。『あの子』と話さなきゃ」

 武器で手をあしらう二人に、そんなことを言っていた。

「『あの子』って…万丈恵美か?」

 頷くと、潤発が言った。

「バカ野郎!今更何言って──」

「私、気づいちゃったから」

 そう胡乱に遮る私に湊人が近づいて、目元に指を置いた。涙を流していたんだ、私は。

「──そうか。俺から言えることは一つだ。『尊厳を守り抜け』」

 囁くようにして言う。

「オメーまで一体どうしちまったんだよ…」

 呆れ気味に言う潤発も少しの間を置いて、頭を掻きながら、

「しゃーねーな。オメーが自分から何かするってんなら、応援するしかねぇもんなぁ。ただし、ちょっとでもあいつが変な気を起こしたらそん時は…いいよな?」

「…ありがとう」

 私は笑って答えた。そうしないと、また泣きそうだったから。巡るめく記憶の渦に、泣いてしまいそうだったから。

「それじゃあ…行って来ます」

 言葉と共に、私は大蛇の頭の先へ、流星のように突き進んでいった。光のレールが私の目の前に広がる。


 私は青空を舞っていた。下には黄金の向日葵畑。太陽に照らされて光輝いている。そんなスペクタクルに埋もれて、独りで泣いている少女がいた。私は少女の(もと)へ降り立った。少女は驚きを隠せないようで、ため息にも似た声を漏らした。

「天使…さん?」

「こんな所でどうしたの?」

 すると、また瞳を潤ませて、

「迷子になっちゃった…」

 再び泣き出し(うずくま)る。

「わたし、このままひとりなのかな…」

 私は少女を優しく抱きしめた。昔、パパやママがしてくれたように。

「大丈夫。もう、独りじゃないから。私がずっと、側にいるから。だからもう泣かなくていいんだよ、『恵美ちゃん』」

 一陣のそよ風が私の髪をさらう。振り向くと、デュラハンと瓜二つの男の人が立っていた。

「迎えに来たよ、恵美」

 微笑む彼に向かって、後ろにいた少女は歩き出す。瞬く間に大人の女性へと変わっていく。私の目の前で振り向き、申し訳なさそうな笑顔を見せる。

「ずっと…探していたのかもしれない。洋介がいなくなってからずっと、私の手を繋いでくれる誰かを」

 そよ風に向日葵が(なび)く。

「私、思うんです。『人の根源』ってきっと、『助け合う』ってこと。『世界と向き合って、自分じゃない誰かと繋がる』ってことなんじゃないかって」

 大人の女性──恵美さんの目から涙がこぼれ落ちる。

「ごめんなさい…私、何も見ていなかった…自分しか見てなかった…それで、あなた達に酷いことを…」

 太陽の匂いを吸い込んで、私は言った。

「ある意味、感謝してます。あなたがいたから、私はかけがえの無い仲間と出会えた。『自分』と出会えた。きっと、あなたの手を取るために、私達は出会った。今ならそう思えます。だって、『人一人は大切』なんですから」

 手を差しのべて続ける。

「いつかの未来、また出会ってください。今度は絶対、あなたを独りにしないから」

 大粒の涙を舞わせ、何度も頷きながら恵美さんは私の手を握った。そんな彼女の肩に、洋介さんが両手を乗せる。優しい笑顔が太陽に輝く。

 遠くから声がした。向日葵畑の果てが十字に煌めく。恵美さんと洋介さんはゆっくりとその方向を向き、何かを察したように目を細める。

「そろそろ時間だ。行こうか」

「ええ」

 と一言添えてから、恵美さんは改めて私の方を向く。

「それじゃ、またいつか」

 満面の笑みを浮かべながら手を振って、黄金の向日葵畑の中へ消えていった。目映い景色の中で、私は呟く。

「私も…帰ろう。皆が待っている」

 太陽を目指して飛んでいく。宙を舞う向日葵の花が燦然と煌めく中、私は今までのことを思い返していた。夢に破れ、心を失ったあの日から、『私』の全てが始まっていた。JACとの戦い、仲間との出会い、『私』を取り戻す決意…まるで遠い昔のことのように感じられる。けれど、そこで生まれた何もかもが『私』となって、『私』を創り、『世界』に刻まれていく。それは時にとらわれず、永遠を駆け抜けていく。もし、この全てが盤上の出来事だとするなら、私はそれを『運命』と呼びたい。だって『運命』は、『運ばれた命』なんだから。

「雲雀!」

「能海!」

 潤発が、湊人が迎えに来てくれた。二人の手を取り、私は天高く運ばれる。その先に、パパとママがいた。

「おかえり、雲雀!」

 また会えたら言いたかった事がある。伝えたかった言葉がある。私は心からの言葉を紡ぐ。黄金の光を胸に。

「──ただいま!」

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